282 もごう
結局、吸血っ子が猿を殲滅するまで、おっぱい星人が私にちょっかいをかけてくることはなかった。
さすがにこのタイミングで魔王の側近に手を出すのは得策じゃないと察したらしい。
そこから一歩進んで、諜報特化部隊なんて噂がある第十軍の軍団長が、一人で訪れているってことの意味をわかってくれればいいんだけど、どうだかなー。
あなたのしてることは筒抜けですよーと、暗に言ってるんだけど。
まあ、そこら辺を理解してんのかどうかまではわかんないけど、猿殲滅の援軍を出しましょうか? なんて聞いてくるくらいだから、今のところは大人しくしてるつもりなんでしょう。
ちなみに、援軍は断った。
だって下手に援軍なんか出したら被害でそうだし。
吸血っ子に入る経験値少なくなるし。
猿の殲滅を吸血っ子が終わらせたら、それをおっぱい星人に伝えて砦の後片付けを頼む。
砦、猿の死体だらけになってるしね。
お掃除は大変だ。
私だったら異空間に全部まとめて放り込むこともできるんだけど、得られる食料と手間と第二軍に仕事を押し付けるということを天秤にかけた結果、食料を断念して第二軍の皆さんに頑張ってもらうことにした。
これから第二軍の皆さんは、猿の死体を頑張って片付けて、砦をきれいにして占拠しなきゃならない。
仕事が増えるよ!
なお、ボーナスは出ない模様。
私は一足先に砦に転移して、返り血まみれになった吸血っ子を回収。
なんか目が死んだ魚みたいになってるけど、きっと大丈夫。
とりあえず、魔王城にある風呂場に放り込んでおいた。
こっちもきれいにしなきゃね。
「と、いうことがあったのだよ」
「うん。そういうことはちゃんと報告してほしかったなー」
吸血っ子によるお猿殲滅作戦決行から幾日か。
なんか魔王に呼び出しをくらい、お猿殲滅作戦の概要説明を要求された。
「ねえ白ちゃん。それっていったいいつの話だっけ?」
「ちょっと前」
「だいぶ前だよ! なんで黙ってそんなことしてんの! 出した覚えもない命令の結果報告をいきなりされる私の身にもなってよ! 訳もわかんないのにポーカーフェイスで大儀であったって言わなきゃいけない私の気持ちを!」
「大儀であったなんて言うの?」
「言わないけど」
どうやら魔王は登城したおっぱい星人に、猿殲滅戦とその後の砦の近況を報告されたらしい。
さすがに猿がいなくなった今、いつまでも手が離せないから報告には行けませーんって手は使えないと判断したみたい。
どうやら猿の死体をあらかた焼却処分し終えて、砦がかろうじて居住できるくらいにまで持ち直したそうな。
「で? 白ちゃんから見てあの女が凶行に及ぶ可能性は?」
「勝算がないって思わせればまず行動には移さない。そうでなくても、チラチラ圧力かければ、まだ機が熟してないとか言い訳して先延ばしにすると思う」
あのおっぱい星人は非常に臆病で小物。
勝算のない戦いはしないし、小心者だから監視の影をチラつかされるだけで委縮して身動きが取れなくなる。
ハッキリ言って、半分放っておいてもいいくらい。
現に視察と称してチョイチョイ覗きに行くだけで、昼も夜も眠れなくなってるようだからね。
心臓弱すぎやろ。
「イヤ、そりゃ勇者殺せるような実力者が昼夜問わず抜き打ちで転移して視察してくるんじゃ、寝れないでしょ」
だって、時間の指定とかしたら抜き打ちにならないじゃないか。
転移すれば移動を前もって気取られて証拠隠滅とかもできないし。
まあ、それ以前に分体通して全部筒抜けなんだけどさ。
おっぱい星人は今のところエルフが軽く接触してきたこと以外、特に変なことはしてない。
ていうかしてる暇ないっていうほうが正解だけど。
もっと言うなら私がしてる暇を潰したとも言えるけど。
「ハア。まあ、いいや。とりあえず次からはなんかやったらちゃんと報告して。ほうれんそう大事。いいね?」
魔王のちょっと強めの語尾に、仕方なく頷いておく。
畜生。
ニート社長のくせに。
いっちょ前に正論吐きやがって。
「じゃあ、次は楽しい話! 白ちゃん、例のあれ、今日届く予定でっせ」
グフフと笑う魔王。
例のあれ、とな!?
「ま、まさか!?」
「そのまさか。特上クリクタセット!」
「おおお!」
意味もなくパチパチと手を叩く。
特上クリクタセットは、私が魔王に強請っていた甘味。
クリクタは割とありふれた果物。
しかーし、特上クリクタは通常のクリクタと違い、厳選された種、肥料、環境を選んだ、クリクタの中の王様。
そのため生産量が少なく、魔王といえどもポンと用意することができない高級品。
「こうしちゃいられねえ! 行くぞ!」
「へい! ついて行きやす姉御!」
なんかよくわからんノリで飛び出していく魔王の後を、私も同じく変なノリで追いかける。
目指す場所は、物資の搬入口。
意気揚々とそこに向かえば、ちょうどバルトが搬入された物資の確認作業を行っているようだった。
「おんやー? バルトじゃん。どしたん?」
魔王が陽気にバルトに話しかける。
振り向くその一瞬、バルトの体に緊張が走ったことを見逃さない。
やましいことを隠してる、というわけじゃなく、純粋に魔王を恐れての緊張だと思われる。
「やあやあ。あくせく働いてるねー。ご苦労ご苦労」
「そう思うのでしたら少しは手伝ってください」
「だが断る」
疲れた表情のバルトをからかって笑う魔王。
これ以上無駄口を叩いてバルトの貴重な時間を奪うわけにもいかない。
そう思って、さっさと用件を切り出すように、魔王の袖を引く。
バルトの身を案じてのことであり、断じて早く特上クリクタにありつきたいわけじゃない。
じゃないったらじゃない。
「ああそうだね。バルト、荷物届いた?」
「荷物ですか? 物資の搬入なら先ほど済ませてきましたが」
「おお! 白ちゃんこうしちゃいられねえぜ! バルト、その中に私宛の荷物あったっしょ」
「え?」
「え?」
ん?
なんか、不穏な気配が。
「ちなみに、中身は何です?」
「特上クリクタセット」
「あ」
魔王に問われて、バルトがらしくもない間抜けな声を上げる。
どうやら心当たりはあるらしい。
「あん? あるんじゃん。で、今どこにあるの?」
魔王の詰問に、バルトがいつものポーカーフェイスを保てずに気まずげな顔になる。
なんか、めちゃくちゃ嫌な予感がしてきたのは私だけか?
「えーと、サーナトリアに渡しました」
「何で!?」
「すいません。サーナトリアは昔からクリクタの果実を好んで食べていたので、彼女のものかと勘違いしました」
「何……だと……?」
そこまで聞いた瞬間、私は走り出した。
魔王も置き去りにして、目的地に突進する。
奴がどこにいるのかは把握している。
というか、すぐ近くの部屋にいる。
目的地にほぼ一瞬で到着し、部屋の扉を蹴破る。
「え!? 何!?」
扉を蹴破ってまず目に入ったのは、空の皿。
鋭敏な嗅覚が、さらに残ったかすかな甘い香りを嗅ぎ取る。
次いで、なにかが入っていたと思しき空の箱。
「あ、ああ……」
なんという、なんという!
「ふう」
「白ちゃーん!?」
あまりのショックに、私は気を失った。




