選択の時①
ソフィア視点
「あー。最悪の目覚めだわ」
窓から鬱陶しいくらいにお日様の光がさんさんと照り付けてきてるわ。
普段は別に気にしないけど、今の状態だと日差しがなんとなく憎いわ。
真祖の称号の効果で日差しの影響はないはずだけど、一応私も吸血鬼だし、日差しはあんまり好きじゃないのかも。
今まで気にすることもなかったのだから、これは精神的な影響が大きいんでしょうけど。
「お嬢様、お目覚めですか?」
部屋の外、扉の向こう側からメラゾフィスの声が聞こえてくる。
どうやらメラゾフィスは私よりも先に目を覚ましていたみたいね。
私が寝坊したわけじゃなくて、メラゾフィスが早起きなだけよ。
……すでにガヤガヤと、起きてる人の気配がたくさんあるのはきっと気のせいね。
「起きてるわ。支度してから行くから、先に行っててちょうだい」
「かしこまりました。皆さんもうおそろいですので、お急ぎください」
……五分、いえ、三分で支度するわよ!
「待たせたかしら?」
「そうだね。重役出勤だ」
颯爽とみんなが集まる大部屋に来てみれば、開口一番京也君に嫌味をぶつけられた。
イラっとして京也君を見て、文句を言おうとした口を閉ざすことになった。
京也君がいつになくピリピリしていたからだ。
「どうしたの?」
「昨日、みんなが倒れた後、敵の襲撃があったんだ」
「え!?」
うっそ!
私思いっきりねこけてたわよ!?
「何とか撃退することはできたんだけど、倒すことはできずに逃げられた」
「ふーん」
逃げられるなんて情けない、と口に出しかけて、なんとかそれを飲み込む。
京也君の実力は知っている。
その京也君が取り逃がすということは、相手もかなり強かったんでしょう。
というか、京也君がこれだけピリピリしてるってことは、結構危なかったのかも。
それに、私は倒れていて役に立ってないんだから、ここで京也君を責めるのはお門違いよね。
というか、一応守ってもらった形になるのかしら……。
「……一応お礼を言っておくわ。ありがとう」
そう言うと、京也君は目をぱちくりさせた。
「何よ、その反応は?」
「いや。ソフィアさんがお礼を言うなんて。今日はよくないことが起きる前触れかも」
「私のことなんだと思ってるわけ?」
「はは」
軽く睨みつけると、京也君は笑ってごまかした。
まあ、いいわ。
私が動けない間の働きに免じて不問にしてあげる。
さてと、改めて周囲を見回してみると、……お通夜会場かしら?
転生者たちがほぼ全員集まってるというのに、誰一人として言葉を発さない。
異様な静けさ。
まあ、気持ちはわからなくもないわ。
「ソフィアさんは、比較的大丈夫そうだね」
「ええ。外道無効が多少働いてるんでしょ」
私は嫉妬のスキルの悪影響を抑えるために、京也君と一緒に外道耐性のスキルレベルを上げて、外道無効を取得している。
おそらくそれのおかげで、他の人たちに比べてこれの影響が少ないんでしょう。
これ、禁忌の。
「それにしても、まさか全人類に禁忌を配るなんてね。神様っていうのは大胆なことをするわ」
昨日、私が倒れた原因、それは禁忌を無理やり入れられたから。
気絶無効だとか痛覚無効だとか、そう言った耐性を貫通して頭痛が起き、気を失ってたわ。
気づいたらベッドの上よ。
「あ、そういえば。誰が私をベッドまで運んでくれたの?」
「ん」
京也君が指さす先にいたのは、皿を持ち運びながらちょこまか動いているメイド服の少女。
たしか、アリエルさんの眷属のアエルとかいうのだっけ?
「女子は彼女が。男子は僕が運んだ」
「そ。後でお礼を言わなくちゃね」
ところで、あの子何を運んでるのかしら?
気になってみてみれば、それは朝食だった。
無言でうなだれている転生者たちのテーブルに、朝食の皿を並べていっている。
「あの朝食も、あの子が作ったの?」
「いや。アリエルさんが」
「は?」
アリエルさんが?
だってアリエルさんって今、調子よくないんじゃなかったの?
「やーやー。美味しい朝食の時間だよー」
そのアリエルさんが、皿を手にやってきた。
「いろいろ気が滅入ってるだろうけど、人間食わなきゃ生きてけない。とりあえずいただこうじゃないか」
アリエルさんの言葉に、転生者たちが顔を上げる。
そして、アリエルさんは私たちのほうに来て、同じテーブルの席に着いた。
すかさずアエルが私と京也君の分の朝食を置いてくれる。
「「ありがとう」」
む。
意図せず京也君とはもってしまった。
アエルは無言で一礼すると、そのまま外に出て行ってしまった。
「アエルは私達が食べてる間警戒」
「ああ。また襲撃がないとも限らないってことですか」
「そういうこと」
納得。
「よし。みんないきわたったね? じゃあ、いただきます」
アリエルさんの食前の挨拶。
転生者たちもまばらに「いただきます」と言い、何人かはのっそりと朝食に手を付け始める。
まだ動こうとしないのが何人かいるけど、そのうち動き始めるでしょ。
私はそいつらのことなんて気にせずいただくわ。
「あ、おいしい」
「ありあわせのものだけで作ったから、あんまり出来がいいとは言い難いけどね。外はあんなだし」
外は焼き払われちゃってるものね。
つまり、この朝食に使われた食材はかろうじて戦火を逃れたってことね。
それとも、軍の糧食から持ってきたのかしら?
どっちにしろ、いいものとは言い難いわね。
それなのに結構おいしいのは、アリエルさんの調理技術の高さゆえかしら。
とは言え、残ってる食料にも限りがあるし、早いうちにここを出ないといけなさそうね。
「今後の予定、どうします?」
尋ねてみれば、アリエルさんは難しい顔をして考え込んでしまう。
「正直、この後どういう展開になるのか読めない。だから動きを決めあぐねてるっていうのが正直なところかな」
まあ、まさかこんなことになるなんて予想外もいいところだもの。
当初の予定通り、ってわけにはいかないわよね。
「一応、メラゾフィスくんやフェルミナちゃんに準備はしてもらってるよ」
ああ。
だからここにいなかったのね。
それにしても……。
「この禁忌って、どうにかできないんですか? 鬱陶しくて仕方ないわ」
禁忌メニューとかいうのが脳裏に浮かび上がってきていて、そこから『贖え』という思念が常に発されている。
こんなのがずーっと続くのかと思うと気が滅入るわ。
「ないね。私もずっと付き合ってきたものだからさ」
「ハア……」
わかってたことだけど、ついつい溜息を吐いちゃったわ。
「ただ、システムがなくなれば、禁忌もスキルだしなくなるはず」
「それだわ!」
どうせこっちはシステムを壊す予定なんだから、この鬱陶しさから解放される!
システムを壊す理由が増えたわね。
「……こっちに都合がよすぎる」
「え?」
アリエルさんが眉間に皺を寄せながら悩む。
たしかに、禁忌の中身を見れば、アリエルさんが女神を救おうとしているのに一定の理解は得られる。
そして、システムを壊せば禁忌に悩まされなくなると知れ渡れば、きっとこちらに協力する人は増える。
外道無効を持っていて、影響が抑えられている私でさえ鬱陶しいと感じるんだもの。
きっと外道無効を持っていない人たちはもっと苦しいはずよ。
その苦しみから解放されるとなれば、なりふり構わないでしょうね。
そう考えると、禁忌が全人類に入れられたのは、こちらにとっては追い風ね。
でも、都合がいいのにアリエルさんは何を悩んでるのかしら?
「何か懸念でも?」
私が聞くよりも先に、京也君がアリエルさんに尋ねた。
「私が知る限り、上位管理者である神様はどちらか一方に肩入れするような方じゃない。なのに、今のところ私たちのほうに有利になっている」
「……この後、こっちが不利になるようなことが起きる、と?」
「わからない。でも、禁忌が配られた時、ワールドシークエンス1と言われた。つまり、2以降があるってことだ」
そういえば、そうね。
つまりこの後も何かある、と。
『ワールドクエストシークエンス2』
あら?
噂をすればってやつかしら。
さて、何が飛び出してくるやら。




