教皇と忍者
「そして、オーガは魔族領へと消えて行きました。めでたしめでたしってね」
「めでたくなどない。結局オーガを仕留めたわけではないからな」
私は目の前の少年にそう告げた。
その様子を伺う。
少年は呑気に菓子を頬張っている。
その姿は歳相応に見えるが、中身は見た目と一致していないはず。
なにせ、この少年は転生者なのだから。
「それで、君から見てあのオーガは転生者だったのかな?」
「わかんね。だって、話しかける前に攻撃されちゃったし」
少年、現在の名前がサジン、前世の名前が草間忍という。
サジンには「忍者」というユニークスキルがあり、諜報や暗殺に特化した能力を有していた。
であるから、私は同じ転生者の疑いがあるオーガに、サジンを接触させていた。
結果は、交渉失敗。
どころか、交渉にすらならなかったという。
「危うく殺されるところだった。あいつ本当に転生者なのかよ?」
「それを確かめるために君に接触してもらったんだがね」
帝国の魔族領との境付近に現れた特異個体のオーガ。
通常のオーガをはるかに上回る戦闘能力と、罠を仕掛けて冒険者を殲滅してみせた知恵、何よりも魔剣を作り出すという未知なるスキル。
それら断片的な情報だけでも、オーガが転生者である可能性は高いと言えた。
転生者はサジンの持つ忍者のスキルのように、何かしら他にはないユニークスキルとも言うべきものを生まれながらにして持っている。
そのスキルと、未だ効果の判明していない謎のn%I=Wのスキル。
この2つが転生者である証。
私がその事実に気づいたのは、サジンの存在が大きい。
サジンは神言教の中でも私の直轄する暗部の部下の息子として生まれてきた。
他の国では貴族は一定の年齢にならない限り、鑑定をしないのが普通だが、暗部に生まれてきた子供は早々に鑑定を済ませ、定期的に能力を測っている。
生まれたばかりの子供の状態を把握するためにも、鑑定を行ったのだが、その時にサジンの異常さが露見した。
普通はありえない、生まれながらにして大量のスキルポイントを持って生まれたこと。
そして、スキルを生まれながらに2つも所持していたこと。
しかも、2つとも見たこともないスキルであったこと。
私はすぐさま支配者権限を行使し、そのスキルの詳細と、他にも同様のスキルを持った存在がいないかどうかの確認を行った。
結果、我が国だけでもn%I=Wのスキルを持った赤子がサジン以外に2人もいることが判明した。
そのうちの1人が教会に捨てられていたのは何かの運命だったのかもしれん。
教会には私の直属の部下を配置し、監視と護衛を命令した。
同時に、もう1人にも監視と護衛を密かに付けた。
思えば、この時に既に私は何らかの予兆を感じ取っていたのやもしれぬ。
それは、エルフの長であるポティマスがn%I=Wのスキルを持った子供を引き渡せと要求してきた時に、確信に変わった。
このスキルを持った子供はなにか世界に大きな影響を与える存在であると。
エルフが動くということは、それほどのことなのだ。
奴らは些事では動かない。
奴らが動くとき、それは世界が大きく動くとき。
n%I=Wを持つ子供にはそれだけの価値があると。
そして、それはサジンが片言ながら、話ができるようになったとき判明した。
サジンの口から語られた転生者というもの。
衝撃だった。
異世界の人間がこの世界で生まれ変わる。
そんなことがあるのかと。
考えられるとすれば、上位管理者の存在。
黒龍様よりもさらに上の存在である、システム構築者。
Dという記号のみしか知らぬ、遥か高みにいる存在。
転生者はその方の意思によって、この世界に送り込まれてきたのではないか。
そうとしか思えなかった。
でなければ、システム上生まれながらにスキルとスキルポイントを持っている存在などありえない。
それが意図せずに生まれたのだとすれば、システムに重要な欠陥が生じてしまったことになる。
それはこの前に会った黒龍様の様子を見ればありえない。
そんな重大な問題が起きていたのであれば、あの方が放置しているわけがない。
「ジジイ、トリップすんなよ」
「おっと、すまんな。考え事をするとつい周りのことが疎かになる」
いかんいかん。
今はオーガの話だったか。
「転生者か否か。いずれにせよ、オーガがその調子では始末するより他なかろう。人の手に余るようであれば魔族に押し付けるという帝国の判断は間違っていないだろう」
「どうだか。あのオーガやべえって。あんなん殺せるのかよ?」
「報告では帝国でも指折りの使い手2名による強襲でも殺せなかったようだな。が、逃げたということはそれなりに追い詰められていたのだろう。殺せぬ化物ではないということだ」
尤も、今の段階であればの話だが。
転生者の成長速度は異常の一言に尽きる。
サジンを見ていればよくわかる。
もともと生まれながらにして高いスキルポイントにユニークスキルを持ち、さらに精神的に成長しているため、普通の子供よりも飲み込みが早いのが原因か。
まだ幼児であるというのに、特殊な訓練を積んだ大人と同程度の能力がある。
このまま成長していけば、通常の人族では太刀打ちできないほどの力を得るだろう。
同じことが、オーガがもし転生者だった場合、言えるのではないか。
しかも、成長の度合いはサジンの比ではない。
現時点で帝国の指折りの使い手から逃れるだけの実力を持つ。
帝国の精鋭ならば、1人で危険度Bクラス相当の魔物さえ倒して見せるだろう。
それが叶わなかったということは、オーガの危険度は少なく見積もってAクラス。
今後の成長を考えると、時間を置けば置くほど危険かもしれんな。
「魔族が始末してくれれば言うことはない。できれば魔族に打撃を与えた上で討伐されてくれればいいのだが」
「そう都合よく行くかねえ?」
「行かなかった場合はその時はその時。オーガの件はそれまで。私たちは私たちの案件を処理するとしよう」
「おう。敵さん、釣り餌にかかったぜ」
「それは行幸」
「あとは、荻原がうまくやってくれる事を祈るのみだ」
私が保護した転生者は2人。
サジンと、ユーリーンという名の孤児。
そして、もう1人、荻原健一、現在の名前がウギオという少年を監視下に置いていた。
私はこのウギオに密かにコンタクトを取り、諜報の技術を伝授していた。
そして、一家が国外に引越しをするという体をとって、国外に追い出した。
隙を見せるために。
監視がいなくなったウギオを、エルフが拐った。
半分失敗することが前提の賭けだったが、どうやらエルフはよほど転生者に執着しているらしい。
こちらの息が吹きかかっている危険性を承知の上で拐ったとしか思えなかった。
こちらにとっては好都合だが。
「うまくいってくれるといいのだが」
エルフの内情を探るためとはいえ、ウギオには危険な橋を渡ってもらうことになる。
もしものことがあった場合、少々後味が悪くなるな。
「オギならそつなくこなすっしょ」
サジンの軽い口調に気が抜けたが、私はもう1人の転生者がうまくエルフの内側に潜り込んでくれることを祈った。