究極の二択⑥
ラース(京也)視点
神言が聞こえてきた。
どうやら、この世界の全人類に禁忌がインストールされたらしい。
「えぇ……。あー、うん……」
アリエルさんが困惑、あるいは気の抜けたような感じで声を漏らす。
転生者たちの話し合いの最中に、タイミングを見計らって乗り込んだ僕らだったけど、もはや話し合いができる状況ではなくなってしまっていた。
転生者たちは頭を抱えてうずくまったり、すでに気絶してしまったりと惨憺たるありさま。
「うぐぅぅー!」
そして、アリエルさんを挟んで僕の反対側では、ソフィアさんが頭を抱えて床の上をゴロゴロとのたうち回っている。
……優雅さの欠片もない。
人間、追い詰められた時こそ本性が出るという。
となればこのゴロゴロのたうってる姿がソフィアさんの……、これ以上はやめておこう。
普段だったら苦しんでいるソフィアさんに真っ先に駆け寄りそうなメラゾフィスさんも、頭に手を当てて壁にもたれかかっている。
フェルミナさんは、姿が見えないな。
苦しんでる姿を見せたくなくて隠れたのかもしれない。
とにかく、この場で無事なのはあらかじめ禁忌がカンストしていた僕とアリエルさんの二人だけみたいだ。
そのアリエルさんはと言えば、無表情で佇んでいる。
スンッ、という効果音が似合いそうな表情だ。
ポティマスとの戦いで大幅に弱体化してしまった、その体を押して、意気込んでやってきたというのにこの惨状だ。
そんな表情になってしまうのも致し方ない。
なんというか、いたたまれない……。
しかし、この惨状を放置しておくわけにもいかない。
「僕と、白さんの部下、も駄目か」
フェルミナさんが姿を消していることだし、白さんの部下たちも全滅してるだろう。
そもそも禁忌をカンストしている人間がそうそういるはずがない。
よっぽどのことをしなければ、禁忌のスキルを得ることすら難しいのだから、カンストまで持って行くのは並大抵のことではできない。
ソフィアさんやメラゾフィスさんですら禁忌はカンストしていなかったのだから、おそらくこのエルフの里に残っている人員で無事なのは僕とアリエルさんだけだ。
そして、弱ったアリエルさんにみんなの介護を頼むわけにもいかない。
つまり、僕だけでこの大人数を介護しなければならないということか……。
「やるしかないか」
俊がエルフとの戦いのさなかに禁忌をカンストさせ、戦いが終わるまでずっと気を失っていたことを考えれば、おそらく一日くらいはみんな寝たきりになるだろう。
このまま床に寝かせておくわけにもいかないし、ベッドに運ぶくらいは最低でもしなければ。
「アリエルさんは戻っててください。こっちは僕がなんとかしますんで」
「あー、そうだね。その前に。アエルー!」
アリエルさんが外に向かって叫ぶ。
次の瞬間、メイド服の格好をした少女が扉の近くに降り立った。
その少女はアリエルさんの眷属らしい。
神言教教皇の暗殺を指示したらしいのだが、失敗。
アリエルさんが召喚によってこちらに避難させることで難を逃れた。
メイド服の所々が焦げているのは、教皇の護衛をしていた火の古龍にやられたようだ。
「アエル、ラース君の手伝いをして」
無言で頷き、アリエルさんの指示に従うアエルさん。
正直助かる。
さすがに一人だけでこの惨状をどうにかするのは骨が折れると思っていたところだ。
「よろしく」
コクリとやはり無言で頷くアエルさん。
彼女が無事なのは、禁忌をもともとカンストしていたわけではなく、彼女が『人類』の定義に入らないからだろう。
彼女はアリエルさんの眷属、アリエルさんの産卵のスキルによって生み出された、パペットタラテクトという魔物だ。
見た目は少女のようだけれど、そのガワは人形だそうだ。
本体は小さな蜘蛛の魔物で、人間そっくりのその人形を内部から糸を使って操っているらしい。
そこまで考えて、はたと気づく。
魔物はこの間でも自由に動くことができる。
おそらく、両陣営でまともに動けるのはトップであるアリエルさん、教皇、この二人くらいだ。
禁忌をカンストしているのがこの二人くらいしかいないのだから。
それ以外は僕のような例外しかいない。
そう、僕は例外なのだ。
果たして鬼人の僕が人類カテゴリーに入っていたのかはわからないが、どちらにしろ禁忌をカンストしているからこうして動ける。
そして、教皇陣営にも例外がいる!
アエルさんを退けた、古龍という例外が!
もし、そいつらがアリエルさんの弱体化を知っているとしたら、両陣営がともに機能を麻痺させているという、この絶好の好機を見逃すだろうか?
「アリエルさん、待った!」
僕は踵を返そうとしているアリエルさんを呼び止める。
そして、先ほどの自分の考えを伝えた。
「……可能性はあるね」
「ええ。ですから、やっぱり僕のそばから離れないようにしてください」
「わかったよ」
今、この場で戦力になるのは僕とアエルさんだけだ。
ソフィアさんはのたうち回った挙句に扉の角に頭をぶつけてさらにのたうち回った末に気を失った。
メラゾフィスさんも壁にもたれかかるようにして気を失っている。
転生者たちも全員が気を失っている。
「さすがにすぐに襲撃があるとは思えませんので、とりあえずは倒れた人たちを……」
ベッドに運んでおこうか、と続けようとして、僕は高速で近づいてくる気配を感じた。
その気配は北のほうから一直線にこちらに向かってきている。
速い。
恐ろしく、速い!
「どうやら懸念が当たったようです」
このスピード、並の龍ではない。
正確なところはわからないけれど、少なくとも憤怒発動前の僕よりもスピードだけなら上回っている!
「アリエルさんは下がって。アエルさん、アリエル様をよろしくお願いします」
僕はそう言って飛び出す。
これだけの力の持ち主と戦って、周囲に被害が出ないとは思えない。
みんなが眠っているこの場所から、少しでも離れたところで戦いを始めなければならない。
最悪、僕のことを無視してそのままアリエルさんのところまで突っ込んでいくかもしれないと危惧したけれど、そいつらは僕の目の前で止まってくれた。
『おいおいおーい! 話がちげえじゃんよぅ! なーんでピンピンしてるヤバソーなのがいるんだ!?』
『俺が知るか。どっちにしろぶっ殺しゃ問題ねーだろ』
片やプテラノドンに似た姿の大きな龍。
片や豹のようなしなやかな体躯に翼が生えたような姿の小さめの龍。
どちらも、感じられる力は尋常ではない。
『それもそーか!』
『だろう? さすが俺、頭いい!』
いや、頭のほうは……。
だが、力量は本物のはずだ。
二刀を構える。
この戦い、倒れた人たちの介護よりも、ずっと骨が折れそうだ。




