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230 甘く見ていた

 私は、今の状況を甘く見ていた。

 それはもう、チョコレートよりも甘甘に。


 神になって、敵となりうるのは黒のみ。

 その黒にしても、直接対決を避ければどうとでもできると踏んでいた。

 実際その通りだし、黒は今のところ私のことを警戒しつつも、敵とは認識していない。

 最初から自分以外を潜在的に敵と認識して動いている私とでは、初動に差がある。

 実力差を埋めるには周囲の状況を作り上げるその時間が、有効に作用してくれる。

 たとえ直接ぶつかるようなことになっても、その時には勝つ算段がつけられる。


 だからこそ、私の敵はこの世界にはもう存在していない。

 そう思っていた。


 甘かった。

 それはもう、ソフトクリームよりも甘甘に。


 神になろうが万能ではない。

 ちょっと強いだけでしかない。

 それは、この世界をどうすることもできなかった黒の存在が証明している。

 それを、私はもう少し深く考えるべきだった。

 考えても、どうにもならなかったかもしれないけど。

 それでも、私は後悔した。


 私は知っていたはずだ。

 人の悪意というものを。

 この世界の人間が、どれだけ悪辣であるかを。

 真に警戒しなければならないのは、単純な強さなんかじゃなくて、どれだけ残酷になれるかという、人の感情であると。

 知っていたはずなのに、私はそれを軽んじた。


 甘かった。

 それはもう、砂糖直食いよりも甘甘に。





 チンピラ率いる第四軍が第七軍に強襲を仕掛けた。

 仕掛ける側だと思っていた第七軍は、逆に自分たちが奇襲を受けることになり、浮き足立ったまま応戦。

 結果として、ろくに防衛網を築くこともできずに、あっさりと街を覆う防壁の突破を許してしまった。

 この時点で防衛側の優位の大半が失われ、戦いは同じ土俵での乱戦になった。

 そうなってくると、士気の高さが如実に結果に反映されてくる。

 同じ程度の戦力で、しっかりと準備を整えて攻め込んだ第四軍と、攻め込む準備をしていたら逆に攻め込まれて混乱している第七軍。

 差は歴然だった。


 とはいえ、それも序盤だけで、中盤に差し掛かった頃には第七軍も立て直してきた。

 流石プロの戦争屋とでも言えばいいのか。

 まあ、それでもしょっぱなの損失が大きいので、いくら立て直してもジリジリと追い詰められていく。

 第四軍もムリに一気に攻め込むようなことはせず、慎重に消耗を避けながらの戦いに切り替えている。

 もし、第七軍が立て直したのに、そのまま勢いに任せた攻勢を続けていれば、手痛い損失を被っていたかもしれない。

 指揮官は現場の熱気を押さえ込み、ちゃんと指示を行き渡らせている。

 チンピラ、やるじゃん。


 この戦いの結果は見えた。

 あとは第七軍の軍団長ワーキスがどんな行動をするかで変わってくる。

 徹底抗戦なら第七軍は全滅。

 降伏ならその時点で終了。

 どっちにしろ首謀者であるワーキスの命はないけど、兵を助けるという意味では降伏したほうがいい。


 問題は、覆面の男だ。

 分体が探した限り、この戦場にあの男の姿はない。

 いち早く危険を察知して逃げたか?


 その予想は、半分当たりで、半分ハズレだった。


 第四軍の包囲網を突破しようとする一団があった。

 人数は少ないながらも、巧みな魔法で包囲に穴を開け、なんとか脱出しようとしていた。

 その一団の特徴は、全員がフードなどで頭を隠していること。


 エルフの一団に間違いない。

 私はそう判断し、分体をそこに向かわせる。

 第四軍に任せてもいいけど、できれば私の方でも一人くらい押さえておきたい。

 乱戦の中で気づかれないように一人異空間に隔離しよう。


 そう思って近づいた時、私はその人物を見つけた。

 見つけてしまった。


 それは、戦場にいるのがおかしい、小さな子供だった。

 いつだったかの勇者よりも、なお小さい。

 今の吸血っ子よりも小さい。

 そんな小さな子供が、戦場の中で必死に戦っていた。


 不思議なことに、その子供を中心にして、エルフたちは戦っているようだった。

 子供の技量は、その見た目にしては高い。

 けど、周りのエルフにそれよりも高い能力を持った大人はいる。

 それでも、中心はその子供だった。

 その子供をかばい、戦っている。


 声が聞こえた。


「諦めるな! 今は逃げるんだ!」

「はいっ!」


 私の目から見て、はっきり言って彼らが包囲を突破できる可能性は、ない。

 一人一人の能力を見る限り、隠し玉でもない限りこの場を突破するのは不可能。

 彼らもそれに気づいているはず。

 なのに、一縷の望みにかけて、突破を試みている。

 投降しようという意思は感じられない。

 自ら死地に突っ込んでいっている。

 それを証明するかのように、一人、また一人と倒れていく。


「キヌン!」

「オカ、行け!」

「でも!」

「行け! 俺はもうダメだ」

「そんな!」

「生徒を救うんだろ! こんなところで立ち止まるな! 行け!」


 重傷を負った男が、最後の力を振り絞って突貫する。

 それも、あっさりと迎撃の刃に貫かれ、絶命する。

 どれほどの覚悟も、信念も、力がなければ成し遂げることはかなわない。


 彼らはエルフだ。

 けど、彼らはきっと違う。

 私が狙いを定めていた連中とは違う。

 何も知らず、ただ己の信じる正義を貫こうとしているだけの、道化。

 魔王にはボケ派と呼ばれ、蔑まれていた連中。


 けど、そんなことはどうでもいい。

 「オカ」「生徒」、そう言った。

 私はその単語が何を意味しているのか、すぐにわかった。

 なぜなら、エルフの中心となっている子供、その魂は他のエルフとは比べ物にならない異質なものだった。

 その魂の感じは、吸血っ子に似ている。

 それらが意味することは、一つ。


 私は空間魔術を使い、エルフの一団を避難させる。

 ついでに、死体も回収しておく。

 残された第四軍が相手が突如消えたことに戸惑いの声を出す。

 適当な場所に放り投げたエルフたちも、自分たちの現状が理解できずに惚けている。

 けど、助かったことを理解したのか、歓声が上がる。


 ホッと一息。

 けど、次の瞬間、抑えがたい怒りが沸き起こる。


 クソがっ!

 クソがっ! クソがっ! クソがっ! クソがっ! クソがっ! クソがっ! クソがっ! クソがっ!


 ああ、わかった。

 わかったよ、敵の思惑が。

 敵はこのクーデターが成功しようが失敗しようがどうでもよかったんだ。

 ただ、一つの実験さえできれば。


 それは、魔王軍が転生者を発見した際に、どういう対応を取るか。

 その反応を見るため。


 監視があったのなら、吸血っ子を魔王が保護しているのは知っているはず。

 敵は、こっちが転生者についてどのような対応を見せるのか、それが見たかったんだ。

 それによっては、魔王への人質として考えるか、使い捨てるかを決めるつもりだったんだ。


 本来ならば、あの一団は魔王へと直接ぶつけるつもりだったんだろう。

 そうすれば、イヤでも魔王は対応せざるを得ない。

 それが、第四軍の奇襲によって予定が変わった。

 あのままだったら、あの一団は何の成果も上げられずにあそこで全滅していただろう。

 けど、それを私が助けた。


 屈辱だ。

 どうして一度はこの手にしたあの人を、また敵の下に送り返さなければならないのか。

 あの人の魂に、寄生虫の如き別の魂の欠片が付着しているのが見えた。

 何かあれば、あの人の魂を乗っ取ってしまえるように。

 もし、私があのままあの人を連れ去っていれば、敵は迷わずそれを実行していただろう。

 あの人は人質として取られていた。


 私が助けたことによって、あの人には人質としても価値があるということを敵にあえて知らせた。

 これで、敵も迂闊にはあの人をどうこうできないはず。

 人質というのは、生きていてこそ価値があるのだから。

 利用価値があるうちは、敵もあの人にて出しできない。

 もし、迂闊なことをしたら、容赦はしない。


 助けた一団の様子を見る。

 あの人は、泣いていた。

 吐きながら、泣いていた。


 敵に何を吹き込まれたのかはわからない。

 どうせ、生徒が魔王に拉致されているとかそんな内容だろうけど。

 それを、あんな戦場に立ってまで、救いに来た。

 そこに、どれだけの覚悟や葛藤があったのか、私にはわからない。

 わからないけど、泣き、吐き、苦しんでいるその姿から、相当辛い道のりだったことは理解できる。


 私はそんな人に、何もしてあげられない。

 すれば、敵はそこにつけこんでくる。


 神になって、敵はもういないと思っていた。

 甘かった。

 それはもう、この口の中に広がる血の味よりも甘甘に。


 認めよう。

 ポティマス、あんたは私の敵足りうると。

 そして思い知らせてやる。

 誰を敵に回してしまったのかを。

 許さない。

 絶対に許さない。

 後悔と絶望のうちに殺してやる。


 だから、先生。

 待ってて。

 絶対助けるから。

 いつか、絶対助けるから。

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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ~~~なるへそ、呆け派ね、道化道化。 まああの『先生』最初っからそんな感じに見えたしねぇ~……つうか意外と白たん…ちがうか若b…でもないな、そうだ前世の蜘蛛だ……先生からかばわれて、そし…
[良い点] 急にどした?らしくないなぁ まぁ自由奔放だけど心優しいっていうだけあって恩義を感じてるのか 理解はできるけどもう少し読者側が蜘蛛子の先生への気持ちを理解できる話を仕込んでおくべきだったかも…
[一言] なんかこの主人公いろいろと浅いんよなぁー
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