表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
334/600

鬼10 空虚

 目に付く全ての生き物を殺していく。

 動くものすべてが憎い。

 視界の端で揺れる木の葉にさえ苛立ちを覚える。

 剣神との戦いで、僕の理性はギリギリ戻った。

 けど、果たしてこれを戻ったと言えるんだろうか?


 一目見て無害だとわかるただの動物を切り捨て、その肉に貪りつく。

 これではただの理性なき獣と変わらない。

 いや、獣でも満腹の時には無駄な狩りを行わないだろうし、目に付くもの全てを殺している今の僕は、獣以下のただの外道。


 殺すのは動物だけじゃない。

 僕から逃げる人間もたくさん殺した。

 勇敢に立ち向かってくる男も、子供を庇う女も、庇われた幼い子供も、自らその身を差し出して時間を稼ごうとした老人も、全て殺した。


 僕は、なんでこんなことをしているんだろう?

 わからない。

 罪もない人々を殺すたびに、吐き気を感じる。

 けど、それ以上に殺意と怒気が上回る。


 殺せという声が頭の中で木霊する。

 怒りに任せてその言葉に従う。

 殺すたびに嫌な気分になり、それがそのまま苛立ちになり、殺意となって次の獲物を探す原動力になる。

 どん底にまで落ちていく負の連鎖。


 剣神を倒したことによって、僕はハイオーガからオーガジェネラルに進化していた。

 そこからさらに、殺戮を繰り返し、鬼人へと進化した。

 ジェネラルからの進化先で、オーガキングというものもあったけれど、僕はなんとなくこちらを選択していた。

 変化は劇的だった。

 それまで進化する事に大きくなっていっていた僕の体格が、一気に縮んで普通の人間サイズになった。

 それだけなら驚きも少なかっただろうけど、水に映りこんだ僕の姿を見た瞬間、僕は息を飲んだ。

 そこには、前世の僕の顔が映っていた。

 額に2本の角が生え、少しだけ精悍になったような印象があるけれど、それは紛う事なき昔の僕の顔だった。


 なんで今更。

 そんな感想が頭の中に浮かんだ。

 そして同時に、納得もした。

 ああ、そうか、僕は逆戻りしていたんだな、と。


 鬼人に進化して、禁忌というスキルのレベルが10まで上がった。

 そして得た禁忌は、僕の心をへし折るには十分な破壊力があった。

 胃液を吐き、がむしゃらに暴れまわり、より一層の殺意を持って、生きているものの殺戮を開始した。


 憤怒に支配され、ただ殺す日々。

 禁忌を得る前は、罪もない人々を殺すことに罪悪感を覚えながら、それでも自分の意思では止められないことに絶望していた。

 それが、禁忌を得てから、少しだけ心が軽くなった。

 殺戮に正当性ができたから。


 そんな自分の心情に、憤怒する。

 スキルによって齎される、仮初の憤怒ではない、心の底からの憤怒。

 何が正当性だ。

 そんなもの、後付けの理由でしかない。

 結局僕は、自分の仕出かした罪に、正義という免罪符をつけて言い訳をしているだけに過ぎない。

 禁忌の内容は確かに酷いものだったけれど、それで僕が殺戮をしていいなんて理屈にはならない。


 同じなのだ。

 前世の人間であった時と。

 僕は間違っていない。

 だから、暴力を振るってもいい。

 違うのは、暴力を振るったあとに、自分は間違っていないと主張していることくらい。

 本質は同じ。

 自分の正しさを盾にして、自分の罪を正当化していること。

 だから、姿が人間だった頃に近づいているのかもしれない。


 前世では、意思は正しく、暴力は罪だった。

 今世では、意思は罪で、暴力は正しかった。

 もう僕には、何が正しくて、何が正しくないのか、わからない。

 わからないのに、行動は止まらない。

 僕の意思も正しさも置き去りにして。


 誰か、僕のことを止めて欲しい。

 あのゴブリンの村に帰りたい。

 正しさも罪も考える必要のない、あの場所に。

 けど、もうあそこには何もない。

 誇り高い戦士も、厳しくも温かい家も、何もかも。


 それに、もう僕を止められるものなんていない。

 鑑定石で見れば、僕のステータスは憤怒を使わなくても、1万を越える大台になっていた。

 僕のことを止めに来た氷龍も、憤怒を使うことなく撃退することができた。

 ゴブリンだった時に、竜は山脈の中でも特に危険な魔物だと教わっていた。

 その竜の上位種である龍すら、僕のことを止められなかった。


 今の僕は目に付く全ての生き物を殺すだけの、ただの機械だ。

 そこに僕の意思はなく、空虚な中身のない怒りだけがある。

 殺し、喰らい、次を探す。

 それだけの存在。


 僕に生きる意味はあるんだろうか?

 剣神との戦いで、意識を取り戻さなかったほうが良かったのかもしれない。

 それだったら、本当の意味で何も考えることのない、ただの機械に成り果てることもできたのに。

 あるいは、剣神が僕を殺してくれていたならば。


 ああ、そうか。

 僕はもう、死にたいんだ。

 こんな世界で、こんな状態で生きていたくない。

 なんでこの世界はこんなにも苦しいのだろう?

 僕は、どうしてこんなに苦しい思いをしているんだろう?

 わからない。


 死にたい。

 なのに、自分の意思では死ねない。

 体は勝手に生存するための行動をとり続ける。

 獲物を追いかけ、殺し、喰らう。


 山脈を越えようとしている集団を追いかける。

 いつの間にか国堕としなんて称号があるし、山脈のこちら側では随分沢山の命を奪った。

 剣神の動きを思い出しながら動き続けたせいで、僕にも剣神の称号がついてしまった。

 その事実は、なんだかレイガー・バン・レングザンドを汚すかのようで、気分が悪くなった。


 山脈を越えたところで、追いかけていた集団を見失った。

 まあ、どうでもいい。

 殺したくて追っていたわけじゃない。

 むしろ、見失って良かった。


 だというのに、謎の集団に襲われた。

 前に戦った騎士たちとも、その前に戦った統一性のない戦士集団とも違う、魔法と弓を主体にした奇妙な集団だった。

 殺してみてから、妖精殺しなんて称号が増え、衣服を剥いで正体を確かめてみたら耳の尖った種族だった。

 地球だったらエルフと呼びそうな種族だ。

 何のために僕に襲いかかったのかは不明だけど、無駄死にだった。

 エルフはかなり強いけど、僕の敵ではなかった。


 もう、僕を殺せるものはいないのかもしれない。

 そう諦め始めても仕方が無かった。

 けど、諦めるにはまだ早かった。


 僕の目の前に、少女が立ちふさがる。

 その口は笑みを型どり、目は爛々と闘志を漲らせている。

 上品な装いと顔立ちからは想像できない、悪鬼羅刹のような気配だった。


 悟る。

 この少女は強い。

 僕を、殺せる可能性があるほどに。

 そして、僕は淡い期待を持った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なるへそ。 前世から『奴隷根性』で生きてた訳ね。 前世では『正義』の、 今生ではティムされて解放されたかと思いきや『怒り』が『主』に変わっただけで。 ……そういう『人生設計』を、転生させた…
[良い点] 血編に追いついた!! 激闘期待
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ