283 もがれた
解せぬ。
なぜに私はもごうとしたのに逆にもがれているのか?
不思議だ。
この世の神秘を垣間見た気分だ。
だから怒りを鎮めてくださいマジお願いします魔王さま。
あれだ。
魔王の前で胸の話は禁句だ。
あとたぶん身長の話も。
小さいからね。
これを口に出すのは命がけとなるだろう。
私の口からは恐ろしくて言えないぜ。
まあ、もがれようがなんだろうが、すぐ回復するけどさあ、あの時の魔王の目は空恐ろしかった。
なんかホラーマンガとかに出てきそうな感じの目つきしてたもん。
やばいやばい。
あの目はすでに人を殺っちゃってる目だよ。
あ、魔王確か称号に人類の殺戮者とかあったわ。
普通に殺してる方だったわ。
くそう。
魔王におっぱい星人への復讐は控えるように言われちゃったし、この行き所のない怒りをどこに向ければいいんだ?
「ひぃ!?」
生贄発見。
本日の生贄は、ご存知吸血っ子さんです。
今の心境を聞きしてみましょう。
「猿は、もう猿はいやなの!」
人の顔を見るなり猿がどうのと叫びながら逃亡を試みる吸血っ子。
失礼な奴め。
私から逃げられると思うなよ?
逃げようとする吸血っ子を即座にキャッチ。
首根っこを掴んで逃亡を阻止する。
それでも足を動かそうとして、吸血っ子は盛大にコケてひっくり返った。
うーん。
仰向けになってジタバタと暴れる吸血っ子の体を見下ろす。
こいつもでかいな。
どこがとは言わないけど、私よりも確実にでかい。
もぐか?
「ひいぃぃ!? 何!? 何なの!?」
不穏な気配を察したのか、吸血っ子が泣きながら暴れる。
イヤ、いい歳して泣くなよ。
なんかこの子、幼児退行してないか?
大丈夫かこれ?
「何をなさっているんです?」
吸血っ子の泣き叫ぶ声が聞こえたのか、フェルミナちゃんが歩いてきた。
そんでもって、無様な姿をさらす吸血っ子を見た瞬間、鼻で嗤った。
お、おう。
なんかめっちゃ侮蔑のこもった視線が吸血っ子に注がれてるわ。
「なんでもないわ」
なけなしのプライドが働いたのか、さっきまでの無様な取り乱しっぷりが嘘のようにスチャッと立ち上がる。
んだけど、いまだに私が首根っこ掴んだままだったもんだから、イナバウアーちっくな間抜けな姿勢に。
それを見たフェルミナちゃんがまた嘲笑い、吸血っ子の顔がみるみる赤くなる。
君ら仲がいいな。
「えーと。これはどういう状況?」
そこに、またまた新たなお客さんが。
鬼くんとメラ。
珍しい組み合わせだなーと思ったけど、そういえばこの二人は軍団再編でいろいろと協議しなきゃいけないことがあるから顔を合わせていても不思議じゃないか。
他の軍団と違って鬼くんのところとメラのところは大規模な入れ替えとかはないけど、それでも細かい調整は入るからねー。
従者であるメラに醜態を見られた吸血っ子は、顔を真っ赤にしながらジタバタと暴れる。
けど、私は掴んだ首根っこを放さない。
しばし吸血っ子の醜態を見て楽しむ。
あー、この何とも言えないアホっぽさに癒されるわー。
「白様。お嬢様が苦しがっています」
見かねたメラが口を開く。
見てみると、赤かった顔がだんだん青ざめてきている。
吸血っ子が結構本気で暴れるもんだから、私もそこそこの力で首を掴んでたのがいけなかったっぽい。
後ろから掴んでるのに、息だとか血の巡りだとかをストップさせてたらしい。
これ以上掴んでると死にゃしないだろうけど、なんか面倒なことになりそうだったので、仕方なく放す。
海老ぞり姿勢の状態で急に自由になったもんだから、当然のごとく吸血っ子の体は重力にひかれて地面とご対面。
頭からいったので、ゴンッというなかなかいい音がした。
大の字に寝そべった状態で涙目になる吸血っ子。
ヤバ、超楽しい。
吸血っ子をいじめる私の姿を見た三人は、三者三様の反応を見せている。
フェルミナちゃんはいい気味だという表情をしつつも、若干頬が引きつっている。
いつか自分もこんな仕打ちのターゲットにされるんじゃないかと内心戦々恐々としてるっぽい。
大丈夫大丈夫。
しないしない、きっとたぶんおそらくしないだろうと思われなくもない。
鬼くんは、なんか呆れてものも言えないって表情をしている。
けど、その眼差しには私を責めるような意思が見て取れる。
うん、鬼くん人が嫌がることはするなと言いたいんだよね?
大丈夫大丈夫。
調教し続ければいじめられるのもいつか快感になると鬼畜系エロゲ風味な台詞を吐いてみる。
実際吸血っ子ってSかMかで言ったらMだと思うんだ。
メラは、無表情だけど子供の戯れを見守る保母さんのような、慈愛に満ちたお顔をなさっておられる。
保護者か。
保護者だな、うん。
メラさんメラさん?
この子だいぶ残念な感じに成長してるけど、その温かく見守るスタンスでよろしいの?
イヤ、醜態さらさせたのは私だけどさあ。
吸血っ子はノロノロと立ち上がり、衣服についた埃を払う。
コホンと一つわざとらしく咳払いしてから、すました顔で向き直った。
「ご主人様、用があるのでしたら普通に声をかけてください」
声をかけるどころか、人の顔見た瞬間逃げ出そうとした奴が何かほざいている。
さっきの醜態をなかったことにしたらしい。
まあ、その半分以上はここにいる全ての人に目撃されているわけだけど。
しかし、用、用ね。
実はこのコントをしてる間にできちゃったんだよなー、用。
ポンと吸血っ子の肩に手を置く。
んでもって、転移。
やってきたのは、夏目くんのところ。
「……ご主人様、用があるのなら声をかけてから実行してください」
吸血っ子がなんか言ってるけど無視。
その声に気づいた、この部屋に元からいた二人がこちらに振り向く。
一人はこの部屋の主である夏目くん。
もう一人は妹ちゃん。
けど、この部屋にはもう一人の人物が椅子に座らされている。
その人物は、虚ろな目をして虚空を眺めてる。
その人物は、次期聖女候補の長谷部さん。
うん。
神言教の手駒たる子に手を出しちゃったわけなんだ。
脳裏に教皇の顔が思い浮かぶ。
やっちまったかもなー。




