鬼15 人外
前回までのあらすじ
血>据え膳食った(`・ω・´)
鬼>何してるの?馬鹿なの死ぬの?(##゜Д゜)
蜘蛛>我関せず(-_-)
睨み合う。
沸々と胸の内で湧き上がる怒りを、なんとか押さえ込もうと必死になる。
ここで怒りを爆発させれば、また憤怒に我を忘れてしまうのは目に見えている。
だから、ソフィアさんを睨みつけながらも、理性を総動員して身の内を焦がす怒りを抑えこもうとしていた。
僕にとって、ソフィアさんのしたことは許せることじゃない。
魅了、洗脳、強制的な使役。
それらは僕の最も忌むもの。
それを平然と行っていた挙句、吸血鬼だからという理由で開き直るソフィアさんを許すことなんかできっこない。
それと同時に、頭の片隅で話の趣旨がずれていることもわかっていた。
そもそも、最初はソフィアさんがワルドさんという魔族を吸血鬼にしてしまったことが始まり。
もっと言うとその前のソフィアさんが魅了をばらまいていたことに繋がってくるけど、そこは考えないようにする。
となると、今重要なのは、ワルドさんが吸血鬼になってどう思っているかということ。
「ワルドさん」
「は、はい」
僕の呼びかけに、ワルドさんが声を上ずらせながら答える。
彼からすれば僕もソフィアさんもかなりの化物。
そんな二人が睨み合うこの空間は、非常に居心地の悪い場所に違いない。
声に緊張感を隠しきれなくなるのも仕方がない。
「ワルドさんは、吸血鬼になってどう思っていますか?」
僕の問いに、ワルドさんは一瞬考えこむ。
「光栄なことだと思っています」
おそらくその一瞬で、どんな答えが最善かを考えて言ったのだろう。
自分が望んで吸血鬼になったと、魅了の話を聞いたその上で判断したのだと、そう短い言葉でも伝わるように。
だとしたら、これ以上僕がワルドさんに関して口出すことはない。
けど、もう一件は別だ。
「ワルドさんはこう言っている。本人が望んでいるんだから、僕がそれについてどうこう言うつもりはない。けど、フェルミナさんには謝るべきだ。彼女はソフィアさんのせいで人生が狂ってしまった。それは誰がどう見ても君が悪い。吸血鬼云々の話じゃなくね」
僕はソフィアさんから目を逸らさず、宣言する。
ソフィアさんの吸血鬼であることへのこだわりは、この短い時間の中でも十分に理解できた。
けど、それとこれとは話が別。
吸血鬼だろうがなんだろうが、一人の人生を狂わせた罪がなくなるわけじゃない。
しかも、そのことをすっかり忘れていたというのだから、始末におえない。
ソフィアさんは僕を睨みつけたまま動かない。
けど、その目が少し泳いでいる。
自分でも分が悪いと察しているんだろう。
その様子はまるで、どうにか逃げ道を探す叱られた子供のようだ。
ふと、違和感が。
ソフィアさんも僕と同じで転生者だ。
前世と合わせればそれなりの歳を重ねている。
だというのに、彼女の精神は見た目相応に幼いように感じる。
これはどういうことだろう?
「ソフィア」
僕の疑問は、白さんの声で遮られる。
小さい、けれど聞き逃しようのない存在感のある声。
ソフィアさんはその声を聞いて、少し目を輝かせる。
加勢を期待しているかな?
「フェルミナちゃんに謝って」
けれど、白さんの口から出た言葉は、ソフィアさんの期待したものじゃなかった。
ソフィアさんは一瞬ポカンとした顔をしたあと、みるみる顔を赤くした。
キッとフェルミナさんを睨みつけ、
「ちゃん付されたからっていい気にならないでよ!」
そう言って走って行ってしまった。
捨て台詞にしても、そこ?
呆気にとられたのは僕だけじゃなかったらしく、部屋の中にはなんとも言えない微妙な空気が漂う。
その空気の中、最初に動いたのはワルドさんだった。
他の三人の顔を伺い、チラチラとソフィアさんの出て行った扉に視線を向ける。
そのワルドさんの様子を見たフェルミナさんが、白さんにお伺いをたてるかのように見た。
それに対して、白さんは無言で頷く。
それを受けたフェルミナさんが、ワルドさんを伴って出て行った。
残されたのは僕と白さんだけ。
白さんの顔を伺う。
いつもどおりの無表情。
けれど、心なしか不機嫌なように見える。
「少し、時間をくれませんか?」
白さんが立ち上がろうとする気配を察し、機先を制して声をかける。
もともと僕は白さんに用があって会いに来た。
ソフィアさんのゴタゴタには巻き込まれただけ。
あとは彼女たちの問題で、本来なら部外者の僕に立ち入る資格はない。
「ソフィアさんは、どうしてああなんだい?」
だというのに、僕の口から出たのはそんな疑問だった。
他に聞かなければならない重要な話があるというのに。
死闘を演じた間柄だから、変な情でも沸いたかな?
僕の問いに、白さんはしばらく答えなかった。
異空間での質疑応答で慣れたけど、白さんと会話をするには根気がいる。
席を立っていないということは、答える気があるということだと思う。
多分、答える気がなかったら何も言わずに立ち去ってると思うから。
「人じゃないから」
たっぷりと間を空けて言われた答えは、ちょっと端的すぎて僕には理解できなかった。
人じゃないから、そう言われても、僕だって人じゃない。
けど、同じ人外であるはずなのに、僕はソフィアさんのことがわからない。
「人に蜘蛛の気持ちはわからない。蜘蛛に蛙の気持ちはわからない」
顔に疑問が表れていたらしい。
白さんの言葉に、少しだけ納得した。
同じ人外といっても、僕は鬼であり、ソフィアさんは吸血鬼。
人型の人外という括りでは同じかもしれないけど、そこには明確な違いがある。
だから理解できないのだと、白さんは言ってるんだろう。
確かに、僕は吸血鬼のことを何も知らない。
ソフィアさんが吸血鬼であることにこだわる理由も、その生き方も。
非があるのは明白なのに、あれだけ謝罪を拒んだのも、そこに吸血鬼としてのなにか譲れないものがあったのかもしれない。
そうは思っても、やっぱり許すことはできそうにないけど。
とは言え、一方的に責めるのはお門違いかもしれない。
吸血鬼について、少し知る必要があるかも。
考えをまとめて顔を上げると、白さんが何か食べていた。
僕の見間違いでなければ、それはとても大きな蛙の足のように見える。
それを無表情で頬張って食べる白さん。
ああ、確かに僕は人外について理解が足りなかったっぽい。
その光景だけでそう理解した。
それ以上何かを質問する気は起きず、僕は当初聞くはずだったことを何一つ確かめることもできず、すごすごと退散する羽目になった。




