295 エルフの里攻防戦⑤
魔王視点
「無様だな」
どこかに設置されているのだろうスピーカーから聞こえてくる、不愉快極まりない声。
「所詮貴様はその程度だ。私が警戒するのはギュリエディストディエスだけだ。正真正銘の神を想定して準備してきた私に、よもや本気で勝てると思っていたのか? だから貴様はいつまでたっても小娘だというのだ」
いつになく饒舌なのは気のせいか。
それだけ嬉しいのかもしれない。
「とは言え、長年の付き合いだ。手向けで手を抜くのは失礼というものだ。全力で屠る価値が貴様にはあると思っている。対ギュリエディストディエス用に作り上げたこのグローリアタイプΩを使おうと思うくらいには、貴様のことを評価していた」
嬉しくない評価を淡々と語るスピーカーの声。
私の目の前には、まるで見下すかのように佇む機械兵器。
「感慨深いものだ。長年の付き合いが、今日この時に終わる。外もじきに片が付く。さようならだ、我が最大の失敗作」
そして、機械兵器がその刃を私に向けて振り下ろした。
☆
時刻は少しさかのぼる。
私は白ちゃんたちと別れ、一人で延々と続く下り坂を下っていた。
地下へと続く下り坂の通路。
この先にはポティマスが待ち受けている。
そして、その下り坂を降りきったところは、広い倉庫のような場所だった。
おそらく、地上で白ちゃんが掃討したロボを保管しておくための空間だと思う。
ただ保管しておくだけでなく、整備なども行われていたようで、そこかしこにそれらしき機械があった。
「よく来た」
突如、どこからともなく声が響いた。
閉鎖された空間で反響して、どこから聞こえてくるのかは判然としない。
けど、そんな反響した声でも、その主を間違えることはない。
「ポティマス」
「いかにも」
つまらなさそうに答えるポティマス。
同時に、背後で轟音。
振り向けば、私が下りてきた通路が重厚な金属の扉によってふさがれていた。
「愚かだな。罠であるとは疑わなかったのか?」
ポティマスの侮蔑の言葉が聞こえてくるのと同時に、私の体から力が抜ける。
それまで全身にみなぎっていた力が、霧散するかのように消えていく。
消されていると言ったほうがいいか。
魔術妨害結界。
おそらくこの倉庫の中すべてに張り巡らされたそれのせいで、私のステータスが消え去る。
ステータスが消え、スキルも使えない状況だと、私は見た目通りの力しか発揮できない。
「まさかこれほどあっさりと罠に自ら飛び込んで来るとは思わなかった。敵地でこれ見よがしに道を見せられば普通は疑うものだと思うのだが。所詮は小娘。いや、所詮は虫けらか」
倉庫の奥から地上でも見たロボが数体出てくる。
結界のせいで力が出ない私を囲み、その銃口を向けた。
「呆気ないものだ。長年の付き合いだ。せめて苦しまないよう逝くがいい」
そして銃口が一気に火を噴く。
私は四方八方から押し寄せる銃弾の雨に撃たれ蜂の巣に、なるわけないって!
ジャンプして一気に飛び上がり、空中で反転して天井に足をつける。
天井を蹴り飛ばし、重力を乗せた飛び蹴りをロボの一体に叩きつけた。
私の蹴りにロボはその装甲をひしゃげさせ、無残に潰れる。
「ほう」
ポティマスが感心したような声を出す。
その声音にはまだまだ余裕が窺える。
「わかってないなあ」
だから、その余裕を崩すべく、宣言する。
「私はあんたを絶望させるために来たんだ。それには何が一番手っ取り早いと思う? あんたが仕掛けた罠をことごとく突破して、堂々とあんたの目の前に立ってやることだよ」
「ふっ。ずいぶんと大きく出たものだ」
「今は残り少ない生を噛みしめて、余裕面してればいいさ。あんたが繰り出すご自慢の機械も罠もすべて噛み砕いて、あんたの本体の目の前に立ってやるからさあ。その時になって顔面蒼白にして命乞いするといいさ」
私の啖呵を聞いたポティマスが、スピーカー越しに「くくく」と低い笑い声を漏らす。
「できるものならばやってみよ、小娘」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲にいたロボたちが一斉に銃を構える。
地を蹴ってその場を離れた瞬間、ついさっきまで私がいた場所に銃弾が撃ち込まれた。
ああは言ったけど、状況はよろしくない。
結界のない場所でならともかく、ステータスがろくに働いてくれないこの場所での戦闘は不利。
強がって見せたところで、私の勝ち目は万が一にもあり得ない。
魔術妨害結界。
それはシステムの力すら一時的に届かなくさせる、この世界に生きる生物にとって最も厄介な結界。
システムの恩恵によって保たれているステータスがなくなれば、この世界に生きる生物のほとんどは見た目通りか、それよりも低い力しか発揮できない。
私の場合ポティマスが言うように、小娘くらいの力しか出ない。
私の体は人間でいうところの十代前半で成長を止めちゃってるからねー。
なんでもうちょっと成長しなかったのかと文句の一つも言いたい。
そんな私の体は華奢だし、筋肉がついていない。
この世界で言うところのステータスは魔術による補助と、本来肉体に備わっている物理的な能力値によって算出されている。
私の場合ステータスのほとんどは魔術的な補助によるもので、筋力は全体の数値からすると微々たるもの。
つまり何が言いたいのかというと、魔術的な補助が結界によってなくなった今、大ピンチだということだよ!
なーんてことを私が考えてるとでもポティマスは思ってるかな?
こうなるとわかりきっていたんだし、対策くらいしてるっつーの。
魔術妨害結界にも穴があって、体内の魔術までは阻害できない。
つまり、体内で意図的に魔術を発動させることができれば、それは打ち消されないということ。
私は白ちゃんと一緒に、魔術妨害結界の中でもシステム内と同じような戦闘力が発揮できるように、体内強化の魔術を練習してきた。
スキルとは別の、魔術という技術を。
それによって、普段はシステムに丸投げしているステータスによる強化を、手動で発揮することができるようになった。
阻害はされていても、ステータスを形作っていたエネルギーは変わらず私の中にある。
ならば、それをシステムに依存せずに使いこなせばいい。
結果、体外で発動させる魔法関連は結界内で使えないものの、単純な身体能力はシステム内とほぼ同じだけ発揮することができるようになった。
物理攻撃力約9万、物理防御力約9万、速度約9万という、私の戦闘能力を。
下位龍種程度の戦闘力のロボじゃ、相手にもならない。
群がってくるロボを一掃。
スクラップに変えてやった。
そしたら、奥からまた新たなロボが出てきた。
追加で現れたロボはどうやらそれまでのものとは違って特別なものなのか、ひときわ目立つ外見をしている。
やたら鋭角的なフォルムの、四肢が細い人型のロボ。
全長は3メートル程度とそこまで大きくはない。
「それはうちの切り札だ。それを倒せるのであれば、私も惜しみない称賛の言葉を贈ろう」
「あ、そ」
私は拳を握りこむ。
何が来ようとも粉砕するのみ!
「尤も、まともに相手ができるとも思えないが」
ポティマスの戯言を聞き流そうとして、私は一歩を踏み出した。
踏み出したはずだった。
頭に鈍い衝撃が伝わり、ついでじんわりと痛みが広がっていく。
「あれ?」
何が起きたのか、わからなかった。
ただ、自分が倒れていることだけは理解できた。
だけど、何で倒れているのか、それがわからない。
慌てて起き上がろうとするも、体に全く力が入らずに指一本動かすことができない。
「無様だな」
そして、そんな私を嘲笑うかのように、スピーカーからポティマスの声が響いた。




