297 エルフの里攻防戦⑨
「アリエル! あれは、あれはなんだ!?」
切羽詰まったポティマスの声が響く。
同時に、それまで苛烈に攻めてきていたロボの動きが止まる。
「あれって言われても、どれのことかな? 具体的な表現がないと私には理解できないなー」
バカにするようにわざとらしく肩をすくめて、やれやれと頭を振る。
普段であればそんな私の態度も軽く受け流しただろうけど、どうやらよっぽど切羽詰まっていたのか、スピーカー越しでもギリッという歯噛みする音が聞こえてきた。
「あの白とかいうやつのことだ! あれはなんだ!?」
ですよねー。
うん、知ってた。
あれじゃわかんないとか言いつつ、知ってましたとも。
あのポティマスがこんだけ慌てふためく事態を引き起こすなんて、白ちゃん以外考えられないし。
しかし、ポティマスの慌てぶりが半端ない。
ここまで感情をあらわにして叫ぶポティマスの声を聞くのは、もしかしたら私も初めてじゃないか?
ポティマスは普段他人のことを見下して、感情らしい感情を見せない。
下に見てる相手に何をされようが、堪えることはないから。
見下しているからこそ、そんな相手に感情を動かされるのを恥だとか思ってそう。
だから、たとえ感情を動かされても、それを表に出すことはない。
だというのに、今のこの狼狽えよう。
ポティマスにとって想定をはるかに超えた事態が発生したってことだな。
うん、白ちゃんならやりかねん。
「なになに? 白ちゃんがなんかやらかした?」
答えてくれるとは思えないけど、気になったので聞いてみた。
「質問しているのはこちらだ! 早くあれが何なのか答えろ!」
もはや悲鳴のように叫ぶ。
うーん。
なんだかなー。
そういう声はできれば私の手で出させたかったんだけどなー。
白ちゃんに先を越されちゃったかー。
「なにが起きたのかは知んないけど、どうやら白ちゃんにしてやられたって感じ? そりゃご愁傷さま。ざまあみろ」
せせら笑ってやれば、それまで動きを止めていたロボが急に襲い掛かってきた。
怒りに任せた大ぶりの攻撃を、バックステップで躱す。
「怒った? 怒っちゃった? 短気だなー。カルシウムが足りてないんじゃないかね? これだから引きこもりのもやしっ子はいけない」
挑発すればロボがバカ正直に向かってくる。
「クソ! クソ! クソ! どこで計算が狂った? あんなもの、理屈に合わないだろうが!」
独り言の罵倒が虚しく響き渡る。
脆い。
わかってはいたことだけど、この男は弱い。
ポティマスが強かったのは、これまで自分よりも弱い存在しか相手にしてこなかったから。
ポティマスが強いんじゃなくて、相手がそれよりも弱かっただけ。
だから強者でいられた。
だから余裕を見せつけることができた。
だけど、私は知っている。
この男は、本当は誰よりも弱いのだと。
誰よりも弱かったがゆえに、誰よりも力を求めた。
そのなれの果てが今のポティマス。
強いと、強くなったと勘違いした、変わらず弱い男。
白ちゃんという自分よりも強い存在を相手にして、メッキが剥がれて元の弱さが見えた。
「弱いなあ」
「なんだと?」
ポツリと呟いた声を耳ざとく聞きつけたポティマスが、低い声で聞き返してきた。
「ポティマス、あんた弱いね」
別に聞かせるつもりのなかった呟きだけど、こうして聞き返されたのならはっきりと言っておこう。
「システムの仮初の力で満足している貴様に言われたくはないな」
そういう意味での強い弱いじゃないんだけどなあ。
言ってもこの男にはわかんないだろうけど。
「そうだ、システムだ。何が神へと至るだ。神になどなれなかったではないか! だが、あれは? だとしたらなぜ? ああクソ! 畜生!」
もはや何を言っているのかもわからない、支離滅裂な罵倒を繰り返すポティマス。
そんな主人の影響を受けたのか、ロボの動きも滅茶苦茶だ。
ドリルが私の顔面に迫る。
それを、歯で受け止める。
ギャリギャリとイヤな音が響くけど、気にせず顎に力を込めてドリルを食いちぎった。
「待て。待て待て待て! そうだ、なぜだ? なぜ貴様はまだ生きている?」
お?
ようやく気づいた?
「なぜ傷が治っている? 魔術妨害結界の中で、なぜグローリアΩと対等に戦えている? どういうことだ!?」
気づくの遅いって。
私はロボにドリルで体をボロボロにされた。
腹を抉られ、胸を貫かれ、腕を吹き飛ばされ、足を千切られ。
けど、そんな傷はもう治っている。
「まさか、まさか貴様もか!? 貴様も神になったとでもいうのか!?」
ポティマスが絶叫する。
今までさんざん見下してきた私が、自身が求めている神への階段を先に上った。
それはポティマスにとって最大の屈辱だろうね。
「違うよ」
けど、残念ながら違う。
私は神にはなっていない。
神にはなれない。
そんなに簡単に神になれるのなら、ポティマスだってとっくの昔に神になれているはず。
「私は神になったわけじゃない。けど、一時的にせよ、神とやりあうくらいの力を出すことはできる。あんたもその方法は知ってるでしょ?」
ロボが後ろに下がる。
その様はポティマスがたじろいだように見えた。
「まさか」
「そのまさかだよ」
「正気か?」
酷い言われようだ。
まあ、ポティマスからしたら正気の沙汰じゃないんだろうけどね。
だからあんたは弱いんだっていうんだ。
私も大概弱いけど、目的のために命を賭けるくらいの勇気は持ってるつもり。
「謙譲」
私が新たに獲得した、七美徳スキル。
その効果によって、私は一時的に神に匹敵する能力を得ている。
白ちゃんの魂の欠片、元体担当と私の魂が融合した時、私の魂はその分容積が増えた。
既に中身がパンパンに詰まって、破裂寸前のひび割れた容器のようになっていた私の魂。
そのひび割れを補修するかのように、白ちゃんの魂が染み込んだ。
そのおかげで、私はもうそれ以上取れなくなっていた新たなスキルをとることができた。
念話とか、それまで一人だったから取る必要がなかったスキルをとり、最後に取れたのが、この謙譲のスキル。
白ちゃん以外には秘密にしていたこのスキルが、私の切り札。
その切り札を切るのに躊躇いはない。
たとえ、それでこの魂、燃え尽きようとも。
『謙譲:神へと至らんとするn%の力。自身の魂を消費し、神にも匹敵する力を一時的に得ることができる。また、Wのシステムを凌駕し、MA領域への干渉権を得る』




