血9 従者
メラゾフィスの血を吸う。
吸血鬼としての本能が、どうすればいいのか教えてくれる。
今までに味わったことがない、甘美な潤いが喉を通る。
全て飲み干してしまいたい衝動を抑え込み、力を送り込む。
メラゾフィスの体が大きく痙攣し、私の力を受け入れていく。
その身を、新たに作り替えていく。
《熟練度が一定に達しました。スキル『吸血鬼LV1』が『吸血鬼LV2』になりました》
《条件を満たしました。称号『始祖』を獲得しました》
《称号『始祖』の効果により、スキル『眷属支配LV1』『状態異常耐性LV1』を獲得しました》
《『睡眠耐性LV4』が『状態異常耐性LV1』に統合されました》
《熟練度が一定に達しました。スキル『状態異常耐性LV1』が『状態異常耐性LV3』になりました》
牙を抜く。
同時に、青白い顔をしたメラゾフィスがゆっくりと起き上がる。
背中の傷はいつの間にかふさがっている。
こっちの様子に気づいた男の1人が駆けてくる。
振り下ろす短刀。
それを、メラゾフィスは自分の腕で受け止めた。
肉に突き刺さり、骨を砕き、刃がメラゾフィスの腕を貫通する。
それを気にもとめず、メラゾフィスは男の顔面を殴りつけた。
メラゾフィスの拳が男の顔面を捉え、そのまま壁に叩きつける。
壁と拳の間に挟まれ、フードに包まれた男の頭が潰れる。
同時に、メラゾフィスの拳も、自分自身の力に耐えられずに砕ける。
メラゾフィスが砕けた手で息絶えた男を持ち上げる。
その首筋に噛み付く。
私の位置からでは背を向けているから見えないけど、襲撃してきた男たちからは、メラゾフィスの喉が血を嚥下しているさまが見えたことだろう。
異様な空気に飲まれたかのように、動きが止まる。
そんな中、唯一人メラゾフィスだけが動く。
腹が満たされたのか、男の死体を投げ捨てる。
そして、吠えた。
それは、人のものとは思えないような、身の毛もよだつ叫びだった。
男たちははっきりと顔に恐怖を浮かべる。
メラゾフィスが硬直する男たちに、吠えながら突進していく。
一番近くにいた男が、我に返って迎撃する。
男の剣がメラゾフィスの腹を切り裂く。
が、止まらない。
メラゾフィスは腹を切り裂かれながらも、男の顔面を殴り飛ばした。
男の体が吹き飛び、別の男に激しく衝突する。
その首はありえない方向に曲がり、殴られた箇所は見るも無残なことになっている。
けど、そこまでだった。
腹を切り裂かれ、両方の拳を潰し、それでもメラゾフィスは男たちに立ち向かおうとした。
「いつまで遊んでいる?」
メラゾフィスの体が、宙を舞った。
魔力が働いたことを見るに、おそらくは風の魔法。
新たに現れた人物、路地の奥側にいた男たちと同様のフードをかぶった女の仕業だ。
凄まじい衝撃で吹き飛ばされたメラゾフィスの体が、地面に激しく叩きつけられながら私のすぐそばに転がってくる。
いくら吸血鬼化しても、メラゾフィスはもともと平凡な力量しか持たない。
従者としてある程度の力はあるものの、戦闘を生業にしている人間と比べるとどうしても劣る。
毎日素振りをして鍛錬しても、地力が違う。
レベルという地力が。
従者であるメラゾフィスは冒険者や兵士と違って、魔物と戦う機会は少ない。
その分レベルが低い。
どんなに鍛錬を積もうと、レベルの差は埋まらないし、実戦経験の差もある。
何よりメラゾフィスの本職は従者であり、戦闘は専門外なのだ。
本職の人間にはたとえ同じレベルだったとしても勝てないだろう。
吸血鬼化し、己の身を顧みない特攻をしても、その結果は覆らなかった。
倒れたメラゾフィスと、私の目が合う。
メラゾフィスの目は、虚ろだった。
その虚ろな目に、私の姿が映り込む。
恐怖に怯え、酷い顔をした私の姿を。
ハッとした表情を見せるメラゾフィス。
その目に徐々に活力が戻ってくる。
ボロボロの体を、気力だけで立たせる。
新たに現れた女が、元いた男の半数、路地の手前側にいた男たちを昏倒させる。
「吸血鬼か。まだ成り立てでステータスは低めなようだが、成長されると厄介だな」
女が感情の窺えない乾いた声で話す。
「始祖は、そこの赤子か」
「いかがいたしますか?」
「殺せ」
《熟練度が一定に達しました。スキル『恐怖耐性LV1』が『恐怖耐性LV2』になりました》
あっさりと放たれた言葉に戦慄する。
「よろしいのですか?」
「オカには戦乱に巻き込まれて間に合わなかったと伝える。吸血鬼は生かしておくと後々厄介なことになりかねん」
「わかりました」
男たちがメラゾフィスににじり寄る。
メラゾフィスは立っているだけで限界なはずだ。
「お嬢様には、手出しさせん」
だというのに、この男は立ち塞がる。
「大人しくしていれば楽に死なせてやるものを。なぜその小娘にそこまでする? それは世に災厄を齎す吸血鬼だぞ?」
女が問いかける。
「そんなことは関係ない。お守りすると、そう約束したのだ。そう、託されたのだ」
メラゾフィスは即答する。
「くだらんな」
「イヤイヤ。なかなかに骨のあるいい男じゃないか」
心底くだらないと思っているかのような、何も感じていないかのような声。
それに続く、この殺伐とした場にはそぐわない陽気な声。
「やあやあ。魔王少女アリエルちゃん、美幼女とその従者のピンチに華麗に参上!」
あまりにも場違いな変な女の登場に、空気が凍りついた。




