298 エルフの里攻防戦⑩
砕けたドリルを再生させようとするロボの頭部を掴み、そのまま噛り付く。
金属の苦い味が口内に広がる。
それも一瞬のことで、口の中で噛み千切ったものが分解され、純粋なエネルギーに変換される。
私の暴食のスキルの効果は口の中限定でしっかりと働いている。
一度口に入れる必要があるけど、口の中にさえ入れてしまえばどんなものでもエネルギーに分解し、吸収することができる。
それは対神として作られたロボでも変わりない。
一口で奪えるエネルギーは微々たるものだけど、延々殴り続けるよりかは効率がいいはず。
このロボのおおよその設計理念は既にわかっている。
とにかくエネルギーをふんだんに注ぎ込んだ、持久戦タイプ。
エネルギーの量に物を言わせて、やられてもやられても瞬時に再生するタフさを備えさせる。
余計な機能を廃し、それのみに特化した性能。
これに加えて魔術妨害結界と、毒ガスによって相手を消耗させる。
なるほどなるほど。
迂遠ではあるけど、使える手札で神を倒そうと思ったらなかなかどうして、理にかなっている。
現に私は謙譲を発動してなお、苦戦を強いられている。
はたしてホントにギュリエに通用するのかどうかはわかんないけど、ポティマスが考えて考え抜いてこの布陣を完成させたってことだけはわかる。
それだけに、相手が私だからこそ、敗北することになる。
ロボの胴体に貫手を差し込む。
そして、ロボの体内で魔法を発動。
魔術妨害結界も万能ではない。
結界内の生物の体内、特に、魔術の発動を妨害してはいけない味方の体内には、その効力が届かない。
そりゃ、ロボが再生するのだって魔術なんだから、それを妨害しちゃったらただの金属の塊になっちゃうし。
白ちゃんみたいにロボが魔術妨害を中和してる仕組みを解析するなんてことはできないけど、そんなまどろっこしいことしなくても、魔法を発動することはできる。
ロボの体内でなら。
発動したのは、外道魔法レベル10の魔法。
その名は破魂。
外道魔法は相手の魂に直接影響を与える魔法。
そして、破魂は相手の魂を破壊する魔法。
それを、ロボに叩き込む。
ロボがそれを嫌がるかのように暴れだし、私の横っ面をぶん殴ってきた。
頬骨が砕けるイヤな音とともに、吹っ飛ばされてロボから引き離される。
すぐに体勢を立て直し、ロボからの追撃を警戒する。
けど、追撃はこず、逆にロボは警戒するように油断なく構えていた。
効果あり、か。
まあ、わかってたことだけどさ。
エネルギーとは魂に宿る。
魂という器がなければ、エネルギーはすぐに漏れていってしまう。
その魂の器が極端に大きいのが神。
神を殺すには、魂という器を壊すか、その中に入ったエネルギーを全て消費させるかしなければならない。
ポティマスが選んだのはエネルギーを消費させる方法。
選んだ、というか、それしか方法がなかったということだけど。
私がやったように、破魂で魂を壊すこともできる。
けど、それはシステムの力を借りていればこそ。
破魂はシステムの補助がなければ使えない。
白ちゃんですら、未だに破魂は再現できていないのだから。
ポティマスも破魂をシステムの補助なしに再現できていない。
だから、ポティマスは別の方法をとるしかなかった。
ポティマスも破魂が使えないわけじゃないはず。
それこそエルフたちに外道魔法を覚えさせればいいだけなんだから。
けど、それをポティマスが選択することはない。
だって、ポティマスはエルフのことすら信用していないから。
ポティマスにとってエルフは便利な道具。
道具は安全に使えなければいけない。
だから、少しでも害になりそうなことは覚えさせない。
外道魔法はポティマスにとっても諸刃の剣だから。
私の外道魔法がロボに聞いたのがそのいい証拠。
ポティマスの切り札であるこのロボに対して、外道魔法は有効だし、ポティマス自身にもきっと有効。
ギュリエを相手にして想定する場合、一人二人が外道魔法を覚えても焼け石に水。
それこそ何百人という人数に覚えさせなければ有効打にはきっとならない。
そんな人数に外道魔法を覚えさせて、もし自分に反旗を翻されたら。
そういう不安があるのなら、その手段をとることはできない。
王者は孤独、なんてよく言うけど、ポティマスのそれはちょっと違うよね。
望んで一人でいる。
閉じた狭い箱庭で満足している。
その箱庭の中でなら一番になれるから。
その箱庭の中でなら何をしても許されるから。
ホント、小さい男だ。
そんでもって、下種だ。
「ポティマス。このロボ作るのに、何人の魂を使ったの?」
ぶつぶつとスピーカー越し呻いていたポティマスに、まともな返答なんか期待していない。
けど、声に出して聞かずにはいられなかった。
エネルギーは魂に宿る。
エネルギーを持つということは、このロボにも魂があるということ。
そして、魂には貯められるエネルギーの限界値がある。
私やポティマスが超えられなかった、限界値が。
このロボにはそれこそギュリエを相手に想定するだけのエネルギーが与えられている。
そんなエネルギー、一人分の魂で保有できるはずがない。
それができるのなら、ポティマスもとっくに神になっている。
だから、このロボには数人分、イヤ、数十人分の魂がつぎ込まれている。
こんな金属の体に作り替えられた、人々の魂が。
同情はする。
けど、容赦はしない。
破魂でその魂を砕くということは、輪廻の輪に戻ることなく無に還るということ。
文字通りの、外道な魔法。
それでも、それを行使することに躊躇いは持たない。
私にだってそこまで余裕があるわけじゃないんだから。
暴食と破魂、そして時間制限付きの謙譲。
これで押し切る。
「ごめんね」
哀れな兵器となり果てた魂たちに一言だけ謝り、私は一歩踏みこんだ。




