血19 中も外も危険
街での滞在期間が過ぎた。
結局私は宿屋から1歩もでることなく、その街を去ることになった。
赤ん坊が街の中を歩き回ることなんてできないし、私自身も出歩く気がなかったし。
アリエルさんと白織はちょくちょく出かけていたけど、その度に白織が白い蜘蛛を召喚しておいていった。
その白い蜘蛛が魔法を発動させる。
これは白織からの命令で、宿屋にいるあいだに魔法を覚えろと言われた。
蜘蛛の発動する魔法を見て覚えろというのだ。
無茶振りにも程がある。
発動するのは闇の魔法。
どうやら私は氷と水の適性が最も高く、次に闇の魔法が適性があるそうだ。
じゃあ、氷か水の魔法を覚えるべきなんじゃないかと思うんだけど、白織は氷も水も両方とも使えないということで、次に適性の高い闇を覚えることになった。
白織は真っ白な外見をしながら闇の適性が1番高いらしい。
外見詐欺のような気もするけど、それを言ったら流水が苦手っていう設定があるはずの私が水の適性が高いのも変だし、あんまり突っ込んじゃいけない部類なんだと思う。
街には初日を含めて4日いたけれど、私は結局闇魔法の習得はできなかった。
もし習得できたとしても、スキルとして手に入るのは闇魔法の下位互換の影魔法だったらしいけれど。
下位互換というよりかは、アリエルさん曰く使えないゴミ魔法なんだそうだ。
けど、スキルレベルを上げていくと闇魔法に派生して使えるようになるとのこと。
どうしてそんなゴミ魔法を習得させようとしているのか、疑問が尽きないわ。
そもそも、スキルもなしに見よう見真似で魔法を発動させるなんてできるはずがないじゃない。
初めから無理なのに、やらせるなんて、無駄なことにしか思えない。
だっていうのに、サボろうとすると蜘蛛が容赦なく急かしてくるので、必死こいてやらないといけないし。
あの蜘蛛、私がちょっとでもやる気がない素振りをするだけで、弱めの魔法を撃ち込んでくるんだもん。
魔力感知と魔力操作のスキルレベルが上がったから、確かに全くの無駄ってわけじゃないけど。
新しく術師と護法というスキルも獲得したし。
けど、だったらもっと効率のいいスキルの伸ばし方があると思う。
昼間はそうやって蜘蛛にいじめられ、夜は夜で酷い目に遭う。
夕飯を食べ終えると酔っ払った白織に毎回絡まれるのだ。
あいつ、とんでもなく酒癖が悪い。
しかも、酔っ払うとキャラがガラッと変わるから始末に負えない。
特に辟易とさせられるのが変態的なセクハラまがいのことだ。
あいつ、私の体を舐めてくるのだ。
宿にお風呂があるからいいものの、唾液まみれにされてベタベタにされるのは勘弁して欲しい。
どうして舐めてくるのかは不明。
酔っている時の白織は会話が成立しないので、聞いても「美味しそうだから」なんてふざけたことしか言わない。
その度になんだかものすごい寒気がするけど、きっと気のせいよね。
私はそんな感じでろくなことがなかったけど、街の滞在中にメラゾフィスが吹っ切れたみたい。
私が寝ている間にでも、アリエルさんがアドバイスでもしてくれたのかもしれない。
顔色はまだ元には戻っていないけど、目には活力がある。
本当は主人である私がどうにかすべきだったんだろうけど、どうすればいいのかわからなかっただけに、こうして立ち直ってくれたのは素直に嬉しい。
あとは、食事が毎回やたら美味しかったことくらいかな。
後で聞いてみたところ、全部アリエルさんが作っていたらしい。
あの毒料理を出していた人が、と思わなくもないけど、実際美味しいのだから仕方がない。
街から出た私を待っていたのは、やっぱりというか、地獄のような行脚だった。
ええ。
なんとなく予想はしていたわ。
白織がまともなコースを選ぶはずがないって。
あいつはわざわざ街道から外れて、道なき道を進んでいったのだ。
もちろん私たちもそれについていく羽目になり、草原に始まり、森、山と、険しい道を進まされることになった。
そんな場所を通りながらも、魔物はアリエルさんの力で寄ってこなかった。
威圧系のスキルを使って魔物を追い払っているそうなのだ。
けど、私はその影響を受けていないと思ったら、恐怖耐性があるおかげで抵抗に成功しているかららしい。
メラゾフィスに聞いてみると、彼も恐怖耐性がこの旅の間に上がったという。
それでも抵抗に失敗しているそうで、道中はアリエルさんに怯えながら過ごしているらしい。
そんな素振りをしていなかっただけに、ちょっと驚いた。
「お嬢様にご心配をおかけするわけにもまいりませんから」
と、苦笑交じりに言っていた。
「これまでいらぬことでご心配をおかけしていましたが、もう私は大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
とも、吹っ切れた様子で語っていた。
メラゾフィスがどうやって気持ちの整理をつけたのかはわからないけど、詳しくは聞かないことにした。
きっと、私が聞いていいことじゃないと思ったから。
愛する人の忘れ形見が、実は転生者で吸血鬼なんていう訳のわからない存在で、自分自身も吸血鬼になってしまう。
そんな人の気持ち、同じことを経験でもしない限りわかるわけがない。
きっと、ものすごく複雑な感情が渦巻いていたんだと思う。
私自身、人に何かを言えるほど高尚な精神の持ち主ってわけじゃない。
それどころか、心の弱さなら誰よりも弱いとさえ思う。
だから、いつか本人の口から語ってくれれば聞くけど、私からメラゾフィスに聞くことはしない。
それよりも、どうしてわざわざ鬱蒼とした森の中を進まなきゃいけないのか、その理由の方が知りたいわ。




