325 先生は悪くない!
エルフの里の部屋に訪れると、そこにはベッドの上で体育座りをしている先生がいた。
た、黄昏ている。
エルフで成長の遅い先生が体育座りをしていると、小学生の女の子がおやつ抜きにされて悲しんでるみたいに見える。
どうしよう。
真剣な場面なはずなのに、絵面が微笑ましい。
そしてそのすぐ横では、フェルミナちゃんと櫛谷さんが椅子に座って談笑していた。
談笑っていうか、フェルミナちゃんが櫛谷さんに質問攻めにあってる感じか。
そんな三者三様、部屋の中に直接転移してきた私に注目が集まる。
「若葉さん」
先生がノロノロと顔を上げ、呟く。
「お加減どうですか?」
とりあえず当たり障りのない質問をしてみた。
そしたらフェルミナちゃんが目を見開いて私のことを凝視してきた。
何その顔は?
私だって喋る時は喋るんだ!
普段は本気出してないだけで!
本気を出せば私にだってできるんだ!
「体は大丈夫です。ご心配おかけしました」
体は、ね。
つまり精神的にはまだまだってことだ。
「ムリはなさらないでください。もう先生が危険を冒す必要はないんですから」
いたわるように、なるべく優しく語り掛ける。
フェルミナちゃんが泡吹いて倒れそうな顔をしている。
何その顔は?
私にだって優しさの一欠片くらいあるさ!
ていうか私ってば超優しいからね!
それがわからないみんながおかしいのさ!
「ありがとうございます」
お礼を言いつつも、先生の元気は戻らない。
私の言葉じゃ、気は晴れないっぽい。
それでも、ここは言葉を重ねていくしかないよな。
「先生が気に病む必要はありません。先生はよかれと思って行動していた。その先生の良心を利用しようとしたポティマスが悪いんです」
実際先生に落ち度はない。
悪いのは騙されたほうだっていう、詐欺師の常套句があるけど、騙したほうが悪いに決まってるんだから。
先生は先生のできることを、できる限りしてきたにすぎない。
それで救われた転生者だっていたはずだし、ポティマスのたくらみは事前に潰されてみんな無事だった。
結果オーライ。
「けど、私がポティマスの片棒を担いでいた事実は消えません」
なのに、先生は気に病んでいる。
うーん。
先生は責任感が強すぎる。
本来背負わなくていいものまで背負い込んで、それで苦しんでる。
先生だからって言って、転生者を救わなきゃいけない義務なんてないのに、エルフを使って必死に活動して、それでポティマスに裏切られてそのことにも責任を感じて。
余計なもの背負い込みすぎだよ。
もっと気楽に生きればいいのにって思ってしまう。
まあ、それこそが先生のいいところなんだけどさ。
「それこそ先生の思い込みです。先生は騙されていただけ。何も悪いことなんてしていません。それに、こう言ってはなんですが、先生がいてもいなくても、ポティマスであれば遅かれ早かれよからぬことをしでかしていました。先生の活動にかかわらず、あの男はいつか世界の総力を挙げて始末する必要があったんです。先生は運悪くそんな男のもとに生まれてしまっただけです」
悪いのはポティマス。
大体あいつのせい。
これが真理。
「つまり、私は生まれてきたこと自体が間違いだったわけですか」
だー!?
どうしてそういう結論になるんだ!?
「違います。何度も言いますが、先生は悪くありません」
即座に否定するも、先生はうつむいてしまう。
えー、あー、うー。
どうすればいいの?
助けを求めるようにフェルミナちゃんと櫛谷さんに視線を送る。
フェルミナちゃんはそっと視線を逸らした。
櫛谷さんは小さく溜息を吐き、肩をすくめた。
チッ!
頼りにならない!
「そんな目で見ないでよ。あたしは事情を全部把握できてるわけじゃないし、このエルフの里に来たのも順番的に最後だもの。他のみんなと立場も境遇も違うから、何とも言えないわ」
櫛谷さんの言い訳ターイム。
まあ、言い訳も何もその通りなんだけどさ。
櫛谷さんと田川くんの二人はエルフの里の外にいた期間が長い。
その分先生と接する時間も短かったわけだし、エルフの里に拘束されていた時間も短い。
小さい時からずーっとエルフの里に軟禁されていた他の転生者たちとは、立場が違う。
公平な意見は出せないよね。
「まあ、聞いた範囲だとあたしも先生は悪くないと思うけど。こればっかりは先生自身の気持ちの問題でしょ? 先生自身が自分で考えて、気持ちの整理をつけるしかないとあたしは思う」
……あなたホントに私と同い年ですか?
ああ、イヤ、前世の分も含めると私より年上か。
なんてちょっと現実逃避してみたけど、実際櫛谷さんは他の転生者に比べて大人びてるよな。
さっき先生が倒れた時も、真っ先に動いていたし。
櫛谷さんは冒険者として世界中を見て回っていたから、その分見聞も広くて、精神的に成長してたんだろうか?
まあ、停滞したエルフの里での暮らしをしてきた転生者たちに比べれば、いろいろと経験してそうだもんな。
「そういうわけで先生。整理ができて立ち直れるまではそばにいてあげますから、ゆっくり悩めばいいと思いますよ」
「櫛谷さん、それ、櫛谷さんがゆっくりしたいからそう言ってません?」
「あれ? バレちゃいました?」
櫛谷さんがいたずらっぽく微笑む。
それにつられて先生も小さく笑みを浮かべた。
あれー?
おかしい。
ここは私が颯爽と先生の憂いを取り除く場面じゃなかったのか?
櫛谷さんに全部持ってかれてね?
おかしい。絶対におかしい!
これはどういうことだという意思を込めて、フェルミナちゃんに視線を送る。
フェルミナちゃんは頑なにこっちを見ようとしない!
謎の敗北感に私が打ちのめされていると、先生たちの表情が驚きに染められる。
ん?
さっと視線を巡らせれば、先生も櫛谷さんもフェルミナちゃんも、宙空に視線をさまよわせて、耳を澄ませているような態度をとっている。
そして、驚きから一転。
その表情が険しくなっていく。
その視線が、私に向けられて。
あー。
これは、来たか。
分体にシステムのハッキングを命令。
天の声(仮)の履歴を見てみる。
この場にいる三人の様子から、たぶん何かしらの啓示が天の声(仮)からあったんだと思うんだよね。
そしたら、ビンゴ。
えーと、何々?
ワールドクエスト発動。
世界の崩壊を防ぐために人類を生贄に捧げようと画策する邪神の計画を阻止するか、協力せよ。
あー、Dめ。
派手にぶっこんできたな。




