321 修羅場
うわぁ……。
ドン引き。
これが修羅場ってやつかー。
私の目の前で繰り広げられる女の戦い。
妹ちゃんと大島くんが、一人の男を巡ってガチの戦いを演じております。
二人の目つきがやばい。
あれは、殺る気だ!
やったね山田くん!
君モッテモテだよ!
両手に花とはこのことだ!
なお両方とも毒花の模様。
片やクレイジーサイコヤンデレブラコン妹。
片や男を知り尽くした計算高いTS女子。
どっちを選んでも苦労しそう。
どっち選んでも尻に敷かれそうだし。
頑張れ山田くん!
私は応援してるぞ!
手伝いとか具体的なことはなんもしないけど!
ていうか、その前にこの騒動をどうしよっか?
……。
頑張れ山田くん!
私は応援してるぞ!
手伝いとか具体的なことはなんもしないけど!
イヤ、だってねえ?
こうなったのは妹ちゃんが原因だしー。
やっぱお兄さんである山田くんがそれを治めるのが妥当だと思うな!
と、丸投げしてみる。
先々代勇者と先代魔王がやらかした、教室爆破事件の真相が語られた裏で、私はクレーマーの対処に追われていた。
妹ちゃんというクレーマーの。
曰く、「お兄様に会わせろ」。
妹ちゃんには私の分体が常についていたんだけど、それに呪詛のごとく延々と語りかけてくるんだもん。
ここまで協力したんだから願いを叶えてくれてもいいじゃない、と。
なんか狂気を感じる鬼気とした様子で、分体を引っ掴んで語りかけてくるんだよ?
怖いわ!
いくら分体越しだからといって、耳元でホラーチックに囁かれ続けてるようなもんだからね、それ。
いくら私の神経が図太くても、限度ってもんがありますわー。
というわけで、私が折れて妹ちゃんの願いを叶えてあげることに。
まあ、会わせるだけだからいっかー。
そう考えていた時期が私にもありました。
そうね。
今の妹ちゃんはちょっと普通じゃありませんでしたね。
それでもまさか会わせた直後に殺しにかかるとは思わんかったと言い訳させてもらおう。
だってお兄様至上主義の妹ちゃんが、そのお兄様を殺しにかかるなんて普通想像できないじゃん?
ちょっと私のようないたってまともな感性の人には理解できませんって。
え? お前まともじゃないだろって?
そんなことありません―。
ていうかそこはどっちかっていうとお前人じゃないやんってツッコミが入るところだと思うんだ。
なんて現実逃避気味にヒートアップする戦いを見守る。
妹ちゃんの水の魔法と、大島くんの火の魔法がぶつかり合い、相殺される。
「二人とも! やめるんだ!」
合間合間に山田くんが仲裁に入ろうとするんだけど、それすら巻き込む感じで戦禍が広がっていく。
あー。
大島くんを連れてきたのは、失敗だったかなー?
イヤ、だってさあ、大島くんだったら暴走した妹ちゃんを止めてくれるかもなーって、思ってさ。
妹ちゃんが山田くんに襲い掛かるの見て、急遽大島くんもこっちに連れてきたんだけど。
まさかさらに場が混乱することになるとは。
ドウシテコウナッタノカナー?
フシギダナー?
……私帰ってもいいっすか?
ほら、あとはお若い人たちで、ってやつで。
ダメ?
なんでだろう。
面倒な妹ちゃんの問題を片そうと思ったら、余計に面倒な事態になったという不思議。
まったく。
山田くんはお兄ちゃんなんだから、こんな危険な妹の手綱くらいキッチリと握っていてほしいもんだ!
誰だこんな元から危険な妹ちゃんを、最高にハイってやつだ状態にしたのは?
え? 私?
ノーノー。
それは冤罪というものですよ。
ほら、それは夏目くんがやらせたことで、私は関係ありませーん。
え? その夏目くんを操ってたのお前だろって?
あー! あー!
聞こえない! 聞ーこーえーなーいー!
んむぅ……。
実際問題、妹ちゃんがここまでハッスルしちゃったのは私が原因だよなー。
そりゃ、自分の父親のどたま撃ち抜いちゃったら、後戻りできないって思いつめちゃうよねー。
もともと恋愛感情持たれてないお兄様。
そのお兄様の目の前でやらかしちゃったわけだから、脈は絶望的になってしまってるわけで。
うーん。
もう途中から王国を裏切ってるっていう罪悪感でいっぱいいっぱいになってたから、夏目くんに洗脳してもらって、洗脳されてたから仕方がないっていう既成事実を作っておいたんだけど。
どうやら意味なかったっぽいなー。
もう追い詰められちゃって、勢い余った行動に出ちゃったかー。
……これだから他人を使うのは難しいんだ。
私は効率と、最終的に生きているか死んでいるかしか考慮しない。
私の計画によって、誰が何をどう感じ考えるのか、そんなことは計算に入れていない。
入れられない。
わかんないし。
だから無視してきた。
それによって出る不都合も、計画に支障がないならどうでもいい。
そう、思ってたんだけどなー。
蒼白な顔で倒れる先生。
先々代勇者と先代魔王の起こした爆破事件の裏に、サリエルの干渉があったことを知った時の、魔王の顔。
それらが頭の片隅にチラついてしょうがない。
そんな顔をさせたくて、私は動いてるわけじゃ、ないんだけどな。
ハア。
今さら仲間とかそんなこと言われても、こんな私にどうしろっていうんだろう?
わかんない。
わかんないよ。
それに、もう計画は大詰め。
今さら仲間の力なんか借りようなんて、そんな段階じゃないし。
とりあえず、この騒ぎをどうにかするか。
山田くんには貧乏くじ引かせまくっちゃってるし。
私がしゃしゃり出て、はたして丸く収まるのかどうかは疑問だけど、何もしないよりかはマシでしょ。
「話を聞け!」
しかし、私が何かをする前に、事態が動く。
妹ちゃんと大島くんの刃が合わさるその瞬間に、山田くんがそこに体を割り込ませて、二人を止めた。
刃を体で受け止めて。
「ひっ!?」
「……ぁ」
妹ちゃんと大島くんが息を呑む。
妹ちゃんの剣が山田くんの腹を貫き、大島くんの剣は肩を切り裂いて鎖骨のあたりに埋まっている。
そのうえで、山田くんは二人の腕を掴んで、動けなくしていた。
「頼む。頼むよ。話を、聞いてくれ。これ以上、なくしたくないんだ。だから、だから」
前に出そうとしていた足が止まる。
山田くんの悲痛な声を聞いて。
彼からいろいろなものを奪った私には、歩み寄る資格がないから。




