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S3 ファンタジー

 俺は今、足元に広げた図鑑を眺めている。

 そこには色々な生物が載っている。

 地球では見たこともないような異形のイラストが、その図鑑にはリアルなタッチで描かれていた。

 魔物と呼ばれる、この世界に生息する害獣だ。


「これはゴブリンですね。ゴブリンは緑色の肌をした、人族の子供くらいの大きさの人型の魔物です。人型ですが知能は低く、スキルも持たないうえに、ステータスも低いので弱い部類の魔物とされています。ただ、レベルが上がるとスキルを得ていたり、中には武器を使ったりする個体も出てきますので、油断はできません」


 俺の横に座り込んだ侍女のアナが、図鑑に載った魔物の説明をしてくれる。

 アナは二十代くらいと若く見えるが、その実見た目の倍近く生きている。

 昔は魔法使いとして魔物とも戦ったことがあり、その知識は実際に自分の目で見たもののため、図鑑に載っていないようなことも教えてくれた。

 

 アナの反対側には、妹のスーが俺の真似をして図鑑を覗き込んでいる。

 スーはこの頃俺のすることを真似したがる。

 俺と違って、まだ言葉もたどたどしいので、アナの言葉はほとんど分かっていないだろうに。

 俺が真剣にアナの話を聞いているから、自分も聞かなきゃいけないとでも思ってるのかもしれない。


 そのいじらしい姿が可愛かったので、頭を撫でてやる。

 水色の髪の毛がサラサラと気持ちいい。

 スーは頭を撫でられて嬉しそうに笑った。


 その姿を、アナと、扉の近くに控えたもう一人の侍女、クレベアが微笑ましそうに眺めている。

 最初のうちはそういうふうに見られると気恥ずかしかったけど、今ではもう慣れた。


「殿下と姫様は本当に仲がいいですね」

「うん!」

「はぁい!」


 アナの言葉に俺とスーは同時に答える。

 その答えにアナの微笑みがより一層深くなる。

 俺も幼い子供の振りが上手くなっったもんだ。


 視線を図鑑に戻す。

 アナは俺がまだ文字を読めることを知らない。

 だから絵を見て楽しんでると思っているんだろうけど、俺はもうこの国の文字が読めるようになっていた。

 図鑑はイラストが中心で、魔物の説明文は簡単なものしか載っていなかった。

 だからこそ、アナの話はためになった。


 けど、アナの話を聴けば聴くほど、この世界の非常識さが際立ってくる。

 そもそも、真面目な話をしてるはずなのに、スキルだのステータスだのレベルだの、ゲームみたいな単語が出てきすぎだ。

 

 この世界はまるでゲームのようだ。

 実際にこの世界で生きている以上、ゲームだとは思えないけど、それでもゲームのようなシステムが存在することに変わりはない。

 

 スキルとは、魂から引き出し、一定の力として形作られた技能のことを言うらしい。

 ステータスとは、そのまま能力値を表す。

 レベルとは、その生命が積み上げた力の数値。


 それっぽく説明されているが、前世のゲームを知る身としては、どれも安っぽく聞こえる。

 けど、この世界ではそれがあるのが当たり前で、こんなふうになんでそんなものがあるのかと、疑問に思うことさえない。

 俺もかなり違和感があるが、そういう世界なんだと納得するしかなかった。


 図鑑のページをめくる。

 次のページに載っていたのは、巨大な狼のイラストだった。

 大きさの比較のためか、人がその足元に描かれている。

 一瞬縮尺がおかしいんじゃないかと思ったが、アナの説明がそのサイズの正しさを語った。


「これはフェンリルですね。神話級の魔物で、その大きさは山のようで、以前出現した際には砦を一噛みで半壊させたとか。さすがに私も実物を見たことはありません」


 それはそうだろう。

 こんな巨大な生物、魔物というよりかは怪獣だ。

 こんな巨大な生物が居るなんて、この世界は想像以上におかしい。

 そもそもこんな巨体、どうやって支えてるんだ?


「ねえ、どうやってたってるの?」


 俺の質問に、アナはキョトンとする。

 言葉が足りなかったかな。


「こんなおおきいとおもいんじゃない?」


 それでアナは俺の質問の意味に気づいたらしい。


「それは、口で説明するよりも見てもらったほうが早いかもしれませんね。クレベア」


 アナがクレベアを呼び寄せる。

 クレベアはアナと同じように、元はこの国の女性騎士として働いていた侍女兼護衛だ。

 魔法使いで細身のアナと違い、その体は男にも見劣りしないほどがっちりと鍛え上げられている。


 アナとクレベアは何かをコソコソと打ち合わせしたあと、互いに距離を取って立った。

 クレベアが片手を開いて前に突き出す。


「では行きますよ。『火球』」


 アナがクレベアに向かって魔法を使った。

 『火球』の魔法は、その名のとおり小さな火の玉を相手に撃ち出す下級火魔法だ。

 威力を抑えられたのだろう火の玉は、クレベアの突き出された手に命中する。

 スーが驚きに固まっている。

 俺もいきなり魔法が飛び出すとは思わなくて、ちょっとびっくりしてしまった。


 そんな俺たちの様子に、アナとクレベアはいたずらが成功したと言わんばかりに笑っている。

 なんとなくムッとしてしまう。


「て、て、いたい?」


 スーがしきりにクレベアの手を気にする。


「ええ。ちょっと熱いですけど、大丈夫ですよ」


 女性にしては太い、力強い声でクレベアがそれに答える。


「今見てもらったように、ステータスが高いと、それだけ頑丈になるんですよ。ですから、巨大な魔物でも自重で潰れたりするようなことはありません」


 俺は気になってクレベアの掌に触れてみる。

 剣を持つ人間特有の、ちょっと皮の硬くなった感触がした。

 けど、火球を受けて無傷でいられるほどの硬さがあるようには感じられなかった。


「殿下、防御力が上がるというのは、必ずしも硬くなるというわけではないんですよ」

「そうなの?」

「ええ。硬くなるというよりかは、傷つきにくくなるという感じですかね。私はそれほどではありませんでしたが、歴代の勇者様くらいになると、普通の剣では切りつけても傷がつけられなかったと言われています」


 俺の疑問に、クレベアが丁寧に教えてくれる。

 しかし、傷つきにくくなるとか、細胞間の結合力でも変わってくるんだろうか?

 いや、こんなファンタジーな世界で、地球の常識を持ってくる方がお門違いなのかもしれない。

 俺は心の中のもやもやした気持ちをひとまず棚上げした。

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