231 恐怖政治始めます
クーデターは結局その後あっさりと鎮圧された。
ワーキスは徹底抗戦を諦め、降伏。
第七軍は瓦解した。
チンピラが捕えられたワーキスのもとに向かう。
私もこっそりと分体をつけていく。
分体が手の平サイズだけだと思ったら大間違い。
性能は下がるけど、指の先サイズの分体も生み出せる。
今回はバレないように、チンピラの靴にこっそりとくっついている。
ワーキスは第四軍の兵士の監視の下、領主室に閉じ込められていた。
武器は取り上げられているけど、拘束なんかはされていない。
いいのか?
「第七軍団長ワーキス。申し開きはあるか?」
チンピラの声に、ワーキスは落ち着いた顔で見つめ返す。
ん?
なんか、三下っぽいイメージから、もっと追い詰められたらみっともなく喚き散らすもんだと思ってたけど、予想と違うな。
敗戦の将だっていうのに、どっしりとした構え。
顔に似合わず、その態度は三下っていう感じじゃない。
「ブロウか。まさか、お前にこちらの動きが筒抜けになっていようとはな」
「俺じゃない。うちには優秀な情報収集担当者がいてな」
それ、私のこと?
いつから私はあんたんとこの情報収集担当になったんだ?
「ワーキス、あんた、どうしてこんなことをした?」
「打倒魔王のためだ」
ワーキスはチンピラの問い掛けに即答した。
「魔王が現れたのは知っている。そして、そやつが人族との戦争の準備を始めていることもな。そんなこと、できるはずがない。年々減少する出生率に、疲弊した民。長い戦いで荒廃した大地。重い税で困窮している貧民層に、さらに多くの税を課してみろ。魔族は戦争をする前に滅びる。魔王など今の魔族には不要なのだ。これからは人族との戦争を控え、再建の道を進まなければならない。それがわからぬわけでもあるまい? 今からでも遅くない。ブロウ、バルトとともに魔王を止めてくれ」
あ、まずい。
私はすぐさま転移する。
そして、ワーキスの背後に現れ、その胸を貫く。
「がっ!?」
呻くワーキス。
驚愕に目を見開くチンピラと兵士たち。
私はワーキスの胸から心臓をえぐり出し、握りつぶす。
「戯言。聞く必要はない」
息絶えたワーキスの胸から手を引き抜く。
支えを失ったワーキスの死体が倒れ、そのままズブズブと床に沈んでいく。
久しぶりに生肉ゲット。
「どうして、お前がここにいる?」
チンピラがかすれた声で聞いてくる。
答える義理はないけど、ここは一つ脅しておくか。
「魔王に逆らう者に死を」
そう言って転移でその場を去る。
これで、脅しとしては十分かな?
チンピラはワーキスの言葉に少し揺れていた。
三下だとばかり思ってたら、結構しっかりとした信念を持ってクーデターを起こしてたのね。
そんなワーキスの言葉に、チンピラもいくらか共感する部分があったんでしょうね。
流石に、今この場で寝返るなんてことはしないだろうけど、ワーキスの言葉が後々刺になってチンピラの心に刺さったままになるかもしれない。
その刺を抜くことはできない。
なら、逆らっちゃいけないという空気を作り出さなきゃ。
魔族の現状があんまり良くないのは情報を集めていて知っていた。
魔族、というよりかは、この世界全体が、だけどね。
もうあんまり猶予はない。
今すぐ世界が滅ぶことはないけれど、当初想定していたよりも、ずっと酷い状態だったのは確か。
黒があんなところを作らなければならなかったくらいには。
そんな状態で戦争なんかできない。
普通に考えれば停戦するのが妥当だし、むしろそんな状態で大攻勢に出ようなんて正気の沙汰じゃない。
けど、それは普通に考えればの話で、普通じゃない今の状態だと、そうせざるを得ない。
だっていうのに、普通の思考に囚われた一般人はそれが理解できない。
理解させてやることもできない。
知ればどんな混乱が巻き起こるかわかったもんじゃない。
なら、乗り気じゃない連中を動かすにはどうすればいいか?
そうせざるを得ない強権を振るうしかない。
はっきり言って、今の魔王に人望はない。
ずっと空席だった魔王の座に、突然現れて座ったんだからなくて当たり前。
もう少し余裕があれば、時間をかけて築き上げていくこともできたかもしれないけど、それは望めない。
誰だって死にに行けと言われて、それを言った相手のことを信頼することなんかできるわけがないんだから。
だったら、いっそ逆に振り切れちゃえばいい。
恐怖による統治。
逆らえば死ぬ。
言うことを聞かなければならない。
そう思わせればいい。
魔王にはそれができるだけの力もあるんだから。
恐怖政治なんていつか破綻するしいいことないけど、それは長い目で見た話。
短期的に見れば足並みを強制的に揃えさせるのには最適の方法。
どうせ魔王の統治は長くないし、この方法をとってもデメリットはない。
使い捨てる連中にどう思われても構わない。
手段は選ばない。
そう決めた。
今まで舐めプしてたぶん、こっからは全力で取り組む。
それには、遊ばせていた本体もフル稼働させなきゃならない。
チンピラに釘は刺した。
魔王に逆らえば私が背後から串刺しにするという恐怖は植えつけられたはずだ。
いつ、どこで、私が現れるのか。
チンピラには予測もできない。
回避なんかできるはずがない。
その恐怖を忘れない限り、チンピラは迂闊に魔王に不利な行動は取れない。
たとえ、ワーキスの言葉がチンピラの心を動かそうとも。
それでも、チンピラがなおも魔王に逆らうのなら、望み通り背後から串刺しにしてやればいい。
次だ。
私は転移でとある場所に現れる。
「何者か?」
静かな声。
私が突如現れたことにも動揺を見せない。
背後を取られているというのに、その芯は一切ぶれない。
なるほど。
これは、魔族にしてはなかなか。
「魔王の使い」
未だ背を見せる相手に、私は短くそう告げる。
その言葉を聞いて、ようやく相手がこちらに向き直った。
何気なく振り向いたように見えるけど、私の呼吸の合間を縫って行動に移している。
その気になれば呼吸なんか止められるけど、普通の人間だったら呼吸のタイミングに合わせて振り向かれたら、咄嗟には攻勢に出れないだろうね。
「なるほど。やはり魔王が降臨したのは本当のことだったか」
独自の情報網でも持っているのか、まだ一部の魔族しか知らない魔王の存在を掴んでいる。
私が狙うのは、その独自の情報網。
「命令。二重スパイをせよ」
私は、第一軍団長アーグナーにそう告げる。
エルフと密かに繋がりを持つ、魔族の裏切り者に。




