血32 不貞腐れ
更新は隙を生じぬ二段構え!
訳:本日二話目の更新
このところいろいろありすぎて頭がパンクしそう。
ふて寝して目が覚めて冷静になってみると、昨日のあれはさすがに自分でもどうかと思う。
ラースの言ってることは正しい。
フェルミナとかいうのがいた記憶は未だに思い出せない、というか、意識すらしてなかったんだと思う。
それは自分でも酷いと自覚できる。
私だって一方的に目の敵にしてる相手に、歯牙にもかけられないどころか、認識すらしてもらえていなかったと知った時の衝撃はわかる。
自分の身で体感したことなんだから。
若葉姫色にとって、根岸彰子という存在は、そんなものだった。
その相手と生まれ変わってこれだけ関わりができたっていうのは、奇妙な気分だけど。
フェルミナに私がしたことは、悪いことでしょう。
それはわかる。
わかるんだけど、素直に謝る気にもなれない。
なに?
フェルミナ“ちゃん”って!
まさかのちゃんづけ。
あのご主人様が、親しげに、ちゃんづけ!
ふー。
落ち着くのよ、私。
この頃ご主人様のことになるとちょっとおかしくない、私?
前世の頃から意識してはいたけど、最近はなんだか別ベクトルで執着してきてる気がするわ。
これはいけない傾向よね。
けど、フェルミナのことを気に食わないと思ったことは否定できないし、その気持ちが変わることもない。
こんな状態で謝るなんて、誠意の欠片もない形だけのものになるわ。
謝るなら心から反省して、気持ちを落ち着けてからよ。
それに何より、私が今一番ムカついているのは、部外者のくせにしゃしゃり出てきて我が物顔で私に謝れと言ってきた、ラース。
何偉そうにご高説ぶってんのよ!
悪いことは悪いだぁ?
言われなくてもわかってるわよ!
それでこっちはここ最近ゲロ吐きながら悩んでるんだから!
湧き上がる苛立ちに後押しされて、寝ていたベッドから身を起こす。
昨日は結局寮に戻らず、屋敷に一晩泊めてもらった。
カーテンを開けると、清々しい太陽の光。
灰になるなんてことはないけど、その光は私の心を憂鬱にする。
多分私が起きるのを待ってたんでしょう、タイミングよく扉がノックされる。
返事をすると、この屋敷のメイドさんが支度を手伝うという。
それは丁重にお断りして、朝ご飯の用意があるという食卓へ向かった。
そこには先客がいた。
一人はご主人様。
表情は変わらないけど、あれはこれから食べる朝食のことしか考えてない顔だわ。
この不穏な気配に反応してないんだもの。
「おはよう」
「おはよう」
私はもう一人の先客、ラースと挨拶を交わす。
部屋の温度が物理的に下がったかのような、そんな危険な視線のやり取りが私たちの間で繰り広げられる。
お互いに譲る気はないと、それだけでわかったわ。
しばし睨み合っていると、食事が運ばれてきた。
私とラースが威圧し合うこの空間に入るだけでも辛いだろうに、それを表情に出さず給仕をするメイドたちに感心しちゃったわ。
気勢が削がれてラースから視線を外し、ご主人様の隣の席に座る。
食事中は終始無言。
食べ終わると、ラースは私に視線を向けてきた。
それは明確にこの後話があると、そう言っていた。
「ソフィア、ちょうどいいから神言教のところに行くよ」
それをぶった切ったのは、ご主人様のレアな長文。
この空気の中で、それを全く読まずに私を連れ出そうというその神経は相変わらずだけど、どこに連れて行くって?
私の聞き間違いじゃなければ、神言教とか言わなかった?
「え? どういうこと?」
ご主人様の悪い癖だけど、自分の頭の中で完結させたことを、他人に話すことなく強要してくる。
何がどうなったら、私が神言教のところに行くことになるのかわからない。
というか、神言教のところって具体的にどこよ?
神言教って言っても、世界中に拠点があるんだけど?
ご主人様は無表情。
だっていうのに呆れたように見えるのは気のせいじゃないと思う。
自分の言葉が足りないのを棚に上げて、なんでわかんないのこいつ、みたいに見るのはやめて欲しい。
「神言教?」
どうしたらいいのかわかんないで固まってた私を正常に引き戻したのは、ラースの呟き。
それは、神言教という言葉の意味がわかっていないかのようだった。
ああ。
魔族領で暮らしてればそういうこともあるのかしら?
ラースの詳しい生い立ちは聞いてないけど、ゴブリンだったって聞いてるし。
人族領で普及してる宗教も、魔族領では信仰されてないんだから、知らなくても不思議じゃないのかしら。
「神言教っていうのは人族の間で広く信仰されてる宗教よ。システムのメッセージの声を神の声だと言って、その声を多く聞くためにレベルやらスキルやらを積極的に上げましょうっていう、わけわかんない集団」
個人的には、そこに私の両親を殺したクソどもっていう注釈がつくけど。
それは今関係がないし、わざわざこいつに教える必要もないので伏せておく。
というか、ちゃんと説明してあげるだけでもありがたく思いなさい。
私の説明に、ラースはへえという顔をした後、ハッとしたようにその表情を引き締めた。
「白さん、その教義は……」
ラースの言葉に、ご主人様が頷く。
ちょっと、私を除け者にして二人で何納得してるわけ?
なんでそのやりとりで通じ合ってるのよ?
「僕もついて行っちゃダメかな?」
またしても頷くご主人様。
これはついて行っていいっていう肯定の頷きよね?
なんだか厄介な事態が、余計にこじれそうな予感がヒシヒシとするのは私だけ?




