253 OSHIOKI(ガチ)
黒と魔王への説明は終わった。
このあとどうするかは当人たち次第。
まあ、伏せカードが見えていない状態でこんなに美味しそうなものぶら下げられたら、食いついちゃうのは目に見えてるけどねー。
黒は少しくらい疑って掛かりそうだけど、魔王は食いつくはず。
だって、それしか方法がないんだから。
食いつかなくてもそれはそれでいい。
伏せカードをオープンするだけなんだから。
魔王は最終的に絶対に私の側につく。
そして、喜んで私に暴食の支配者権限を移譲してくれるはずだ。
そうなれば、残りはあとわずか。
私は黒と魔王に背を向け、転移する。
二人にはもう少し考える時間が必要だ。
考えた末に、私に泣きつけばいい。
転移した先の異空間では、吸血っ子がムスっとした顔で仁王立ちしていた。
いつの間にか気が付いてたっぽい。
「あれ、誰?」
あれ、というのは多分だけど黒のことかな。
鬼くんとの対戦を邪魔されたとでも考えてそう。
ていうかそうだよな、これ。
「黒。私の同類」
「ご主人様と、同類」
私と同類という言葉に、納得の表情をする吸血っ子。
が、その目に宿った剣呑な光は衰えていない。
「会わせて」
会ってどうするのか、は言うまでもないなー。
こいつ絶対噛み付くよ。
比喩でもなく噛み付きそうだわー。
私の同類ってわかった時点で勝てないってわかってるでしょうに、このバトルジャンキーめ。
まあ、会わせてやる義理もなし。
「ダメ」
「なんでよ?」
むしろなんで私がそんなことを斡旋してやらにゃならんの?
絶対問題ごと起こすってわかってるのに。
自分の願いはなんでも叶えられるとでも思ってんの?
ちょーっと、それは図に乗りすぎじゃない?
少しばかり、自分の立場ってやつを思い出させてやらなきゃなあ。
「あの男のせいでせっかく盛り上がってたのに台無しなの。責任とってもらわなきゃ」
「どうでもいい」
「どうでもよくないわ! さっさと会わせてよ!」
「黙る」
ちょっと語気を強くして目を開く。
途端にビクッと身を震わせて縮こまる吸血っ子。
うんうん。
力の差は理解しているじゃん。
なのにこんな突っかかってきて、吸血鬼の闘争本能が暴走してるね。
まあ、それを含めてちょっとお説教。
「嫉妬、使ったよね?」
「なんのことかしら?」
すっとぼけようとする吸血っ子だけど、目が完全に泳いでる。
嘘はいかんよ、嘘は。
「いひゃい!」
ほっぺを思いっきり掴んで引っ張る。
使ったよねー?
嘘はいかんよー?
私見てたんだからねー?
掴んだほっぺを上下左右に引っ張り回す。
私の腕を掴んでなんとか引き剥がそうともがく吸血っ子だけど、残念ながら私のほうが腕力があるので虚しい抵抗に終わる。
ふ、神化前ですら私の攻撃力という名の腕力は吸血っ子をはるかに上回っていたんだから、バージョンアップした今の私が負ける道理などないのだよ。
そんな細腕で私の細腕に勝てると思っているのか?
あ、どっちかって言うと私のほうが細いか?
うん、細腕の件は無しで。
「ごめんなひゃい! ごめんなひゃい!」
涙目になって謝る吸血っ子だけど、まだ許しちゃいませんよー。
と言っても、私のやることはもうないけど。
吸血っ子のほっぺを離す。
ついでに空間を繋げ、ある人物を中に招き入れる。
「お嬢様」
異空間に踏み込んできたメラに、吸血っ子が助けを求めるように視線を向ける。
「お嬢様、私に魅了は通用しません」
メラはゆっくりと首を横に振り、吸血っ子の頬をひっぱたいた。
「え? え?」
事態を飲み込めず、目をぱちくりとする吸血っ子。
「お嬢様、今のあなたは、ご自身のことをあなたのご両親に誇れますか?」
「そんなの、そんなこと、え? あれ?」
メラの言葉に反射的に反論しようとする吸血っ子。
その言葉が、尻すぼみに消えて行き、疑問の声に取って代わる。
「お嬢様、吸血鬼の本能に身を任せて好き放題するのは、さぞや気分がよろしかったでしょう。誰も逆らわない。誰も逆らえない。そう、お嬢様自身が仕向けているのですから。夢のようでしたか? それとも、夢だとでも思っていましたか? 現実味のない、夢の中の出来事だとでも思っていましたか?」
胡蝶の夢。
今の吸血っ子は、吸血鬼としての欲求に飲まれ、現実と夢の区別が曖昧になっているのではないか。
もしくは、吸血鬼としての意識が強くなりすぎて、人としての意識がごっそり抜け落ちているか。
「お嬢様、再度問います。今のお嬢様は、ご両親に誇れる人生を歩んでいらっしゃいますか?」
吸血っ子は答えない。
答えられない。
最も信頼している、絶対に裏切らないと思っていた従者からひっぱたかれ、夢から覚めて。
呆然とした顔が、徐々に青くなっていく。
「お嬢様、私はお嬢様のことを主として仕えることはできません。なぜならば、私の主はあなたのご両親だからです」
両親の話を振られ、吸血っ子の中の人としての意識を揺さぶる。
「ですから、たとえ吸血鬼としての親がお嬢様であろうと、この心を書き換えることはできません」
それは、一見すると拒絶のような言葉。
吸血っ子にとって、メラという存在は大きい。
幼い頃からずっと共にあり続け、となりで支えてきてくれた人なのだから。
そんな男に、拒絶されればどうなるか。
吸血っ子は無言で首をいやいやと振る。
その瞳が一瞬妖しく光る。
が、返ってきたのは、再度の平手打ち。
「この心は、あなたのご両親に既に捧げています。私はもう迷いません。惑いません」
吸血っ子が打ちひしがれたように俯く。
その肩が小刻みに震える。
「あなたのご両親が、私に託したことはただ一つ。『お嬢様を頼んだ』。ただそれだけです」
メラがゆっくりと、吸血っ子の体を優しく抱きしめる。
「頼まれたのです。私はお嬢様のことを、死ぬまで見守っていきます。決して見捨てはしません。間違っていればそれを指摘します。正しき道に戻るまで、何度でもこの手を振り上げます。ですが、出来ることならば、私に手を使わせないでください」
結局のところ、一番のお仕置きは何かと言うと、保護者のお叱りが子供にとって最も効く。
吸血っ子がここまで酷い状況になった背景には、きっと保護者であるメラがそばにいなかったからという事実が大きい。
魔王はこの二人は一緒にさせておくと依存し合ってしまうという。
けど、私はそれでも別にいいんじゃないかと思う。
誰かに依存できるっていうのは、それはそれで幸せなんじゃないかと。
私には、絶対にできないことだから。
今後どうなっていくかは二人次第。
ただ、今後私はできる限り二人を一緒に行動させようと思う。
魔王には後で相談しておこう。
私は二人をそっと異空間から、メラの私室に降ろした。
さて、最後になったけど、もうかたっぽの転生者に会いにいくとするか。