選択の時②
引き続きソフィア視点
『神々の戦いに祈りでもって介入せよ』
告げられたのはそのたった一言のみ。
待てど暮らせど続く言葉はなかった。
「……どういうことかしら?」
「あ」
疑問を口にした瞬間、京也君が何かに気づいたかのように声を上げる。
「なに?」
「禁忌のメニューに新しい項目が追加されてる」
京也君に言われて慌てて禁忌のメニューを意識する。
気分が悪くなるから意識的に目を逸らしていたんだけど、そこには確かにさっきまでなかったと思う項目が追加されていた。
『禁忌メニュー
システム概要
システム各項目詳細説明
アップデート履歴
ポイント一覧
転生履歴
特殊項目n%I=W
ワールドクエスト』
最後の欄にある、ワールドクエストの文字。
これはさっきまでなかったような気がするし、元からあったのだとしても今回の件に無関係とは思えない。
そのワールドクエストの項目に意識を向けてみる。
「……ふーん。なるほど」
これは、なんというか、してやられたというか、なんというか……。
「あー。こう来るか―……」
アリエルさんも頭を抱えている。
ワールドクエストの項目に意識を向けてみれば、自然とこのワールドクエストのルールが頭の中に流れ込んできた。
それを一言で言うならば、
「つまりこれ、私たちみたいな一部の人たちだけじゃなくて、この世界の全人類をこの戦いに巻き込んだわけね」
というわけだ。
どういうことかと言えば、先の文言通り、祈ることによってご主人様とギュリエと呼ばれる神との戦いに介入できるというものだった。
「まさかこう来るとは……。私らは白ちゃんが勝つと信じてたわけだけど、こうなってくるとわからなくなってきた」
神への祈りとは、それすなわち信仰。
そして、物語でもよくあるように、信仰の強さがそのまま神としての力の大きさとなる。
つまり、祈ればその分、祈りを捧げたほうの神が強化されるということだった。
今回のそれはそこまで大幅な強化ということではない。
むしろ、一人の祈りでの強化なんて微々たるもの。
ただし、それは一人だけならばの話。
この世界に生きる全ての人類が祈りを捧げたならば。
一人一人の祈りの強化は微々たるものでも、それが積み重なれば。
大きな力となる。
この世界の人口がどんなものなのか、それは知らないけれど、地球だと億単位の人間がいたんだもの。
さすがにそれよりは少ないのだろうけど、それでも一つの世界の総人口の力がまとまれば、それは計り知れない。
「他人事じゃなくて、当事者としてこの世界の人たちにどっちを選ぶのか決めさせようってわけね。味なまねをしてくれるじゃない」
毒づき半分、感心半分で言い捨てる。
これは確かにアリエルさんの言う通り、どちらかに肩入れしたものじゃなく、とんでもなく公平なルールだわ。
このルールができる前は、力を失う前のアリエルさんや私や京也君、そう言った力のある人間だけが選択権を持っていた。
なんせ、戦えない人が私たちの前に出て来ようと、簡単に踏みつぶして終わりだったのだから。
でも、このルールならば、戦う力のない人でも自分の選択を選ぶことができる。
弱くても、その力が選んだほうに加算される。
そして、選ばないという選択肢は、ほぼない。
なぜならば、祈ることが禁忌を消す手段だからだ。
祈りを捧げると、内部で禁忌のスキル経験値が消費されるらしい。
そして、それが0になれば、晴れて禁忌のスキルは消え去る。
外道無効を持つ私でさえ鬱陶しいと思うこの禁忌。
普通の人だったら耐え難いでしょうし、消したいと願うはず。
その方法がどちらの神を支持するか、明確にするというもの。
そんなの、どっちか選ぶに決まってるじゃない。
選ばないということは、今後も禁忌とずっと付き合っていくと覚悟を決めるってこと。
そこまでの覚悟で中立を貫くっていうのは、なかなかできることじゃないわよね。
その覚悟があるのなら、それも立派な選択ってことになるわ。
「よくできてるわ」
「感心してる場合じゃないでしょ。何か対策を練らないと」
呆れたように京也君が言ってくるけど、これ、すでに私たちができることなくない?
「対策、ねえ。有権者を根こそぎ始末でもする?」
口にしてみれば、ギョッとしたようにこちらを見てくる転生者たち。
「どうしてそう、すぐに物騒な結論になるんだ……」
「冗談よ。冗談」
そう言ったのに京也君は疑いのこもった視線を向けてくる。
私だってそこまで非常識なことしないわよ。
失礼しちゃうわ。
「でも、そのくらい大きな動きでもしなければ、対策も何もあったものじゃないと思うわよ?」
そう。
こうなってしまっては、私たちにできることは少ない。
何せ、相手となるのは文字通りの全人類なのだから。
あまりにも相手が大きすぎる。
いえ、この場合は多すぎると表現するのが正解かしら。
多数の前に、少数である私たちができることは、あまりにも少ない。
こうなる前は、私たちの力があれば力づくでどうとでもなると、そう思っていたのにね。
完全に立場が逆転してしまったわ。
神様の公平性の前にね。
それがわかっているのか、京也君も苦々しい表情をしている。
アリエルさんは静かに目を閉じて何事かを考えこんでいる。
「とは言え、神様は公平だわ。ちゃんと私たちの出番も用意してくれてるんだから。つまり、私たちのやることに変わりはない」
禁忌に追加されたワールドクエストの項目には、おおざっぱなルール、各陣営の目指す勝利によるメリットデメリット、そして、各陣営の勝利条件が記されていた。
「エルロー大迷宮最下層最奥。そこをシステム崩壊まで守る。私たちのやることはそれよ」
今さら世論を操作することなんてできない。
前世と違ってテレビもネットも普及してないんだもの。
もうどちらを選ぶのか、それは各人に任せるしかない。
ならば、私たちは私たちにできることをするだけよ。
それに。
「何があろうとご主人様が勝つ。それを信じましょ」
祈りによって力が足されるとはいえ、実際に戦っているのはご主人様。
祈りの力で敵が強化されようが何だろうが、ご主人様は勝つ。
そう信じて行動するのみ。
「……そうだね。その通りだ」
アリエルさんが目を開ける。
その瞳に、決意をにじませて。
「私たちのやることは変わらない。白ちゃんが勝つって信じて、最後の砦を守り切る」
アリエルさんの言葉に、京也君と一緒に頷く。
「残念ながら世論とかそういうのの操作は向こうに分がある。が、ちょっとくらいの嫌がらせはしておこうか」
そう言って、アリエルさんはいたずらっ子のように微笑んだ。




