第二回非公式会談②
僕の宣言に、神言教側の顔色が変わった。
唯一動揺を表さない教皇は流石と言うべきか。
草間はいっぱいいっぱいらしく、目を回している。
けど、本命は神言教の面々じゃなく、僕と同じ列に座る面々。
チラリとその面子の顔色を窺う。
ソフィアさんは、「何言ってんだこいつ馬鹿なの死ぬの?」、と露骨に顔に書いてある。
考えていることが顔に出やすいからわかりやすい。
問題は、残りの二人。
白さんは、やっぱりというべきか全く変化なし。
やりにくいことこの上ない。
対する魔王アリエルさんは、ニヤリと口の端を歪めている。
僕は今朝、初めてこの魔王と対面した。
それまでも白さんやソフィアさんから魔王の存在はチラチラと聞いていたけれど、直に会うのは今日が初めてだった。
白さんには魔王がいるという話だけ聞いていたけれど、ソフィアさんからはもう少し詳しい話も聞いていた。
曰く、幼少の時に命を狙われたところを救ってもらい、その後も世話を焼いてくれた親切で優しい人だと。
実物を見た僕の感想は、ソフィアさんのそれとは真逆と言ってよかった。
これは、どう考えても親切で優しい人ではない。
というか、人ですらない。
「やあやあ、初めまして。私はアリエル。魔王やってまーす。親しみを込めてアリエルちゃんって呼んでね!」
陽気に自己紹介をしたアリエルさんのことを、本人の希望通りにちゃんづけする勇気は僕にはなかった。
引き攣りそうになる顔をどうにか制御するのでいっぱいいっぱいだった。
鑑定なんかしなくても、ひと目で目の前の少女の姿をした何かが、僕の及びも付かない存在であるとわかってしまう。
そして、アリエルさんはソフィアさんの言うような親切で優しい人なんかでは断じてないとわかってしまう。
それは、漠然としたものだけれど、多くの命を奪ってきただろう死臭とでも言うべきものが濃密に漂っていたから。
実際に臭いがあるわけじゃない。
けれど、僕自身が多くの命を奪ってきたからか、同類はなんとなく嗅ぎ分けてしまう。
それも、僕とは比較にならないほどの、濃い死臭を。
ソフィアさん、黒と呼ばれる神、白さん。
僕が出会った僕以上の存在。
その中でも、アリエルさんは一番身の危険を感じさせる存在だった。
たぶん、純粋な戦闘力という意味では、黒と白さんの方に軍配が上がると思う。
けど、アリエルさんからは躊躇いが感じられない。
殺すことへの、躊躇いが。
白さんに感じるものとは違った、不安。
白さんに感じる不安は、何を考えているのか読めない不安。
だけど、アリエルさんに感じる不安は、その逆。
何を考えているのか、わかってしまうがための不安。
アリエルさんは、明確な目的を持って、殺意を隠すことをしていない。
その目的を阻む者がいれば、躊躇なく排除するだろうと確信させられる。
そうなると、僕が取れる道は二つ。
何もせずに関わらず静観するか、協力するか。
僕はアリエルさん、ひいては白さんに協力する道を選んだ。
迷いがなかったといえば嘘になる。
白さんはまだ何かを隠しているし、僕自身、これが正しい選択なのかわかっていない。
けれど、そろそろ腹を決めて何かしら行動すべき時だろう。
目の前の教皇は言った。
築いてきた屍が無駄にならないように精進する、と。
僕も、僕が殺してきた人たちの死が無駄にならない道を選びたい。
単なる僕のエゴだ。
それで僕が殺した人々が納得するはずもない。
それでも、しないよりかはマシだと思う。
その結果、さらなる虐殺に手を汚そうとも。
「そういうことだから、人族諸君は頑張ってね。下手したらラースくん一人で壊滅させちゃうかもねー」
アリエルさんが面白そうに顔を青ざめさせる神言教の面々を焚きつける。
僕がこんな宣言をするなんて聞いていないはずなのに、それをおくびにも出さずに話を進めていく。
やっぱり、見た目や軽い言動で惑わされてはいけないな。
「というわけで、話し合うことはこんなもんじゃない? 正直エルフ襲う以外は基本うちら敵同士なんだし。あ、今後の連絡なんだけどさあ、この子置いてくからなんかあったらこの子に言ってくれる?」
そう言ってアリエルさんは一体の魔物を召喚した。
その魔物は一見すると女の子に見えるけれど、よくよく見ればそれが精巧にできた人形であるとわかる。
「パペットタラテクトですか。しかし、以前見たものよりも随分精巧な外見ですな」
教皇が感心したような、呆れたかのような声を出しながら、しげしげとアリエルさんが召喚した魔物を観察する。
「いいでしょ? 私と白ちゃんの共同開発なんだぜ?」
「そうでしたか。こちらに否やはありません」
「うんうん。じゃあ、エルフ襲うその時までは預けておくよ。その間は好きに使ってくれていいから」
「よろしくお願いします」
腰を折って挨拶をするパペットタラテクトとやら。
まさか会話までできるとは思っていなかったようで、教皇の顔が一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた。
「白ちゃんの魔改造で喋れるようになった我が人形に敵なし。まあ、一通りなんでもできるから、小間使いにするなり戦闘に使うなり好きにして」
「これは思わぬ贈り物を頂いたものですな」
教皇はそう言ったけれど、これが善意からのプレゼントであるなんて誰もが思っていないことだろう。
アリエルさんは堂々と間者を潜り込ませているようなものなのだから。
何か神言教が怪しい動きをすれば、即座にそれはアリエルさんの知るところとなる。
見た限り、パペットタラテクトの戦闘能力は相当高い。
場合によっては、この魔物一体だけでこの神言教の中枢を制圧できるのではないかと思えるほど。
何かあった場合、それが牙をむくことになる。
そして、神言教はそれを断れない。
断れば、それ以上の脅威たるアリエルさんが何をするかわからないから。
「じゃあ、会議は終了! ダスティン、ちょっと面貸してよ。個人的なお話をしよーや」
笑顔で教皇を連れ出そうとするアリエルさん。
友達に飲みに行こうぜと提案するかのように、気安く。
けれど、ほんの一瞬だけ教皇の顔が引きつったのを見れば、それが有効的な申し出であるとは思えない。
ここで教皇を亡き者にしようとはしないだろうけれど、きっと教皇の胃には優しくないことがこのあと起こるのだろう。
「というわけで、白ちゃんたちはちょっと待っててね」
教皇の承諾を得る前に、席を立って会議室を後にするアリエルさん。
白さんはそれを黙って見送り、ソフィアさんも何をしていいのかわからずに動けないでいる。
それなら僕は、草間と少し話でもするか。
草間に声をかけ、会議室から出た。




