非公式会談③
教皇視点
本日三話目
迷宮の悪夢と呼んでみても反応はなし。
こともなげに白と名乗る。
表情に変化がない故に、その心情は窺い知れない。
目を閉じていることもあって、そこから何かを読み取ることもできない。
目は口ほどにものを言うとは、サジンの前世のことわざにあったもの。
言い得て妙だとそれを聞いた時は思ったものだ。
私も相手と話す時には目を見ている。
それは礼儀としてでもあるし、目の動きで相手の感情が読み取れるからだ。
目を閉じるということはそれらの情報を与えないことであり、逆に言えば視界を塞ぐことでそこから得られる情報を捨て去っているとも取れる。
あるいは、視覚に頼らなくとも音と流れる空気などだけでも十分だということか。
ともあれ、白様から見て私たちは合格だと判断してよいものか。
名乗ったということはこの席に着くだけの価値があると、会談を続けるだけの意味があると思われたと。
そう思いたいものだが、さて。
あの本に描かれた白い蜘蛛の絵から、白様が迷宮の悪夢に関係していることは読み取れた。
そこから、迷宮の悪夢の特異性を考えれば、自ずと答えは導き出すことができた。
迷宮の悪夢は転生者。
そこまでわかれば訳はない。
白様こそが迷宮の悪夢であると、確信することができる。
与えられた断片的な情報を元に、そこまで推理させる。
そうしてその答えを明示して、初めて交渉の席に着くだけの価値があると。
私たちは試されていたのだ。
この管理者を名乗る少女に。
手渡された本の内容から、その可能性を考えなかったわけではない。
しかし、面と向かって管理者であると宣言されると、にわかに信じがたいという気持ちがあるのもまた事実。
なんとか表情に出さないよう必死に取り繕ったが、通用したかどうか。
していないと考えるべきであろうな。
もし本当に管理者の位にまで上り詰めているのだとすれば、目を閉じていようがいまいが、世界の事象など手に取るようにわかるに違いない。
そうでなくとも、蜘蛛の魔物から進化したのであれば、人とは違う世界の見え方をしていても不思議ではない。
目を閉じているのは、見えないのではなく見る必要がないと思ったほうが良いだろう。
このように不利な状況、相手に主導権を握られたまま始まる会談は久方ぶりだ。
黒龍様とのそれを思い起こされる。
彼女が本当に管理者であるのかどうか。
渡された本の内容に偽りはないのか。
こちらがこの会談で明らかにしなければならない事項はそんなところか。
加えて、それらが全て真であった場合に備え、彼女に会話を交わすだけの価値があると印象づけなければ。
下手をすれば、人族全ての命運がこの会談で決まりかねぬのだ。
真であった場合を想定し、彼女の機嫌を損ねないようにしなければならない。
しかし、その試みは始まる前から失敗しているのかもしれない。
まさか、連れの二人が両方とも転生者だとは。
それも、人族に少なくない負の感情を抱いた。
ソフィア・ケレン。
女神教を国教に定めるサリエーラ国の元ケレン伯爵領の領主の一人娘。
女神教の力を削ぐために仕掛けた戦争で壊滅した、ケレン領の。
ケレン伯爵夫妻は死亡。
その娘は行方不明になっていたが、神言教の情報網をもってしてもその生死さえ掴めなかったことから、とっくの昔に死んだかエルフに拐われたかと危惧していたのだが。
尤も、黒龍様の話題にも上ったからには、エルフに渡るという線は薄いとは思っていたが。
まさかこちらの情報網に引っかかることもなく魔族の元に身を寄せていたとは。
おそらくあの戦争の後すぐ、転移で魔族領に行っていたのであろう。
黒龍様の手引きと考えるべきか?
彼女の口ぶりから察するに、あの戦争を主導したのが神言教であると理解している。
こちらに対する心象は限りなく悪いと言わざるを得ない。
ラース。
名前を聞くのは初めてだが、帝国で多数の被害を出したオーガが暴れていたのは記憶にある。
それが転生者ではないのかと疑っていたのでなおさら。
彼がどういった経緯で人族と敵対するに至ったのかは不明だが、その時点でまともに話ができないほど怒りにその身を任せていた。
おそらく「怒」の系列のスキルを発動していたものと推測できる。
怒のスキルは発動するとステータスが大幅に上がるが、理性が吹き飛ぶというデメリットが存在する。
度重なる人族との戦いで、彼はそのスキルを発動してしまい、理性を取り戻せなくなっていたのであろう。
そして帝国は彼の討伐を諦め、魔族領に追い込むことで、魔族に押し付けることに成功した。
はずだったのだが、彼はどうやらその後理性を取り戻し、こうして魔族の一員として参加しているというわけか。
ソフィア嬢と違い、彼がどの程度人族に負の感情を抱いているのか、それが未知数なのが怖いところ。
探るような視線が、こちらのことを試しているのはわかるが。
サジンに前世での彼の人となりを聞きたいところだが、この場で聞くわけにもいくまい。
待て。
彼はサジンに聞けば前世の彼の名前がわかると確信を持って言い放っていた。
それはつまり、彼の中ではサジンが彼のことを知っているということになる。
彼とサジンはどこかで通じていたということか?
しかし、サジンは常に手元に置いていた。
どこかに派遣するにしても、必ず一人にはさせなかった。
だというのに、これはどういうことだ?
考えられるとすれば、彼がオーガだった時に、転生者かもしれないとサジンを会いに向かわせた時か?
しかし、その時の報告では話すことなどできなかったとサジンは語っている。
その報告に偽りはない。
同行した他の暗部の人間も同様の報告をしている。
だとすれば、顔か?
白様の顔はサジン曰く前世の若葉姫色嬢のものとほぼ変わりないという。
ラース殿の顔が前世のそれと同一だとしてもおかしくはないのか?
だとしたら、ソフィア嬢の顔も前世と同じなのか?
サジンに確かめたいが、今それは重要なことではない。
重要なのは、白様がこの二人をここに連れてきたという事実。
わざわざ連れてきたということは、そうするだけの理由があるということ。
ソフィア嬢もラース殿も一筋縄ではいかない。
この難題にどう対処するのかを見定めるつもりなのか?
どちらにしても気が抜けなさそうだ。
この間三秒。
おかしい。話が全く進んでいない!




