教皇の思考
どうしたものか。
謎の少女が唐突に現れ、一冊の本を置いていった。
サジンの反応を見るに、彼女は転生者だったのだろう。
「サジン、い8を呼べ」
少女の消えた場所を、呆然としたまま見つめるサジンにそう告げる。
サジンはハッと我に返ったようで、すぐさま行動に移った。
サジンの姿がその場で掻き消える。
何度見ても空間魔法の転移のように見えるが、実際はサジンが持つ特殊なスキル、忍者の能力の一つらしい。
残念ながら本人にも原理がわかっていないらしく、また、特殊なスキルによる効果のため再現はできそうにない。
できれば教会の禁魔部隊全員に覚えさせていたのだが。
サジンに呼ばせた、い8を始めとした禁魔部隊は、禁忌のスキルを持った人物や、人族社会に密かに紛れ込んだ魔族を発見、これを始末するための部隊だ。
禁忌はよほどのことがない限りレベル10まで到達することはないが、それでも可能性がないわけではない。
可能性があるうちは、早めに摘んでしまうのが得策。
故に、教会は昔から禁忌持ちを厳しく処罰してきた。
そして、魔族も外見は人族と全く変わらないため、時折亡命や密偵などの理由で人族社会に忍び込んでいることがある。
これを発見するのもまた禁魔部隊の重要な任務の一つ。
禁魔部隊はそうした性質から、高レベルの鑑定スキル持ちが必ずいる。
サジンに呼ばせた、い8も鑑定スキルを持っている。
い8を呼んだのは、謎の少女が置いていった本を鑑定してもらい、危険がないかを確かめるためだ。
い8が到着するまでの間、考えをまとめる。
まず、あの少女は何者なのか?
現時点でわかるのはあの少女がどうやらサジンの知り合いであり、転生者であるらしいということのみ。
が、それだと説明のつかないことが一つある。
サジンが少女のことを転生者だと一瞬で見抜いたことだ。
サジンに鑑定のスキルはない。
鑑定石も持ち合わせていないはず。
であれば、どうしてサジンはあの少女を転生者だと見抜いたのか?
以前から会っていて知っていた?
否。
サジンには常に見張りをつけている。
不審な動きをすれば私に伝わらぬはずがない。
私に知られずに密会ができるような隙はなかったはずだ。
ただ、忍者のスキルには謎の部分も多い。
鑑定ではその全貌は分からぬし、サジンが自己申告した以外にも、何かしらの能力を隠し持っている可能性はある。
であれば、私に気づかれずに抜け出していた線もなくはない。
しかし、サジンのあの様子を見る限り、そうではなさそうだ。
あれは純粋に驚いているようだった。
サジンは私を騙せるほどの演技ができるほど器用ではない。
変身などという能力も忍者のスキルの中にはあるが、それを活かせた試しはないのだからな。
サジンにもう少し演技力があれば、もっと活躍の場も増えたものを。
惜しいことだ。
大体からしてサジンは思慮が足らなすぎるのだ。
忍者のスキルが魅力的だったがゆえにこうしてそばに置いているが、そのスキルも使いこなせていない。
エルフの里に送り込んだウギオの方がよほどしっかりとしている。
手元に残しておく人材を間違えたかと、何度自問自答したことか。
おっと、いかんいかん。
また思考が逸れてしまったな。
サジンがあの少女のことを知らなかったと仮定するならば、考えられることは限られてくる。
おそらくだが、あの少女は前世の、サジンが草間忍という名だった世界の、そのままの姿だったのではないか?
であれば、サジンがあの少女のことを一目見て転生者だと理解したことに納得がいく。
が、それはそれで問題だな。
少女がこの世界でも前と同じ姿だとは思えぬ。
サジンもウギオもユーリーンも、前世とは姿かたちが違うという。
ウギオからの報告によれば、エルフの里に監禁されている他の転生者も同様。
あの少女が例外であるとは思えない。
だとすれば、少女はわざわざ前世の姿に変装してここに訪れたことになる。
その理由はなんだ?
いくつか考えられるが、やはり一番可能性が高いのは、ここにサジンがいるということを知っていたから、ということか。
サジンの存在は教会内でも極秘。
それを知り得るのは私の信頼するごくひと握りの人物のみ。
そこから情報が漏れたのか?
あるいは、サジン自身から漏れた可能性もあるか。
はたまた、サジンの忍者のスキルのように、未知のスキルによるものか。
それであれば裏切り者がなく、安心できるのだが。
否、安心などできぬな。
それはここの情報が筒抜けになっているということに他ならぬのだから。
そもそも、少女が変装していることに私は気付かなかった。
それほど完璧な変装だったのだ。
私が知らぬ、未知のスキルによるものだと思われる。
転生者であれば、サジンと同じように特殊なスキルを持っているはず。
その効果の一つに変装に関するものがあったのか?
そもそも、少女の目的はなんだ?
この本にそれがあるのであろうが、鑑定をしないうちから触れるのは危険。
罠の可能性が少しでもあるうちは、慎重に動かねばならない。
い8が来ないうちはできることがない。
サジンにも詳しい話を聞いておきたいが、い8を呼びに向かわせてしまったし。
失敗したか。
「教皇様、い8参りました」
「入れ」
ちょうど良く、い8が来てくれた。
扉を開いて中に入ってきた男は、顔を目の絵が描かれた白い布で隠している。
禁魔部隊は教会の暗部とでも言うべきもの。
恨みを買うことはしょっちゅうであり、それゆえに身元がバレぬように、顔を隠して名前も偽っている。
それは同じ教会の人間でもだ。
知ることができるのは同じ禁魔部隊の同僚のみ。
その同僚にしても、お互いを監視し合う意味合いが強い。
い8とそれを呼びに行ったサジンが部屋の中に進み出る。
「早速だが、この本を鑑定してみてくれ」
「御意」
い8が本を布越しに見つめる。
しかし、反応がない。
いつもであればすぐさま結果を私に報告するのだが、ジッと本を見つめたまま動かない。
「どうした?」
「鑑定不能にございます」
「何?」
「この本、鑑定不能との結果しか返ってきませぬ」
鑑定不能?
そんな話聞いたことも、いや、一度ある。
n%I=Wのスキルだ。
このスキルの内容を鑑定しようとしても、鑑定不能としか表示されなかったと聞く。
だが、どういうことだ?
n%I=Wは上位管理者の意図によってその内容が伏せられていた。
これは転生者を優遇するための措置であるとともに、転生者を守るためでもあったと思われる。
それゆえの鑑定不能。
この本が鑑定不能であるというのであれば、それはこの世界の外の理のものということになる。
あるいは、システム稼働前の遺物であるか。
これは、思った以上にとんでもない爆弾かもしれぬ。




