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過去編⑭

 フォドゥーイが目を覚ますと、知らない天井が出迎えた。

 天井にある明かりの落とされた照明器具が、普段見慣れたものではなかった。

 気怠さと喉の渇きを感じるものの、時間が経つにつれて意識は徐々に覚めてくる。

 それとともに、記憶もまた鮮明になってくる。

 気分を悪くし、苦しみだす隊長。

 その隊長が、突如襲い掛かってきた。

 激しい痛みに襲われたところで、フォドゥーイの記憶は途切れていた。


 いったい何が起きたのか、フォドゥーイには理解できなかった。

 隊長はフォドゥーイも信頼している男。

 その男が、あのような杜撰な手口でフォドゥーイを裏切るなど、にわかには信じがたかった。


 未だ混乱する頭をどうにか落ち着けようとしたフォドゥーイは、しかし自身の置かれた状況を理解して再び動揺することになる。

 彼の体はベッドに横たえられていた。

 それはいい。

 しかし、そのフォドゥーイの体を、太いベルトが固定していた。

 しかも何重にも。


「何だこれは?」


 思わずフォドゥーイが声を出してしまったのも致し方ないだろう。

 フォドゥーイは自他ともに認める財界の重鎮。

 いわば重要人物であり、このように拘束されるようなことなど到底ありえない立場の人間だ。

 そのような人物が拘束される事態とはいったい何か?

 フォドゥーイの脳裏に、誘拐という文字が浮かび上がる。


 しかし、その浮かび上がった単語をフォドゥーイは振り払った。

 隊長がフォドゥーイを裏切り、誘拐をしたのだとしても状況があまりにもおかしい。

 フォドゥーイは唯一自由に動く首を回し、周囲の確認をした。

 そして目に映るのは、ベッドのわきに備え付けられた医療機器。

 そこから伸びた点滴のチューブがフォドゥーイの腕に繋がっていた。

 そうして見てみると、ここが病院か何かであることが察せられた。

 誘拐されたにしてはおかしすぎる。


 しかし、それがわかったところで、拘束されている事実は消えない。

 とにかく人に話を聞かなければならない。

 そう判断し、フォドゥーイは扉に向かって叫んだ。


「誰か! 誰かおらんか!?」


 叫ぶと喉の渇きをより意識した。

 年齢を重ねたことによって、フォドゥーイは普段喉の渇きを覚えることがとんとなくなっていた。

 久しく感じていなかった強烈な喉の渇きに、ついつい咳き込んでしまう。

 叫び声が聞こえたのか、慌てたようなバタバタとした足音が近づいてきて、扉が勢いよく開かれた。

 廊下から差し込む光が眩しく、フォドゥーイは目を細めた。

 同時に、部屋の中が真っ暗だったのに、やけにはっきりと目が見えていたことを今さらながらに自覚する。

 喉の渇きといい、目が暗闇に慣れすぎていることといい、どうやら自分はよほど長い間気を失っていたようだと、フォドゥーイは判断する。


「目を、覚ました?」


 そして、廊下に佇む人物に目を向け、予想した人物とは別の姿に困惑した。

 フォドゥーイは医者か看護師が駆け込んでくるものだと思っていたのだが、姿を見せたのは警官だった。


「警官?」


 疑問がそのまま口を突いて出る。

 その声を聞いて、警官が驚く。

 そのオーバーなリアクションに、フォドゥーイは苛立ちを覚えた。

 目が覚めたら拘束されているという、不当な扱いにも物を申したい気持ちもあり、語気が強くなる。


「これはどういうことなのだ? 私が誰かわかっての扱いなのだろうな?」


 フォドゥーイの言葉に、警官はあからさまにビクついた。

 誰を相手にしているのかは理解しているようだと思い、フォドゥーイは当然の要求をした。


「早くこれを解け」


 拘束を解除するその要請に、しかし警官は応じなかった。


「ひ、人を呼んできます!」


 そう叫び、フォドゥーイの答えを聞く前に走り去ってしまった。





「これは何本に見えますか?」


 警官が走り去ってしまってからどれだけの時間が経ったのか。

 時計のない部屋に残されたフォドゥーイには正確な時間がわからなかったが、それでも体を拘束されたまま、何もできずにただ待つという苦痛な時間を長々とやらされたことは間違いがない。

 それだけの時間が経過していた。

 そして、次に人が現れた時、その警官はおらず、代わりに七人もの人が詰めかけてきた。

 そのうちに一人、医師とみられる人物に、フォドゥーイは診察を受けていた。

 拘束されながら。


「三本だ」


 ややうんざりしつつ、医師が示した指の本数を答える。

 最初、フォドゥーイは拘束を解け、事情を説明しろと喚いたが、それに対する返答は、「安全が確認されれば解く」という、よくわからないものだった。

 まるで自分が危険人物のようではないかと、フォドゥーイは憤った。

 しかし、フォドゥーイを囲う人物たちは、医師もふくめてみな真剣な面持ちであり、ものものしい雰囲気を醸し出していた。

 今は従ったほうが賢明だと思ったフォドゥーイは、文句を言いたい気持ちをぐっと抑え、医師の診断を素直に受けている。


「失礼。では、口を開けていただいてもよろしいですか?」

「ああ」


 フォドゥーイは言われたように口を開ける。

 医師が口の中を覗き込んでくるのだが、フォドゥーイは違和感を覚えた。

 普通、医師が口の中を見る時は、喉の状態を見るものなのではないだろうか?

 しかし、その時医師が見ていたのは喉よりももっと手前、まるで歯を見ているかのようだった。

 しかも、覗き込んでいるのは医師だけではない。

 他の六人もまた同様にフォドゥーイの口を凝視している。


「もういいだろう?」


 居心地の悪くなったフォドゥーイは口を閉じた。


「ああ、はい」


 医師が歯切れ悪く答える。


「で? 何かわかったのかね?」


 フォドゥーイは不機嫌なのを隠しもせずに問いかけた。

 診断は簡単なものだった。

 健康状態を確認するというよりかは、意識がはっきりしているかどうかを見るためのもの。

 寝起きとは言え、はっきりと覚醒しているフォドゥーイからしてみれば、馬鹿にしているのではと感じられるような内容だったのだ。


「フォドゥーイ氏は、正常な判断力をお持ちです」

「当たり前であろうが」


 フォドゥーイが吐き捨てるように言ってしまったのは仕方ないこと。


「当たり前ではないのですよ」


 しかし、そのフォドゥーイの発言を否定する声。

 医師と共に現れた人物の中で、最も地位が高そうな男だった。


「あなたが意識を、というよりも、正常な意思を取り戻した唯一の例です。吸血鬼に感染した中で、あなただけが正気なのです」


 その男が、厳かに言い放つ。


「はあ?」


 フォドゥーイがらしくもなく間抜けな声を出してしまったのは仕方のないことだった。

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