241 道化の舞台
アーグナーのところで報告を聞いていた。
任せていたエルフの動向調査についてだ。
けど、実際には私の意識は別のほうに向いていた。
人族の学園で、遠足が行われていた。
課外活動の探索とかいう名目だけど、私から見ると安全の保障された遠足にしか見えない。
本来ならそんなに気にすることもない、取るに足らない行事。
けど、私は必要以上に分体を課外活動が行われる小さな山に集結させていた。
理由は、夏目くん。
あいつ、なんかしでかすつもりらしい。
夏目くんが山田くんにかなり強い対抗心を燃やしてるのは、これまで監視してきた中でイヤというほどわかっていた。
これまでの監視で、夏目くんが転生して身分や能力でかなり優遇されていたこともあって、調子に乗っている様子が見られた。
が、そこに現れた山田くん。
ぶっちゃけ、山田くんは夏目くん以上のチートだったわ。
夏目くんとほぼ互角の実力を持ち、勤勉で、その上性格も優しくて驕らない。
しかも、勇者の弟。
これでレベルが1なんだから、将来も有望。
今は互角だけど、そのうち山田くんが夏目くんを置いていくのは目に見えていた。
それを夏目くん自身も気づいてたんだと思う。
だから山田くんを敵視し、排除しようとする過激な方向に行ってしまった。
今まで思い通りにならなかったことがないのがいけなかった。
何をしても大丈夫という、根拠のない思い込みが夏目くんを暴挙に駆り立てたのだ。
山に潜む暗殺者。
数は多くない。
始末しようと思えば簡単に始末できる。
いつもの監視用の分体だけじゃなく、今回はしっかりと戦闘用の分体も用意している。
けど、あまり私が動くのも得策とは言えない。
できれば本人たちだけで決着をつけてもらうのが一番なんだけど。
問題があるとすれば、暗殺者連中が連れてきた魔物か。
どうやってあんなの手なずけたのか知らないけど、暗殺者たちは一匹の魔物を従えていた。
地竜。
見た限り、龍に至ってはいない。
けど、それに近い、かなり上位の地竜。
鑑定ができれば詳細がわかるだろうけど、今の私にはおおよそでしかその強さはわからない。
たぶん、私が昔エルロー大迷宮の中層で倒した火竜とほぼ同等と思われる。
ホント、どうやって連れてきたんだか。
地竜は檻に入れられておとなしくしてる。
けど、その気になればそんな檻、簡単に破壊できるだけの力があるはず。
んー?
なんか訳ありとか?
まあ、いい。
もし地竜が先生の前に立ちはだかるのなら、その時は容赦しない。
それだけ。
とか、考えてるうちに事態が動いてた。
ちょうど山田くんが一人になるところを狙って、夏目くんが襲い掛かっていた。
て、ええ?
何その行き当たりばったりなずさんな襲撃は?
ちょっと適当すぎやしませんかね?
なんか得意げに「ここは俺の世界」宣言かましてるけど。
頭沸いてんじゃね?
あ、イヤ、疑問形じゃなくて断言するわ。
こいつ頭沸いてる。
あー。
元々アレな性格だったけど、変にチート持って王子様なんかに生れちゃったから、盛大に勘違いした挙句イカれちゃったかー。
監視しててそんな気はしてたけど、これもうあかんレベルで頭沸いてるわ。
しかも、弱。
なんか最強だのなんだの自画自賛してるけど、そこまで強くないじゃん。
これだったらまだ初めて見た勇者くんのほうが強かったわ。
まあ、確かに年齢とか考えれば十分強いっちゃ強いのかもしれないけど、どうあがいてもうちの吸血っ子には勝てないなー、これ。
山田くんもレベル1なはずなのに、十分互角に渡り合ってるし。
他の暗殺者は、と。
うん。
見事に先生に返り討ちにあってら。
先生強い。
鰻くらいなら一人で倒せるんじゃない?
焦った暗殺者が地竜を解放しようとしたけど、それはこっそり阻止する。
さすがに先生でも地竜の相手は荷が重い。
いざとなったら私が介入すればいいけど、できればこっそりと支援する程度にとどめておきたい。
先生が夏目くんに魔法をぶち当てる。
吹っ飛ぶ夏目くん。
めげずに先生に立ち向かおうとするけど、再び魔法で地面に叩きつけられる。
うん。
君じゃ、先生には勝てんよ。
地力が違うし、経験が違う。
伊達に魔族領で戦争経験してない。
先生は魔族領でいろいろと暗躍していた。
その行動は、魔族に戦争を起こさせないようにする裏工作。
時に魔族に接触して戦争回避の説得をし、時に物理的な妨害工作をし、魔族の戦争準備を遅らせようと画策していた。
それが、魔族に与している吸血っ子を、戦争に巻き込ませないためっていうんだから、もうね。
どういうわけか、戦争が起これば吸血っ子が死ぬらしい。
私にもよくわかんないけど、先生はそう確信している。
何を根拠にそう確信して行動してるのかは謎だけど、重要なのは先生がそれを信じてるってこと。
でなきゃ、ただ一人の生徒を救うために、戦争を止めようだなんてバカげた行動はとらないでしょうよ。
まあ、吸血っ子以外にも戦争に巻き込まれる生徒が出ないようにっていう線も考えられるけど。
そうやって陰で魔族と戦い続けてきた先生が、勘違いしたぬるま湯に浸かった子供に負けるはずがない。
私だって先生には結構手を焼かされたんだから。
先生を安全に排除するのは骨が折れた。
アーグナーを介して情報を操作して、徐々に徐々に追いつめていった。
魔族領での活動がほぼできないようにして、とどめに山田くんの国で不穏な動きありっていう偽情報を流してそっちに視線を向けさせ、ようやくそっちのほうに行かせることができたわけ。
ここまで長かった。
ポの野郎が一緒になってやってきたのは計算外だったけど。
そんでもって学園なんてところに転生者大集合したのも計算外だったけど。
その転生者がどいつもこいつも問題児だったのも計算外だったけど。
ふ、それでも問題はない。
ないったらない。
それに、問題児一名はこれでフェードアウトだし。
先生のことだから殺しはしないと思う。
けど、それなりの対応はするはず。
いくら生徒に甘々の先生でも、今回夏目くんがしでかしたことは黙認できるようなことじゃない。
さて、先生はどうするのかなー?
腕の一本二本逝っとく?
………は?
何、してんの?
支配者権限?
っ!?
手の中でコップが砕け散った。
中身がこぼれて体にかかるけど、気にしていられない。
「急用ができた」
アーグナーにそれだけ言って転移する。
一言断りを入れただけでも上出来だと思う。
その一言を渋るくらい、焦っていた。
分体じゃ、どうにもできない。
本体のスペックじゃないと、これは処理しきれない。
そして、私は転移でその場所に到着する。
エルロー大迷宮最下層。
そのさらに奥、女神の封印地へと。