224 大公爵
屋敷の主が帰ってきたのは、夜中になってからだった。
若い男だ。
けど、魔族は人族と違って長命だから、実際の年齢は見た目ではわからない。
若い見た目に対して、随分落ち着いた雰囲気なのを考えると、見た目よりだいぶ年を重ねているのかも。
「お久しぶりです。魔王様」
その男が魔王に対して膝をつく。
表面を取り繕ってはいるけど、その内心はかなり怯えているようだ。
耳をすませば男の乱れた心音が聴こえてくるし、鼻は緊張により発汗した匂いを感じ取っている。
残念魔王のくせにここまで畏怖されるなんて、なにしたんだろ?
「ご苦労さま。仕事忙しかったんじゃないの?」
「はい。ですが、魔王様が帰還なされたのならば、それを優先すべきと馳せ参じました」
にっこり笑って男に労いの言葉をかける魔王。
そんな魔王に驚き、訝しげな様子を見せる男。
あ、そっか。
この男が知る魔王は、残念魔王になる前の魔王なのか。
あー、そりゃ、こんだけ変化したらビックリするか。
残念になる前の魔王とはあんまり会話らしい会話もしなかったけど、雰囲気はガラッと違ってたし。
「じゃあ、知らない子達もいるから自己紹介してくれる?」
魔王が男に促す。
それに従って男が立ち上がり、頭を下げて自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります。私はこの魔族領首都の管理を任されております、バルト・フィサロと申します。以後、お見知りおきを」
「バルトは実質魔族のまとめ役をしてる大公爵だから、何かあったらこいつに頼るといいよー」
ふーん。
つまり、魔王を除けば実質魔族のトップってことか。
どうりでかなり強い気配をしてるはずだわ。
魂を覗いてみても、かなりの強さだってことが分かる。
まあ、うちの吸血っ子には及ばないけど。
それに、魔王が言う感じだと、政治的にとりまとめてるんであって、武力の頂点ってわけじゃなさそう。
だとすれば、魔族の中でも戦闘能力は低めなのかな?
そうなら魔族の総合評価を一段上げなきゃならない。
それぞれ自己紹介をする。
私は簡単に名前だけ告げた。
話は吸血っ子の学園入学に移り、バルトがあっさりそれを了承。
メラを軍に在籍させるのも問題なく処理してくれるそうだ。
ただ、魔王直轄というわけにはいかないらしい。
現在魔王直轄の軍なんて存在せず、編成しなおすには時間がかかるからだそうだ。
まあ、魔王今まで何年間もいなかったし仕方ないね。
そのため、メラは一時的に第四軍に配属されるようだ。
第四軍はバルトが直接指揮を取っており、主にこの魔族領首都を防衛する任務に就いている。
首都防衛の軍団なのに第一軍じゃないのは、第一軍は人族領との境に常に配備されているからだってさ。
そんでもって私だけど、私もとりあえずその第四軍とやらに仮配属されることになった。
といっても、実際に私がそこで活動することはほぼない。
あくまで形だけ。
私は私で好き勝手に動かせてもらう。
それは魔王に了承を得ている。
あんまり羽目を外しすぎないようにと釘を刺されたけど。
魔王が特別扱いしているせいか、バルトが私に興味を示しているのがわかった。
興味って言っても、あんま好意的な感じではないけどね。
探るような感じ。
んー?
こいつ、もしかして鑑定スキル持ってる?
なんとなく雰囲気でそんな気がした。
けど、鑑定をすると勘のいいやつにはバレる。
だから、面と向かって鑑定をするのはマナー違反だと魔王から聞いたことがある。
バルトも、私の勘の通りに鑑定を持っていたとして、それを面と向かって発動するのは控えてるのかな?
だとしたら、隠れてこっそり鑑定されることはあり得る。
ちょっと釘を刺しとくべきか?
私は鑑定なんかされても痛くも痒くもないけど、吸血っ子が鑑定されるのはあんまりよろしくない。
ちょっとだけ目を開く。
私の目を見たバルトがビクリと体を震わせる。
おーおー、ビビってるビビってる。
見た目のキモさに加えて、ちょっとばかし恐怖を感じるように小細工しておいたからね。
恐慌の邪眼とでも命名しようかな。
「見てるから、見ないでね?」
短くそれだけ言う。
我ながら意味不明の言葉だけど、それでバルトには通じたようだ。
冷や汗を浮かべながら頷いた。
その態度に満足して、目を閉じる。
バルトがあからさまにホッとした様子を見せる。
だらしない、とは言うまい。
同じく私の目を見ちゃった屋敷の侍女だとか執事だとかが泡吹いて倒れちゃってるし。
気を失わずにこうして立っていられるだけでも十分すごい。
ちょっと、邪眼の効果が強すぎたかな?
まあ、いっか。
こうして私たちは魔族の実質的なトップであるバルトという大公爵と顔を繋げることになった。
数日後、吸血っ子は学園に編入し、魔王は魔王城の中に、メラは第四軍へと配属されていった。
私は屋敷でそれを見送った。
当分はこの屋敷を拠点にしようと思う。
一応バルトに魔王城への立ち入り許可証を作ってもらい、いつでも中には入れるようにはしておく。
まあ、しばらくは一人で羽を伸ばして、ダラダラと活動しよう。
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「兄貴、屋敷に何しに戻ってたんだ?」
「ああ。お前にもそのうち紹介することになるだろうお方を迎え入れていた」
「誰だ、それ?」
「そのうち紹介することになる。嫌でもな」