究極の二択③
教皇ダスティン視点
倒壊してしまった建物から移動し、守りの堅い聖堂の奥へ避難する。
聖アレイウス教国が敵に攻められた際、最後の砦として籠城するために建てられた場所だ。
相手が相手だけに、その程度の守りは気休めにしか過ぎないが、ないよりかはましではあろう。
勇者であるシュレイン様と、その妹君であるスーレシア様、そして公爵家の令嬢であるカルナティア様。
この三人とともに避難を終え、今は襲撃者を追って行った二方が戻るのを待っている。
さらにこの場には私たちの護衛をしてくださっている女性がいる。
彼女はしかし、面倒そうにソファに腰掛け、肘をついている。
とても護衛をしている態度とは思えない。
が、それは実力があり、そうしていても大抵のことには対処できるという自信の表れなのであろう。
その正体は、黒龍様の配下である龍。
それも古代龍である。
待つことしばし、扉がノックされ、それに対して「開いておるよ」と私よりも先に返事をしてしまった。
その返事を受け、扉が開く。
「ニーア。鍵くらいかけておけ」
苦言を呈するのは巨漢の男。
「かけてもかけてなくても変わらんじゃろ」
対して悪びれもせずに気だるげに答える女性。
「喧嘩はよしたまえ」
青筋を浮かべそうな巨漢の男をなだめるのは、性別不詳の人物。
「仕留められましたかな?」
とりあえず、私は真っ先に先の襲撃者を倒せたのか否かを確認する。
「いや。逃がした」
「情けない」
「どうどう」
巨漢の男が文句を言った女性を睨みつけ、それを性別不詳の人物が抑える。
「己らが追ってる最中に姿を消した。転移、ではないな。あれはおそらく召喚だ。アリエルが召喚して手元に呼び寄せたのであろう」
「なるほど。でしたら追うことも不可能でしょう」
召喚は疑似的に転移を可能とするスキル。
召喚主のもとにしか行けないという制約はあるものの、応用すれば今回のように逃走に使うこともできる。
アリエル様が召喚したとなれば、行き先はエルフの里。
遠く離れたその場にまで追っていくことはできない。
「シュレイン様がたは初めてお会いするでしょう。紹介いたします。彼らは黒龍様の配下、古代龍のお三方です」
「うむ。今は人化しているが、本来の姿は龍である。己は火龍グエン。以後良しなに」
「我は氷龍じゃ。ニーアと申す」
「闇龍のレイセだ。他の古龍連中はあくが強いから、なにかあったら僕を頼るといい」
「あくの塊のような奴が言うな」
「ククク」
古龍がたの自己紹介を聞き、シュレイン様がたが立ち上がる。
「シュレイン・ザガン・アナレイトです」
「……スーレシアです」
「カルナティア・セリ・アナバルドです」
シュレイン様がたの自己紹介を聞き、グエン様が鷹揚に頷く。
「うむ。勇者とその妹御。そして妻だな」
「妻ぁ!?」
「……は?」
グエン様の最後の言葉に、カルナティア様が素っ頓狂な声を上げ、スーレシア様が殺気のこもった声を漏らす。
「む? 違ったか?」
「……はい。違います」
シュレイン様がどこか気まずそうにカルナティア様が妻ではないと言う。
それに対してスーレシア様は満足げで、カルナティア様は若干不満そうな複雑な表情をしておられる。
なるほど。
シュレイン様は女性に好かれやすい質らしい。
これが有事でなければ微笑ましく見守ることもできたのだろうが、残念ながらそのような場合ではない。
「お互いに自己紹介も済んだことですし、今後のことをお話いたしましょう」
「で、あるな」
グエン様は立ったまま腕を組み、そのまま話を聞く態勢に入る。
レイセ様は扉の近くの壁にもたれかかった。
おそらくお二方は再度の襲撃を警戒なさっているのだろう。
先ほど私を襲ったアリエル様の眷属、アエルと言う名のパペットタラテクトという魔物、彼女が召喚によってアリエル様の手元に戻されたのであれば、さらなる襲撃があるとは思えない。
しかし、警戒して損はない。
今や私は死ぬわけにはいかない身となってしまったのだから。
「さて。私たちが二派に分かれて争うことになったのはお話ししたと思います。便宜上、女神さまを救うために動いているアリエル様がたを神派。人類を救うために動いている私たちを人派としましょう。神派と人派の戦いにおいて重要な局面は二つ。一つは黒龍様と白様、あなた方には若葉様と言ったほうがわかりやすいでしょうか。このお二方の戦い。神であるお二方の戦いに我々が介入することはできません」
そもそも小異世界で戦っているお二方のところに行けないというのもあるが、力が隔絶しすぎていて我々では足手まといにしかならない。
このお二方の戦いの勝敗がそのまま神派と人派の勝敗になりえる重要な戦いであるにもかかわらず、我々には介入する術がないのだ。
「ですが、我々もただ座して見ているわけにはまいりません。もう一つの重要な局面、それこそが、システム崩壊を阻止することです」
白様が起こそうとしているシステム崩壊。
それをなすためには、支配者権限によるキーの解除が必要となる。
システム崩壊を引き起こす、いわば自爆スイッチ。
そのスイッチを押すためには、支配者スキル十四、そのすべての支配者権限が必要。
無論、その一つを私が持っている以上、すべてをそろえることは不可能。
しかし、それを白様は強引に突破なさったようだ。
「ですが、正規のキーは未だ私の手元にあります。であれば、鍵をかけ直すことも可能だということです」
つまり、鍵をかけ直すことができれば、神派が起こそうとしているシステム崩壊を阻止できるということ。
支配者権限を有するこの身こそが、神派に対抗するための切り札なのだ。
だからこそ、私は死ねない。
節制のスキルの力によって、私は死んでも記憶を保持したまま転生することができる。
故に、死を恐れることなど久しくなかった。
死んではならないという重圧を感じるのは、神言教を組織として安定させる以前のこと以来か。
まさかこの私が、再び死を恐れるようになるとは思わなかった。
今私が死ねば、これまで積み上げてきたものが失われてしまう。
人族を救う。
ただそれだけのために邁進してきた。
それすら果たせずに終わってしまう。
それだけは、許容できない。
「私はこれより準備を整え、そのキーの施錠に参ります。……おそらく、施錠するキーの数が多いほど、システム崩壊を阻止できる確率が高くなるでしょう」
「つまり、俺にもついてきてほしい、と?」
シュレイン様の言葉に首を横に振る。
「本音ではそうです。ですが、これは軽々に判断していい事柄ではありません。おそらく、キーの施錠には本人の強い意志が必要です。シュレイン様が望まなければ、キーは答えてくれないことでしょう」
確証があるわけではない。
しかし、確固たる意志でなければキーの施錠はできないという予感があった。
「ですから、私と共に行くのか否か、それはシュレイン様の判断次第です」
シュレイン様は私の言葉を聞き、うつむいてしまった。
急に世界の命運と関わることになってしまったのだ。
即座に答えが出るはずもない。
むしろ、悩まずに答えを出してほしくない。
即断できるほど、この世界の命運は軽いものではないのだから。
「すぐに答えが出るものでもないでしょう。こちらの準備も今すぐできるものではありません。その間に考えをまとめていただきたい。ですが、猶予は数日だと思ってください」
すぐ答えを出してほしくないと思いながらも、私には悩む時間をそこまであげられない。
こうしている今も、黒龍様は戦っているのだから。
「目指すはエルロー大迷宮最下層。その最奥。女神さまが封印された地です」
シュレイン様がどのような答えを出すにせよ、そこが最終決戦の地となる。




