240 勇者の称号
まったくもって厄介なことに、勇者ユリウスは山田くんのお兄さんだった。
前に会った時はものすごく小さな子供だったけど、今ではすっかり成長してなかなかの美男子になっている。
顔つきは山田くんとあんま似てないね。
柔和で優しそうな感じ。
なんていうか、顔を見ただけでわかる善人オーラを発してるわ。
私の先入観なのかもしれないけど、柔和な笑みを浮かべてるやつは大抵腹に一物抱えてそうなもんだけど、勇者に関してはそれもなさそう。
微笑みだけで分体が浄化されそうだわー。
そんな勇者だけど、あんま関わりたくない。
戦争の時に出会った時はまだ小さな子供で、将来が期待できるから成長させて刈り取ることを目的に見逃したけど、あの時と今とじゃ状況がかなり違う。
そもそも私神化して経験値とかいらんくなったし。
経験値?
何それ美味しいの?
いらんいらん。
そんなわけで、わざわざ狙うほどの価値がないっていうね。
というのは私個人で見た場合。
別にどうでもいいかなー、みたいな。
ただ、世界全体で勘定してみると、そうも言ってられない。
勇者とはそもそも何ぞや?
その答えは魔王の対。
どうも、システムのアップグレードの履歴を見てみた限り、勇者と魔王っていうのは初期では組み込まれてなかったっぽい。
それが、天然で魔王が発生し、それを討伐した勇者が発生し、それをDが面白がってシステムに組み込んだのが勇者と魔王の始まりのようだ。
つまり、勇者よりも魔王のほうが起源は古いわけ。
その勇者だけど、その役割は一言で言うなら魔王を倒すこと。
それに尽きる。
魔王がいろいろと厄介な事情を抱えているのに対して、勇者の存在理由は極めてシンプル。
魔王を倒す。
逆に言うと、魔王を倒した奴が勇者であり、勇者に倒された奴が魔王であるとも言える。
そこが問題なんだよねー。
勇者の称号には説明にはない秘密の効果がある。
勇者の称号を持ってるのが勇者なわけだけど、隠し要素的に勇者のスキルにも仕込みがあったりするし。
Dはこういうところ遊び好きで、妙なギミックとか用意してて油断ができない。
勇者の称号には、倒した相手に『勇者に討たれた者』という称号を付与するという隠し効果がある。
まあ、倒したほぼイコール死んだってことで、死んだらそんなもんもらっても仕方がないから意味はないんだけどね。
けど、例えば不死とか忍耐のスキルを持ってたり、奇跡的に蘇ったりした場合はこの称号に意味が出てくる。
この称号でもらえるスキルは、「魔王LV1」と「禁忌LV1」。
この時点であれだ、あかん。
勇者にしても魔王にしても、スキルを持っていたほうが次代の称号持ちになりやすい。
魔王なんかは暴食の支配者の権限で今まで魔王になるのを回避してたっぽいけど、スキルが育ってればそれだけ称号を受け継ぎやすくなる。
勇者に討たれると、それだけで魔王の称号に一歩近づくわけだ。
まあ、魔王の席はもう埋まっているのでそこは問題ない。
問題があるとすれば、それは称号というシステム自体だ。
称号というものは、スキルと一緒で獲得すると特殊な効果を発揮するのが多い。
そして、取得したと同時にスキルを二つ自動でもらえる。
称号自体の効果を合わせて考えると、スキルが三ついっぺんにもらえるようなもの。
一部禁忌だとかやばいスキルがもらえちゃったりするけど、基本取得したほうがお得なものだ。
私もそれでいろいろ助けられた。
けど、称号には大きな罠が隠されている。
スキルはスキルポイントという代償を払って取得するか、鍛錬によって磨き上げた末に結実する。
そこにはちゃんとした等価交換の図式が成り立つ。
それに対して、称号は条件が合えばそれだけで入手することができる。
中には取得するのに努力が必要な称号もあるけど、大半の称号はスキルと違って、そういったものを必要としない。
さっきの「勇者に討たれた者」の称号も、ただ勇者に倒されれば入手できる。
そこには等価交換なんてなく、ただ与えられるだけ。
じゃあ、それはどこから与えられているのか?
答えは、システムであり、MA領域である。
本来なら、称号でもらったスキルは、それを受け取った奴が死ぬまでに少しでも鍛えていれば収支がプラスになる計算なんだよねー。
というか、それを見越しての称号ってシステムなわけだけど。
借金みたいなもんで、称号を貸し出してあげるから、死んだら利息付きで返してねって感じ。
けど、切羽詰まった現状だと、MAエネルギーの貸し出しはできるならしたくない。
火の車なんだもんよ。
で、何が厄介かというと、勇者に倒されると入手できちゃう「勇者に討たれた者」の称号。
私、これもらっちゃった。
イヤ、もらうつもりなんかこれっぽっちもなかったんだよ?
ていうか、もらえるなんて思ってなかったし。
神化してシステムから外れちゃってるしね。
けど、もらえちゃってる不思議。
原因は、私が下手にシステムにハッキングかけてるせいかと思われる。
それでなんか変な反応でも起こして、バグったっぽい。
勇者に分体が倒されると、称号が入ってきちゃうんよ。
もちろん、称号そのままの形には保てないので、もらった瞬間自動でエネルギーに還元されて。
それが分体が倒されるごとに入ってきちゃうわけ。
あー、うん。
エネルギーがやばいって言ってる私が、エネルギーを無駄に搾取している件。
イヤ、現状私これ回避できないのよ。
もらっちゃ悪いんだけど、気づいたらもらっちゃってる。
とりあえず、そこらへんを管理してるデータにハッキングかけて、バグを直さないといけない。
しかも、勇者は執拗に私の分体を狙うのよねー。
あれか?
前の戦争の時のトラウマか?
やたら勘がいいし、近づく分体は全部抹殺されちゃう。
おかげで山田くんの周りに分体をなかなか派遣できなかったっていうね。
正直邪魔でしょうがない。
けど、始末もできない。
なので、消極的な方法だけど、できるだけ関わらないって選択肢を取らざるを得ない。
もどかしい。
山田くんたちが学園に入ってくれて助かったわ。
勇者として各地を転々としてるから常にいたわけじゃないけど、ちょくちょく帰ってくるたびに分体始末されちゃってたし。
けど、学園なら勇者も手出しができない。
やっと安心して監視ができるってもんね。




