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過去編⑰

「いただきます」


 サリエルの食前の挨拶を皮切りに、子供たちがテーブルの上に並べられた料理に手をつける。

 そのほとんどが育ち盛りの子供たちなだけあって、食堂の様子はさながら戦場のようだった。

 ただ、料理はそれぞれ決まった分が配膳されているので、奪い合いにはならない。

 育ち盛りの子供には少々物足りなく感じられることもしばしばだが、他の子供の料理を奪うことはご法度である。

 そもそも奪ったとしても食べられないこともある。

 なぜならば、ここにいるのは特殊な事情を抱えた子供たちであり、それによって食べ物も徹底的に管理されているのだから。


 ここはサリエーラ会が運営する孤児院。

 正確には、孤児院兼病院となる。

 この孤児院にいる子供たちは、ポティマスの実験の被験者たち。

 各地のポティマスの研究施設から保護された子供たちを、保護し治療するための孤児院だ。

 そして、彼らはポティマスによって作られた、キメラ。

 人間をベースに、様々な動植物を配合した禁忌の実験によって生み出された存在。

 その数少ない生き残り。


 ポティマスの研究施設を警察が調べた結果、人体実験を施された人間は数多くいることが判明した。

 その多くが命を落としている。

 実験が失敗に終わった者、成功したが短命だった者、さらなる実験を受けて落命した者。

 実験結果を淡々と記したレポートには、それら被害者の行く末が書かれていた。

 本当に実験動物を扱うかのように、人の命を弄ぶ記述がそこにはあった。


 孤児院で保護されたのは、その中で奇跡的に生き永らえた子供たち。

 それでも、実験による後遺症や、生まれながらに背負ったハンデを抱えているため、治療施設と併用となる孤児院で面倒を見ている。

 それと同時に、世間の好奇の目から子供たちを隠す意味合いもある。

 肌が緑色の小さな男の子。

 耳が少し尖った女の子。

 体に鱗が生えた女の子。

 普通とは違う外見を持った、それら子供たちを隠す意味があった。


 ポティマスが姿をくらませ、指名手配を受けたことは世界中の知るところ。

 そして、その研究内容もまた、どこから洩れたのか噂となって市民の間に流れていた。

 事実とは異なるものから、真実を含むものまで、あることないこと流布されている。

 その中には、ポティマスが異形の怪物を生み出したというものがあった。

 それはある面で真実であり、そしてある面で間違っている。

 真実は、人間をベースとしないキメラの存在。

 様々な動物を掛け合わせたキメラが、ポティマスの手によって生み出されていた。

 その中には見るも不気味な異形の生物も確かにいる。

 中でも、どこから調達したのか龍の因子が組み込まれた龍もどきとも言うべきキメラは、本物には大きく劣るものの高い戦闘能力を発揮し、研究所に踏み込んだ警察が暴れる龍もどきになぎ倒されるという事件も起きていた。

 それらが誇張を交えて噂となって駆け巡ったのだ。

 問題は、その異形の中に子供たちの存在も含まれてしまったことだ。

 噂は面白おかしく、実験によって異形の姿になった子供が人を襲うというもの。

 まるでできの悪い怪談話のように語られていた。


 噂をしている人々に悪気はない。

 まさか本当にそんな子供たちが存在しているとは思っていないからだ。

 噂に尾ひれがついて、信憑性のない馬鹿話として語られているだけ。

 しかし、実際に実験の被害者である子供が存在し、しかも身体的に異形といえる要素を兼ね備えているとなれば、単なる噂が噂でなくなってしまう。

 それが世間に知れれば、多かれ少なかれ、子供たちを傷つけることになるのは目に見えていた。

 だからこそ、子供たちの存在は理解ある人々にだけに認知され、世間には秘されていた。


 そんな子供たちの世話を、サリエルは率先して行っていた。

 フォドゥーイという最大の出資者が抜け、サリエーラ会の行動規模は目に見えて縮小していた。

 しかし、それとは別の要因で、サリエルもまた身を隠す必要に迫られていた。

 だから、この孤児院で働いている。


 サリエルが身を隠す羽目になった理由、それは、MAエネルギーを否定したからだ。

 姿をくらませたポティマスが、発表したMAエネルギー理論。

 それは使っても使っても尽きることのないエネルギーを生み出すというもので、しかも非常に簡単に行えるというものだった。

 しかも、併せて発表された人体進化法もまた、世界を驚かせた。


 しかし、サリエルは知っていた。

 そのMAエネルギーが、星の生命力そのものを奪い取ったものであると。

 神とは、エネルギーの保有量が多い存在の総称である。

 その理論で言えば、星もまた神の一種であると言える。

 星には莫大なエネルギーが存在している。

 物理では観測しえない、エネルギー。

 それは星の生命力そのものであり、枯渇すれば星が死ぬことになる。

 MAエネルギーとは、その星のエネルギーであり、それを使うということは、星の寿命を縮めることにほかならなかった。


 サリエルはMAエネルギー理論が発表された直後に、その真実を公表した。

 しかし、それが受け入れられることはなかった。

 MAエネルギーの利便性に人々が惹かれていたこともあるが、それ以上にサリエルの話には根拠がなかったからだ。

 MAエネルギーは謎のエネルギーであり、それが何なのか、ポティマス以外に知る者はいない。

 どんな理屈でそのエネルギーが湧き出てくるのかすら、誰も知らないのだ。

 つまり、MAエネルギーの正体を公表したとして、その正しさを証明することができなかったのだ。

 おり悪く、様々な研究家たちがMAエネルギーの正体について自説を公表していたこともあり、サリエルの発表もまた、その一部として取られてしまった。

 しかも、サリエルは慈善事業団体のトップ。

 研究家でも何でもない人物が発表したことに、信憑性を持つ人間はほぼいなかった。

 それどころか、頭のおかしい人間が妄言を吐いていると、そのような扱いだった。


 そうなった理由の一端は、龍信仰もまた同様の発表をしていたからである。

 龍信仰はその名の通り、龍を信仰する集団のことである。

 しかし、テトマイアの悲劇を筆頭に、龍とは人々にとって恐れ忌む存在というのが共通認識だ。

 そんな龍を信奉する人々のことを、一般の人々は頭のおかしな集団と認識していた。

 そんな集団と同じことを発表したサリエーラ会を、人々は不審な目で見ていたのだ。

 それが真実であるにもかかわらず。


 それでも、サリエルは根気強くMAエネルギーの危険を説いた。

 それを使えばどうなるのか、サリエルは知っていた。

 絶対に止めねばならないと、あの手この手で人々を説得しようと試みた。

 しかし、結果は伴わなかった。


 そして、一部のMAエネルギー強硬推進派が、MAエネルギーに否定的な意見を出すサリエルに危害を加えだした。

 自宅に送られる脅迫文。

 それでも活動をやめないサリエルに対し、刺客まで送られた。

 それで死ぬようなサリエルではないが、サリエーラ会の関係のない人々が暴徒に襲われる事件まで起き、サリエルは活動を自粛せざるをえなくなってしまった。

 サリエルは世界の命運よりも、近しい人々の安全を取った。

 それを責めることは、できない。


 そしてサリエルは身を隠すついでに、子供たちの世話をする。

 刻一刻と近づく破滅の足音が聞こえながらも、そこには穏やかな時間があった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ……どのような事であれ『現住生物』が選択したなら、その意思を尊重し、見守り続ける、て事かな…人間から否定されたのならほっといて、他の現住生物を守っていても良かったんだy……その結果の選択が、…
[一言] バスタードでエルフになって様々な種族を産みだし 神に挑戦したのを思い出した
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