狭間の国
魔の山脈と呼ばれる、険しい山脈がある。
この山脈には3つの層がある。
第1層。
険しい山々で成り立ち、1年を通して雪に覆われた山脈。
そこに住む魔物は地上よりもはるかに強力。
危険度Cクラスの魔物が主流であり、風竜や氷竜なども生息している。
人族と魔族、双方の種族が魔の山脈と呼ぶのがこの第1層である。
第2層。
第1層の高い山脈を越えた先にあるそこには、何もいない。
ただただ高すぎる山が行く手を遮り、極寒の風が訪れた者を追い詰める。
目に付くのは雪と岩だけの世界。
運悪く第1層を抜け、第2層にたどり着いてしまったならば、自然という猛威が襲いかかってくる。
第3層。
魔の山脈の終点。
そこには、龍が鎮座する。
最後の守護者として。
魔の山脈は半円状に広がった山脈である。
上空から見れば、綺麗に3つの波のように見える山々の姿が見れる。
転生者が見れば、その山脈がプレートテクトニクスによる地殻変動によって引き起こされる、大陸の衝突によって出来た山脈なのではないかと予測できたかもしれない。
ただ、その予想は半分正解であり、半分が間違いであると言える。
魔の山脈は確かに大陸と大陸の衝突によって形成された山脈なのだが、その衝突した経緯はプレートの移動によるものではない。
とある人物が、意図を持って大陸を移動させ、別の大陸と繋げた結果として魔の山脈が出来上がったのだ。
その事実を知る者は本人以外にいない。
そして、魔の山脈が大陸と大陸の衝突によって出来たものであるならば、その先に広大な土地が広がっているはずである。
その事実を知る者もまた、人族領にも魔族領にもいない。
その土地に住む者だけが、その事を知っている。
魔の山脈に半分を囲まれ、もう半分を海に囲まれた陸の巨大な孤島。
広さはおよそ157万平方キロメートル。
地球で言うところのモンゴルと同じ程度の広さ。
大陸と呼ぶにはいささか狭いが、1つの国としては十分な広さがあると言える。
その国には名前が無い。
あえて言うとすれば、人族にも魔族にも属さない、その両方から独立した狭間の国とでも呼ぶべき国。
狭間の国が存在することを、人族も魔族も知らない。
魔の山脈を越えることができず、海を渡ることもできないがゆえに。
同様に、狭間の国の住人もまた、この国から出ることはできない。
が、彼らは人族領と魔族領のことを知っている。
狭間の国の住人はその地理の性質上、完全な自給自足を求められる。
そのため、主な産業は農業と畜産業となる。
その他の産業もまた、生活必需品に割り当てられている割合が多く、嗜好品の類は非常に少ない。
そして、何よりも特筆すべき特徴が、戦闘を想定した武器作りや、それを専門とした職人が少ないこと。
魔物という生きとし生ける物すべての敵とも言うべき存在が跋扈するこの世界において、武器防具は必需品である。
が、それは狭間の国においては当てはまらない。
狭間の国には、魔物が存在しないからだ。
魔物が発生するメカニズムは、普通の動物と変わらない。
何もない場所からいきなり発生するわけではない。
時折ダンジョンと呼ばれる場所が発生し、そこから湧き出すことはあるが、そういった例外を除けば生物として真っ当な方法で繁殖するものがほとんどだ。
であるならば、もとより増えるべき魔物が1匹たりとも存在しなければ、増えようがない。
さらに、外から侵入してこれなければいい。
狭間の国は、そんな魔物がいない環境を作り上げていた。
狭間の国に生息する動物は、魔物とは呼べない気性の大人しいものばかり。
肉食の動物もいるにいるが、それも魔物ではない。
動物と魔物では、明確にその存在は違う。
魔物がいないため、戦う必要がほとんどなく、それゆえに武器防具が作られず、戦う者もいない。
それが、この世界で奇跡を体現するかのような国の姿だった。
奇跡はそれだけではとどまらない。
狭間の国に暮らす人々もまた、奇跡と呼べる。
もしこの国の住人を片っ端から鑑定すれば、驚くべき事実を知る事になるだろう。
この国では、歴史上常に争い続けてきた、人族と魔族がともに暮らしているという事実を。
それどころか、それら2種族が結婚し、ハーフの子供さえいる。
むしろ、純粋な人族と魔族の方が少ないほどで、この国の住人のほとんどは人魔両方の血を受け継いでいる。
争い続けた種族が手を取り合い、平和に暮らす国。
狭間の国は、そんな奇跡の国だった。
女神がそう望み、その望みを叶えようとした男が作り上げた、理想の国がそこにはあった。
しかし、その国にかつてない危機が迫っていた。
人族に全てを奪われ、今また人族によって魔の山脈に追い込まれた1匹の鬼が、魔の山脈の第3層に到着していた。
ろくに食料もない、極寒の第2層を越えて。
生きるか死ぬかの極限の状況に陥った鬼は、守護者たる氷龍の警告を無視。
そもそもその話を全く聞いていなかった。
死の淵に立った鬼にもはや理性はなく、ただ目の前の龍すら、食料にしか見えていなかった。
憤怒に支配され、ただ殺し、喰らうだけの、ただの鬼と化していた。
氷龍は半身を失うも、からくも狂える鬼から逃げ延びる。
己の主に、恐るべき存在が狭間の国に近づいている事を伝えるために。
そして鬼は、山脈を越える。




