血13 嫉妬
「まあ、今後どうするかは君次第だね。まだ幼いんだし焦る必要はないさ」
アリエルさんの言葉に頷く。
そうよね。
前世があるから忘れがちだけど、私ってまだ赤ん坊なのよね。
人生これからなんだもの。
まだまだ時間はあるわ。
吸血鬼だし人間より寿命も長いかもしれないし。
「それで?これからどうするつもりだい?私たちと一緒に来るなら歓迎するし、人族の領域に残るって言うなら、それはそれで多少は面倒見るけど?あんまおススメはしないけどね」
そうだ。
このあと私たちはどうしよう?
帰る家は、もうない。
神言教とエルフが何故か私のことを狙っているらしいから、追跡を掻い潜らなきゃいけない。
でも、エルフは知らないけど、神言教は人族の間で広く信仰されている。
その分勢力圏も広い。
むしろ、女神教の勢力圏以外は全て神言教の範囲だと思ったほうがいいかも。
その女神教ももう私を保護してはくれない。
むしろ、私が生きていることを知られたら、喜んで神言教に差し出しかねない。
女神教にも神言教にも追われる立場。
人族の生活圏にいる限り、いつも気を抜けないことになる。
それに、私とメラゾフィスは吸血鬼であることを隠さなきゃいけない。
今までは私1人で、しかも赤ん坊だったから疑われることなく生活できてたけど、今後はそうもいかない。
私は血を日常で吸ったことなんてないけど、それも成長したら吸わないとダメになるのかもしれないし。
今は赤ん坊だから血を吸わなくても大丈夫だとか。
そうなると、メラゾフィスは血を吸わないといけなくなる。
アリエルさんの言うとおり、このまま人族の領域に留まっているのは、あまりよくない。
隠れて生活することはできると思う。
けど、逃亡生活はそれだけでストレスになるし、些細なミスから破滅を迎えることもある。
けど、だからと言って、アリエルさんと一緒に魔族領域に行くのはどうなんだろう?
アリエルさんは、信用できると思う。
短い付き合いだけど、裏表のない人で意外と頼りになる、と思う。
けど、アリエルさんは信用できても、白織は信用できないし、魔族が信用できるわけもない。
魔族の中で吸血鬼がどういう扱いなのかは知らないけど、元人族の吸血鬼が受け入れられるのか?
そもそも、魔族ってどういうものなのか?
私は見たこともない相手を信用できるほどお人好しじゃない。
ただ、それ以外の選択肢がない。
アリエルさんは私次第と言って、選択権をくれているけど、取れる道は限られている。
ここでアリエルさんの申し出を断れば、待っているのは過酷な逃亡生活。
メラゾフィス以外誰にも頼れない状況で、いつ来るかもわからない刺客に怯えながら生活しなきゃならなくなる。
それは、きつい。
そもそも私はまだ赤ん坊なんだから、せめてあと数年は誰かに庇護してもらわないといけない。
メラゾフィス1人に負担がかかりすぎる。
あまり考えたくないけど、その状況でもしメラゾフィスに何かあれば…。
『アリエルさんたちは、このあとどうするんですか?』
「私たちはのんびり魔族領に帰るよ」
『じゃあ、付いて言ってもいいですか?』
「お、決断したかい?」
『いえ。まだ迷ってます。なので、とりあえず人族領と魔族領の境まで、ということにしてくれませんか?そのあとのことは、その時に決断するということで』
我ながら中途半端な結論だと思う。
問題の先延ばしとも言う。
けど、今まで人族として生きてきたのに、いきなり魔族領に行く、という決断はできなかった。
「いいよいいよー。むしろノリだけで決断しない分慎重でいいと思うよー」
笑って了承してくれたので、ホッとする。
私の申し出は、とりようによってはとても失礼に聞こえるから。
要は信用できないので様子見します、と言っているようなものだもの。
「まあ、こっから魔族領までは長い道のりだし、その旅の間に答えを出せばいいよ」
私の内心を見透かすように、優しく答えるアリエルさん。
なんとなく居心地が悪くなる。
自分の器の小ささを見せ付けられるみたいで。
ああ、やっぱり転生しても私はあんまり変わってないんだ。
器の話だけじゃない。
私は他人が自分より優れていると、どうしても言いようのない劣等感と、胸の内に燻ぶる嫌な感情を抱いてしまう。
その嫌な感情の名前は、嫉妬。
どうして私はこうなのに、相手はああなんだろう。
相手が優れていたり、都合が悪かったりすると、ついそんなことを考えちゃう。
生まれ変わって、いい家に生まれて、人生これから!
それなのに、自分は吸血鬼で、戦争に巻き込まれて、家族も家も失い、危うく死にかけて。
どうして私ばっかり!
前世であれだけ酷い目にあったんだから、2度目の人生くらいいい思いしてもいいじゃない!
誰にもぶつけられない行き場のない怒り。
溜まりに溜まったその感情は、前世でもっとも嫌いだった相手が目の前に現れたことによって、激し嫉妬へと胸中で変貌した。
私が不幸のドン底にいるっていうのに、あいつは涼しい顔をしていた。
わかってる。
これはただの八つ当たりだって。
みっともないし、無様な行為だって。
仮にも命の恩人に抱くような感情じゃないって。
でも、割り切れない。
感情が整理できない。
だからだろう。
私はいつの頃からか、「羨望」なんてスキルを獲得していた。
それは日を追うごとにレベルが上昇していき、今ではレベル7まで上がっている。
神の声が羨望のレベルが上がる通知をするたびに、まるで私の醜い内心を暴露されているかのような気がして、余計に苛立った。
「白ちゃんのこと、教えてあげようか?」
あいつのこと?
「どうせ自分からは何も言わないだろうからね。教えてあげるよ。白ちゃんのこと」
別に知りたくはなかった。
けど、何故か私は、その話を聞かなきゃいけない気がした。