鬼VS鬼⑥
なに、こいつ?
突如空から降ってきた黒い男。
全身を黒い鎧で覆った男。
いえ、どっちかというと、体が鎧で出来ているといったほうがいいのかしら?
あるいは、鋼殻と。
『鑑定不能』
男の正体は不明。
私が知る限り、この鑑定結果が表示されるのは、ご主人様だけ。
ご主人様と同類?
だとすれば、とんでもない化け物だということになる。
鬼人と私の間に降り立った男は、私に背を向けて鬼人と相対する。
地面が陥没するくらいの衝撃を伴って落下してきたというのに、片膝をつくことすらせず、仁王立ちをしている。
その背に、背筋が凍るような殺気をみなぎらせて。
鬼人が男のことを敵と認識したのか、刀を振るう。
それを、男はなんの構えをとることもなく、その身に受け入れた。
直後、砕け散ったのは鬼人の持つ刀の方だった。
見える。
術式感知のスキルによって、男に張り巡らされた結界が。
アリエルさんが使う神龍結界に似ている。
けど、違う。
男が体に纏う結界は、それよりももっと高度で、複雑な構成をしている。
私が理解できたのは、それが破格の性能を持っている結界だという程度で、どのような効果があるのか全くわからない。
鬼人が砕けた刀を放り捨て、空間から新たな刀を取り出す。
今度は再生したもう片方の腕と同時に、二刀で切りかかる。
それを、男は煩わしそうに腕をひとふりするだけで、砕いてしまった。
鬼人の腕ごと。
狂気に支配されているはずの鬼人が、絶叫を上げて一歩下がる。
その一歩を、男が無造作に歩いて詰め、鬼人の足をそのまま蹴り砕く。
鬼人が地面に転がる。
一連の流れは、ゆっくりと行われたように見えた。
男はゆっくりと腕を振って鬼人の刀と腕を砕き、のっそりと一歩前に踏み出し、軽く蹴り飛ばした。
そう、見えた。
それなのに、鬼人は避けることができず、ダメージを食らっている。
私の最大の攻撃を食らっても無傷だったあの鬼人が。
倒れた鬼人の頭を、男が鷲掴みにして持ち上げる。
止めを刺すつもりか?
冗談じゃないわ。
それは私の獲物。
いきなりやってきて横取りするんじゃないわよ!
手加減抜きの朱海を無防備な男の背に叩きつける。
膨大な赤い水の塊が、男の背に到達する瞬間、まるで霞のように消え去った。
「え?」
間抜けな声を出してしまったのは仕方がないと思う。
結界で防ぐにしても、もっと派手に、壁にぶち当たるような感じで防がれると思っていた。
なのに、朱海は結界に当たった瞬間、まるでそこに初めから何もなかったかのように、あるいは結界に音もなく飲み込まれるかのように、消え去ってしまった。
それならばと、鬼人に使うつもりでいた私の切り札を切る。
正真正銘、私の最後の切り札。
嫉妬。
相手のスキルを、強制的に使用不能にするスキル。
ご主人様には使うなと釘を刺されていたけど、今使わないでいつ使うっていうのよ!
「やめておけ」
いつの間にか、男が私の目の前に立っていた。
まるで、男が私に近づいてくる過程を抜かしたかのように。
いつ移動したのかわからない。
あるいは、さっきみたいにこの男はゆっくりと歩いて近づいてきたのではないかと思えるほど、自然な動作で男は私の前に立っていた。
「そのスキルは魂を侵食する。そこの鬼のように、己を見失いたくなくば使わぬことだ」
男の手がゆっくりと私の頭に添えられる。
ゆっくりと。
なのに、避けることができない。
まるで、金縛りにあったかのように、体が反応してくれない。
そして、男の手が頭に触れる。
それは、とても優しい手つきで、こんな状況だっていうのにとても安らげるもので。
溶けるかのように、私の意識は微睡みの中に消えていった。
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黒と呼ばれる管理者は気を失った少女の体を優しく横たえる。
そして、足を砕かれてなお立ち上がる暴走した鬼人に向き直る。
「ガアアァァアア!」
鬼人が吠える。
黒はその咆哮を聞き、顔を歪めた。
「貴様も、哀れな被害者、か」
歪んだ男の顔には、様々な感情が見え隠れする。
それは、一言では表せない、混沌としたもの。
「すまんが、腹癒せに付き合ってもらおう。殺しはしない。が、ただで見逃す気もない。許せとも言わん。巻き込んだのは我らなのだから」
そして戦いが始まる。
尤も、それは戦いとも呼べない、一方的な蹂躙。
鬼人が召喚する魔剣はどれもこれも男を傷つけることなく、まるで紙屑のように砕かれていく。
対して、男の攻撃は鬼人を確実に傷つけていく。
それは傍から見ると軽く叩いているようにしか見えないが、強化された鬼人の体を打ちのめし、骨を砕き肉を抉る。
ある程度傷つけたあと、しばらく放置する。
鬼人の回復を待つために。
そして、再生した鬼人の体をまた痛めつける。
その光景がしばらく続き、ついに鬼人の手持ちの魔剣がつき、再生が止まる。
スキルの再生も無限ではなく、ステータスに表記されない力を使っている。
その力が尽きた。
同時に、鬼人の体を突き動かしていた憤怒もまた、その効力を失う。
力なく倒れる鬼人。
男はそんな鬼人を見下ろし、深い溜息を吐いた。
「これで満足か?」
男が呟いた先、一匹の白い蜘蛛がジッと見つめていた。
「わかっている。この鬼を殺せば、私は貴様とDを敵に回すことになるのだろう?」
白い蜘蛛は何も言わない。
「そうでなくとも、これは被害者だ。私が感じるこの怒りは、誰にぶつけていいものでもない。だからこれは私の八つ当たりだ。本当にどうしようもない、ただの腹癒せだ」
自重するように呟く。
その呟きにも、白い蜘蛛は何の返事もしなかった。




