227 働かざる者食うべからず
屋敷に帰ってきた私を待っていたのは、衝撃の言葉だった。
「ブロウ様のご指示により、あなた様への食事の量が制限されました。これまでのように、求める分だけお出しすることは叶わなくなりました。お許しください。しかし、ご安心ください。当館にお住まいの限り、朝昼夕の食事の提供はさせていただきます。料理人が腕をかけて提供させていただきますので、お客様もきっと満足していただけるかと」
意訳、食事減らすからな、OK?
OKじゃねえ!
確かに、ここの食事は美味しいよ。
けど、私には量が必要なんだよ!
食事減らされたらどうやって分体の維持するんねん!
く、なんてこった。
このままじゃ、(分体が)餓死してしまう。
分体自身に適当な魔物を仕留めさせて食べさせるか?
イヤ、隠密潜伏中のやつにはそんなことさせられない。
それに、私が本格的に魔物狩りを始めちゃうと、生態系が狂う。
現に私のせいでエルロー大迷宮の生態系はかなり変わっちゃったし。
魔物が人を襲うっていうシステムの作りを、壊しかねない。
となると、最低限虫とか小動物を狩ることで分体を維持させるか。
それもあんまやりたくはないけど、背に腹は代えられない。
あとは、ブロウなるやつにその指示を撤回させて、元の食事量に戻してもらうか。
ブロウって、さっきのチンピラのことだよね?
指示を出せるってことは、この屋敷の主に縁が有るってこと。
やっぱり予想通りバルトの兄弟かなにかだったのかな?
魔族は見た目と年齢が一致してないことがあるし、もしかしたら息子って線もなくはない。
まあ、ブロウ某の正体なんてどうでもいい。
やつはしてはならないことをした。
私から、ご飯を取り上げるなんて、神をも恐れないとはよく言ったもんだ。
食べ物の恨みは恐ろしいということを教えてやらねばなるまい。
とはいえ、あいつの言い分も間違ってはいないんだよねー。
あいつから見ると私ってタダ飯食らいなのには変わらないし。
我ながら食い過ぎだって自覚はあるし。
仕方ないねん。
増えすぎた我が子を養うためにはいっぱい食べなあかんねん。
私が客人だからか、量は減らされても、屋敷から追い出されるとか、食事を出されなくなるってことはなさそう。
チンピラは私が魔王の関係者だって知ってるのかな?
知ってたらこんなことしなさそうだけど、どうなんだか。
少なくとも今回の件はチンピラの独断で、バルトには話通ってないでしょうね。
バルト、私にも魔王にも心底ビビってたし。
あれにこんな小さなことで私に逆らう度胸はないでしょ。
となると、一番手っ取り早い解決方法は、バルトに直訴すること。
そうすれば元の食事量に戻してもらえると思う。
けど、それをやるとチンピラの見る目が厳しくなりそう。
なんとなくだけど、ああいうタイプは権力者に対する反骨精神とか強そう。
偏見かもだけど。
私がバルトに頼ると、権力者に媚びへつらう寄生虫みたいな感じで見られるかも。
それは、癪に障るなあ。
こう、あのチンピラにギャフンと言わせた上で、堂々と食事の要求をしてやりたい。
それならば仕方ない。
あいつの要求通り、働いてやろうじゃないか。
私は屋敷の自室にこもった。
次の日、私は城に来ていた。
屋敷の執事さんにチンピラの居場所を聞いたら、普段は城にいるとのことだったので。
前にバルトに作ってもらった通行証のおかげで、城の中にはあっさり入ることができた。
けど、そのあとが大変だった。
チンピラへの面会を申し込むのに時間がかかり、実際に面会ができるまでの時間がさらにかかった。
朝に城を訪れたのに、チンピラと面会ができたのは日が沈んでからだった。
これだからお役所仕事は。
「何の用だ?」
その声には隠しきれない苛立ちと疲れがある。
こ、こいつ、仕事してやがる!?
私がチンピラの執務室に通された時、やつは見た目に全く似合わない、書類仕事の真っ最中だった。
チンピラのくせに、机にかじりついて仕事してるだと!?
チンピラの法則が乱れる!
「おい、こっちは忙しいんだ。黙ってないでさっさと要件を言え」
おっと。
衝撃の光景にちょっとばかし動揺しちまったぜ。
私は書類に埋もれているチンピラに、さらに大量の書類を追加してやる。
異空間から取り出した山のような書類を、ドカッと積み上げる。
「仕事した。ご飯ちょうだい」
端的に私の目的を話す。
「はあ?」
チンピラは眉根を寄せて唖然とした声を出す。
私と積み上がった書類を交互に見て、渋々といった感じで書類に手を伸ばす。
そして、そこに書かれた内容に目を通す。
そのうさんくさそうにしていた目が、徐々に見開かれる。
チンピラは寄りかかっていた椅子の背もたれから身を乗り出し、書類を食い入るように見つめる。
最初の一枚を見終わると、慌ただしく次の書類に目を通す。
驚くべきスピードですべての書類に目を通した。
「お前、これ、どうやって?」
書類を見終わり、少し放心したような声でチンピラが問いかけてくる。
それに素直に答える私じゃない。
自らの手の内を明かすわけないじゃん。
「秘密」
チンピラは私の返答に、軽く睨みつけ、けど直ぐにその視線を逸らした。
そして、頭痛をこらえるかのように頭を抑える。
「わかった。屋敷では好きにしろ」
チンピラは諦めたかのようにそう言った。
ふ、勝った。
「もういいか? お前のせいで余計な仕事が増えた」
いいですとも。
私としてもチンピラの相手なんかしてられないし。
さっさと退散する。
私が渡したのは、分体に探らせていた魔族領の情報の中で、使えそうなものをまとめたもの。
私ってばちゃんと仕事してるんだよー、アピールはこれで成功した。
これでチンピラも私のことをタダ飯食らい呼ばわりできまい。
悠々自適の生活を維持するためならば、私はなんでもしてやるわ。
前話のクイーンの話を微修正しました