鬼17 弱肉強食
「大体からしてラースって何よ? 憤怒のスキル持ってるからって名前までそれって。どうせ偽名なんでしょ? 厨二病じゃあるまいし。あ、厨二病だった? だったらごめんなさいねー。黒歴史にさせないように優しい私はこれから京也くんって呼んであげるわ」
ニヤニヤしながら煽ってくるソフィアさんに、僕は言い返せずにいる。
本当に顔に感情が表れやすいな。
完全におちょくる気マンマンだとわかる。
わかりやすいくらい顔にいやらしい笑みが浮かんでいるし、ここぞとばかりに口撃してくるつもりらしい。
話題が話題だけに僕の不利は確定しているのだから、当然かもしれない。
厨二病。
まさかそんな風に言われるとは思わなかった。
いや、たしかに冷静に思い返してみると、この名前はいかにも厨二病患者が好みそうなものだ。
名前を変えた時は僕も精神的に余裕がなかったし、思いつく単純なものを選んだ。
それが厨二病っぽい選択だったというのは否定できない。
言い訳をさせてもらうのならば、まさか同じ世界にクラスメイトが転生しているとは思わなかったから、その言葉の意味を知っている人間はいないだろうと思っていた。
厨二病と面と向かって言われると、とたんに羞恥心に襲われる。
なんだか夢からいきなり現実に叩き込まれたかのような、そんな奇妙な感覚がする。
いや、でも、僕が中二病なら白さんも大概じゃないか?
「百歩譲って僕が厨二病だとして、白さんにも同じことが言える?」
ソフィアさんは白さんに逆らえない。
それはこの短い間でも感じられる上下関係。
だから、そこから逆転の目を探す。
我ながらなんて低レベルな言い争いをしているんだろうと、げんなりしてくる。
最初は真面目な言い争いだったはずなのに、どうして厨二病云々の話になってしまったんだろう?
「バッ!? あんた馬鹿じゃないの!? ご主人様はあれよ、あれあれ!」
うまいフォローが思い浮かばず、言語中枢に支障が出ているようだ。
というか、慌てようが半端じゃない。
そんなに白さんが怖いか?
「お、思ってないから! 体が白いの仕方ないけど、服装まで白で統一するのはないだろとか、盲目でもないくせにいつも目閉じててなんのプレイだとか、思ってないから!」
思いっきり自爆してるように聞こえるのは僕だけだろうか?
ソフィアさんって、薄々そうなんじゃないかと思っていたけど、アホの子なんじゃない?
あ。
「呼んだ?」
いつの間にか、そう、僕もソフィアさんも全く気づけないうちに、白さんがそこにいた。
ソフィアさんの真後ろに。
「そうかそうかー。そんな風に思われてたのかー。厨二病かー。ないわー」
?
いつもと様子が違う。
口調もそうだし、いつも白い顔色が若干赤い。
何よりも、無表情以外見たことがない白さんが、ヘラヘラと笑っている。
ピキッ、という擬音が聞こえてきそうなくらいな感じで固まるソフィアさん。
その肩に、白さんが頭を乗せながらもたれかかる。
ぷはあ、と吐かれた白さんの吐息に、ソフィアさんが顔をしかめる。
「ご、ご主人様? お酒、飲みました?」
「飲みましたー! 超美味しいです!」
何が楽しいのか、ケラケラと笑う白さん。
お酒は二十歳から。
いや、まあ、この期に及んでそんなこと言っても仕方がないのはさすがにわかるけど。
しかし、これが白さんの酔っ払い状態なのか。
話はソフィアさんから聞いていたけど、聞きしに勝る変貌ぶりだな。
全くの別人じゃないか。
「服が白いのはそれが楽だからですー。染めようと思えば染められるけど、メンドイからしてないだけですー。ファッション? なにそれおいしいの?」
これが世に言うところの絡み酒というものなんだろうか?
白さんがソフィアさんを逃げられないように拘束し、ソフィアさんはその拘束から逃れようと必死の形相でもがいている。
青ざめた表情がその恐怖の度合いを物語っている。
「目を閉じてんのは、邪眼見せないようにしてんの! 厨二病とかそういうんじゃないガチの邪眼だから! 見たら最悪死ぬかもしれんけど見る?」
「ひぃぃぃぃ!? 見せなくていい! 見せなくていいから!?」
悲鳴まで上げ始めた。
さすがに見ててかわいそうになってきたので、止めに入ろうか。
「白さんそのへんで……」
「ガブ」
僕が声を掛けようとしたその瞬間、白さんがソフィアさんの耳に噛み付いた。
よく言う甘噛み、などではなく、食いちぎるように。
実際に、白さんが離れたそこには、さっきまであったはずのソフィアさんの耳がなくなっている。
僕が唖然としていると、白さんの口がもごもごと動く。
「コリコリ」
「いやあぁぁ! 食われたー! 久しぶりに食われたー!?」
「ぐへへ。よいではないかー」
「あ、ちょっと!? 服脱がさないで!? 待って待って! 私の体は食べ物じゃないから! ちょっとボーッと見てないで助けて!」
ハッ!?
あまりのことに思考が停止していたらしい。
「白さんストップストップ!」
僕が白さんをソフィアさんから引き剥がそうと手を伸ばした瞬間、白さんの目が開かれる。
ギョッとして動きを止めてしまったのは仕方がないと思う。
そこにあったのは、瞳の中にさらに瞳が複数あるという、奇妙な目だった。
「キングクリムゾン! ちょっと違うけど」
「あれ?」
気が付くと、そこには白さんの姿が消えていた。
今まで目の前にいたはずなのに。
白さんだけじゃなく、ソフィアさんの姿もない。
と、思ったら、ソフィアさんは乱れた服装の状態でグッタリと床にうつ伏せになっていた。
「え?」
幻覚でも見せられたんだろうか?
目の前の光景と、ついさっきまでの光景が一致しない。
「元に戻った?」
うつ伏せのまま、ソフィアさんが疲れたように声をかけてきた。
立ち上がるのも臆劫だと、声が物語っている。
「何が?」
「さあ? あんたいきなり固まっちゃって動かなくなったのよ」
ナニカサレタヨウダ。
「弱肉強食って、怖いわよね」
ガクッとうなだれるソフィアさんに、とりあえず上着を脱いで上からかけてあげた。




