310 罪と罰と生と死
山田くんの発言により、鬼くんが夏目くんを殺したことが明らかとなった。
この転生者たちを集めたツリーハウスに夏目くんがいないことから、たぶん察している人はいたんじゃないかと思う。
それでも、夏目くんが死んでいるということは察することができても、元クラスメイトがその殺害を行ったというのは、さすがに想像の外だったんじゃないかな。
その証拠に、冷たい沈黙がこの場を支配していた。
例外なのは、田川くんと縛られた草間くんと荻原くんだけ。
あとは、事前にそのことを知っていた、というか目の前で見ていた大島くんと、発言者である山田くん。
工藤さんですら言葉を失っている様子で、その他の面々なんて山田くんの言葉がうまく飲み込めないのか、呆けた顔をしているのも何人かいるくらい。
理解できた人でも、本当のことなのか疑っているのか何なのか、キョロキョロと他の人の顔色を窺っている。
たぶん、このエルフの里で暮らしてきた転生者たちにとって、死は縁遠いものなんだろう。
だから、知り合いが死にましたと言われても実感が湧かない。
それをしたのが、元クラスメイトとなればなおさら。
日本では寿命以外で死ぬなんてことは滅多になかったし、その感覚を引き継いでいるのかな。
知り合いだろうが何だろうがポコポコ死んでいくこっちの世界とでは、死に対する感覚があまりにも違いすぎる。
その点、エルフの里の外で育った田川くんや草間くんは、この世界での死生観をしっかりと認識している。
だから慌てていない。
けど、それだとすると、どうして外で育ったはずの山田くんは、こうも憤っているのだろうか?
そもそも、山田くんは夏目くんに対して、相当な恨みを持っているはずだ。
だって、夏目くんのせいで父親が死に、故郷を追われてしまったんだから。
しかも、妹や友人を洗脳されて、山田くんにけしかけるという、卑劣なことまでしてる。
え? それをやらせたのは誰だって?
誰だろうなー。
まあ、それは置いておいて。
山田くんは夏目くんを殺したいと思いはしても、生かしたいなんて思うのはおかしくね?
意味がわからん。
「ねえ、今の話、本当なの?」
沈黙を破ったのは、工藤さん。
鬼くんと山田くんは睨み合ったようなまま動かない。
その二人にチラッと視線を向けてから、工藤さんは私に向き直って改めて聞いてきた。
って、私かーい!
「今の話が本当だとすると、あなたたちは夏目くんを利用した挙句に、殺したってこと?」
ん、まあ、概ね間違ってない。
「否定はしません」
「それは肯定と受け取るわ」
私の返答に、工藤さんが厳しい顔をしながらそう言った。
まあ、間違っちゃいないからねー。
実際にはたぶん工藤さんが想像してるよりも悪辣なことしてるけど。
それは言わないでおこう。
きっとそのほうが双方ともに幸せさ、うん。
「言っておくけど、彼は殺されても仕方がないだけのことはしてきた。だから、僕が殺しても問題はないよ」
「問題あるだろう!」
鬼くんが工藤さんにとりなしたのを、山田くんが叫んで割って入る。
椅子を蹴倒して立ち上がった勢いには、ちょっと意表を突かれてビックリした。
「俊。僕はむしろ一番の被害者である君が、彼のことをかばうほうがおかしいと思うんだけど?」
「ああ、そうかもな。俺だって夏目のしたことを許したわけでも、あいつをかばってるつもりもない」
おろ?
山田くんは別に夏目くんのことを許したわけではないのか。
そりゃ、あんだけのことされて許すって、どんだけ聖人だよって話だけど。
聖人っていうか、むしろそこまでいっちゃうとおかしいよね。
「けど、だからっていって、殺してはい終わりじゃ、おかしいだろ」
山田くんの言葉に、転生者のうちの何人かが同意を示すような雰囲気があった。
……まあ、そりゃそうか。
エルフの里という閉鎖された環境で育てられれば、日本の価値観をそのまま残していても不思議じゃない。
日本では犯罪者は、法の下に厳正な処罰が与えられる。
死刑になるのは、よっぽどの重罪を犯した場合のみ。
その死刑にしても、撤廃すべきなんじゃないかって動きもあった。
こっちの世界とでは、命の重さが違う。
犯罪者でもそれは変わらない。
「夏目には、生きて罪を償う必要があった。あいつにはその義務があった。それを、殺して終わりにしちゃいけなかったんだ。死んだら、そこで終わりじゃないか」
んー。
言ってることは確かに正論だけど、なんていうか、甘いなーと思う。
世の中には罪を償う気なんてサラサラない悪人だってごまんといるんだから。
言葉を尽くせばどんな悪人だって悔い改める、なんていうのは、ご都合主義の物語の中だけ。
どんなにこっちが努力しようとも、改心することなんかないんだったら、付き合うだけムダな時間をすごす羽目になる。
それだったら後腐れなくスパッと殺っちゃったほうがスマートだと思うんだけどなー。
まあ、夏目くんの場合はどうなったのかわかんないから、これはあくまでも私の意見だけど。
「そうだね。死んだら終わりだ。殺すのはよくない。それはもちろんのことだ。許されることじゃない」
鬼くんが、山田くんの言葉に同意する。
「だったら」
「じゃあ、たくさんの命を奪った夏目が許されないのも、当然のことだろう?」
何かを言おうとした山田くんの言葉を、鬼くんが遮る。
その鬼くんの言葉は、山田くんを黙らせるには十分な威力を持っていた。
「俊。身近な誰かを殺された人というのはね、殺した相手を許すことなんかできないんだ。どれだけそいつが罪を償おうとしても、胸に宿った憎しみは消えはしない。薄れはするかもしれない。けど、消えはしないんだ」
それは、とても実感のこもった言葉だった。
それを聞けば、鬼くんが身近な誰かを殺されたことがあるのだと、そうわかってしまう重みがあった。
「俊の言うことは立派だと思う。けど、どう足掻いたって彼は許される立場じゃなかった。死ななきゃならなかった。だから僕が引導を渡した。これで納得できないかい?」
鬼くんの重みのある言葉に、山田くんは反論なんかできるはずがない。
「納得、できないな」
はずだった。
けれど、山田くんの目には、力強い輝きがあった。
折れない何かが、確かにそこにあった。
「俊。この世界を見てきたならわかるだろ? この世界は日本とは違うんだ。命の重さが軽いんだ。日本の価値観をそのまま持ってきても、仕方ないだろ?」
鬼くんが強情な山田くんを説得するように、言い聞かせる。
「仕方ない? どうしてそう思うんだ?」
けど、それは思わぬ反撃を生んだ。
「確かに、この世界では命が軽い。ちょっとしたことですぐに死ぬ。だからこそユリウス兄さまも……。いや、今はそれはいい。けど、けどな! だからといって、軽々しく奪ってしまってもいいものじゃないだろ!?」
叫ぶ。
それは、さっきの私の、甘いという認識を覆すだけの、力のこもった叫びだった。
日本の価値観を未だに引きずっているだけの、甘っちょろい意見だと思った。
違う。
山田くんは、理解したうえで、その甘さを貫いているのだと、その叫びが示していた。
「この世界は日本とは違う? ああそうだろうよ。ここは日本とは何もかもが違う。けど、じゃあ、日本の価値観を捨てなくちゃ駄目なのか? それはいけないことなのか?」
山田くんの言葉に、その斜め後ろに座っていた大島くんが、肩を震わせた。
その反応は、大島くんも、この世界で暮らしていくうえで、日本の価値観を捨てていたからか。
「京也。逆に聞く。お前は、仕方ないと言った。それは、この世界はそういうところだから、だから仕方がないんだって、妥協しただけじゃないのか?」




