血7 戦火
戦争はうやむやになった。
帰ってきた父の軍団はボロボロ。
その姿を見ると、まるで負けて帰ってきたかのようだけど、どうも戦争どころじゃなくなって引き返してきたらしい。
原因は、あの蜘蛛の魔物だ。
この前の騒動では死んでいなかったようで、突如戦場に現れた。
そして、敵味方の区別なく虐殺し、最後は勇者様が足止めしているところに大魔法を撃ち込んで退治に成功したとか。
けど、どちらの軍も相当手酷い損害を出したらしくて、戦争の続行はできなかったらしい。
両軍1度停戦して引き上げてきたのだそうだ。
父が無事帰ってきてくれてホッとしたけど、同時に問題を先送りにしただけの現状に不安を覚える。
蜘蛛と相打ちになったと思われていた勇者様は帝国とかいうところの大魔法使いが密かに保護していたらしい。
なんでも転移の魔法が使えるそうで、ギリギリ大魔法が直撃する間際に救出したんだとか。
それはいいとして、国は混乱してしまっている。
神獣と崇めていた相手に軍を半壊させられたんだから。
もともと、この戦争は名目上その神獣の仇討ちということになっている。
実際は長年に渡る神言教との軋轢にあるんだろうけど。
けど、今回の件で神獣と崇めていた蜘蛛が神言教の言うとおり、危険な魔物だと証明されてしまった。
こちらとしては大義名分がなくなったことになる。
そうなると、神言教の方に正当性が出てきてしまう。
それは非常にまずい。
神言教に付け入る隙を与えてしまったことになる。
おかげで父は帰ってきてすぐに慌ただしく動き回っている。
これで戦争が終わったわけじゃない。
むしろ、これからが本番だと思う。
神言教は女神教を目の敵にしているし、この機を逃すとは思えない。
さすがに半壊した軍の立て直しにはそれなりの時間がかかるだろうけど、相手は人族社会に大きな影響力を持つ大組織。
今回参加した軍とは別の軍を用意してくることだって十分考えられる。
対してサリエーラ国は国力だけで言えばそこらの国よりも高い。
けど、孤立無援の状態で、軍も半壊状態。
その状態で勝ち目があるかと言われれば、素人の私にもないと答えることができる。
もとより、今回の戦争は負け戦だった。
中心となったオウツ国だけならサリエーラ国の方が断然有利なのだけど、その後ろ盾に神言教がついている時点で勝ち目が薄くなる。
さらに、帝国までオウツ国の支援に回れば、ダメ押しの一手としては強力すぎた。
それでも引けないのが宗教戦争の怖いところ。
私には理解不能だけど、戦わないという選択肢はサリエーラ国にはなかった。
この戦争は、軍対軍で戦い、その勝敗を決するものだった。
それで一般人には被害を出さず、サリエーラ国は降伏。
軍は消耗するけど、国力に余力を残した状態で降伏することにより、緩い条件の賠償で済まそうという魂胆があったんだと思う。
けど、それは戦場に現れた乱入者によって瓦解した。
両軍被害は甚大。
そして、決着はうやむや。
戦争は続行。
それも、サリエーラ国にとって悪い条件で。
ここから先は、合戦で勝敗を決めるようなクリーンな戦争にはならない。
泥沼の戦いになる。
それこそ、市街にまで被害が出るような。
そして、一番に狙われるのはこの街。
オウツ国との国境に近く、問題の蜘蛛の魔物が根を張っていた場所。
父は早くから住民の避難を進めようとした。
けど、時期と条件が悪かった。
まず時期の問題。
これは収穫期にちょうどこの時に入ってしまったことが問題だった。
私が住む街を中心とした領地は、広大な畑を所有する農作地でもあった。
街を中心にして広がっている街道から、各農村まで通じており、その道を通って収穫された作物が街に届く。
それを更に街からサリエーラ国全土に運搬するのだ。
サリエーラ国にとって、その収穫を廃棄することはできなかった。
よって、作業に当たる人員の避難はできなかった。
運搬役の人々はそのまま運搬先に避難することもできたけれど、その他の作業に従事している人々は避難したくてもできない状況だった。
そして、もう1つ、条件が悪かった。
サリエーラ国の政府は、この街を生贄にすることを決めた。
要するに、今回の戦争でこの街を敵に攻めさせ、明け渡すことを決めたのだ。
無傷でこの戦争を終わらせることはできない。
ならば、できる限り傷を浅く済まそうという本国の意向だった。
それに伴い、できうる限りの作物や物資の避難、優秀な人材の避難は認められたものの、それ以外の一般市民の避難は受け入れてもらえなかった。
つまりは相手に奴隷として差し出されたのだ。
そして、その街を治める父と、その家族も。
父はなんとか母と私を逃がそうと努力していた。
けど、それは叶わなかった。
祖父母がどうにか手を回そうとしたようだけど、それも本国に握りつぶされてしまったようだ。
おそらく、本国と敵の中枢ではもう取引が成立してしまったに違いない。
そうでもなければあまりにも、動きが制限されすぎている。
時期が収穫期にかぶってしまうことといい、どうにも間が悪すぎる。
この国では兵農分離がしっかりとしていたから収穫には大きな痛手がなかったけれど、それにしても間が悪いと言わざるを得ない。
もし、これをすべて敵方が計算して動いていたのだとしたら、サリエーラ国は完敗だといえる。
迫り来る敵軍が、死そのものに見えた。




