鬼2 ゴブリン
ゴブリンに生まれ変わって1年ほどが過ぎた。
この世界での1年は地球よりも長いようで、400日と少しくらいらしい。
ただ、カレンダーなんて便利なものはなかったので、ゴブリンの村では正確な日付はよくわからなかった。
ゴブリンの成長は早いらしく、1歳程度で僕は人間で言うところの幼稚園児くらいにまで成長していた。
とはいえそれは見た目だけの話で、中身の方はあまり伴っていない。
僕はゴブリンたちの会話もまだ断片的にしかわからないし、運動能力も見た目より弱い気がする。
それでも、人間よりだいぶ成長が早いことには違いない。
人間の1歳児だったらまだ赤ん坊だろうけど、僕の場合自力で歩いたりできる。
これは大きなアドヴァンテージだと思う。
僕が動けるようになってまず初めにしたことは、他に僕と同じ境遇の元人間がいないかどうか探すことだった。
僕は自分の死因がなんなのかわかっていない。
どうやって死んだのか、どうして転生なんてしたのか。
わからないからこそ、もしかしたら同じような境遇の仲間がいるんじゃないかと思った。
けど、それは淡い期待だった。
ゴブリンの村で僕とほぼ同時期に生まれてきた子ゴブリンを手当たり次第に探ってみたけど、その結果わかったことは、この村には僕と同じような転生者は1人もいないということだった。
まあ、まったくの無駄足だったってわけでもない。
子ゴブリンとはほとんど会話にもならなかったけど、村の中を駆け回ったことによって、色々とわかったことがあった。
1年が400日くらいだというのも大人ゴブリンの話を聞いて知ったことだ。
まず、ゴブリンは身体の成長が早いけど、その分知能が発達するのは遅い。
僕と同じくらいの子ゴブリンは、大きさだけなら人間の幼稚園児くらいだけど、中身の方はまだまだ赤ん坊と大差ない。
喋れる子ゴブリンなんかいなかった。
そんな中カタコトでも喋れる僕は大人ゴブリンから天才だと思われているようだ。
とはいえ、あんまり嬉しくない。
ゴブリンに求められるのは戦闘能力で、頭の方はそんなに需要がないからだ。
意外なことに、この世界のゴブリンはどうやら生粋の戦闘種族らしい。
僕のイメージだと、ゴブリンといえば、弱い、馬鹿、汚い、ていう感じだったんだけど、ここのゴブリンはそんなイメージをことごとく打ち破ってくれる。
弱い。
これはあながち間違ってはいない。
ただのゴブリンは弱いうえに寿命も短いらしく、すぐに死んでしまうらしい。
ただのゴブリンならば。
この世界にはレベルという概念があるらしい。
その他にも、スキルや魔法なんてものも。
まるでゲームのようだけど、それがこの世界での常識らしい。
そして、一定のレベルに到達した魔物は進化することができる。
ゴブリンもその例外じゃない。
僕が見た限り、村の中にはただのゴブリンのほかに、一回り体格の大きなホブゴブリンがいる。
ホブゴブリンに進化すると、それまでよりも寿命が延び、強さも上がる。
ただのゴブリンたちは進化するために男も女もレベルを上げる。
レベルを上げる方法は他の魔物を倒すしかないらしい。
だから、自然ゴブリンは戦闘種族となる。
進化できなければ短い寿命と、その弱さで長生きできないからだ。
次に馬鹿というイメージ。
これも、あながち間違ってはいない。
ゴブリンは戦闘種族であり、あんまり学問には興味がない。
多分この村で一番頭がいいのは僕だと思う。
多分、というか、間違いなく。
ただ、それは単純に頭が悪いわけじゃない。
こと戦闘に関しては洗練された兵法を用いて戦うし、効率のいい狩りの仕方なんかも熟知している。
ただ、学ぶ機会がないだけで、頭の出来自体はそう悪いものじゃない。
むしろ、ある種の修行僧のような悟りを開いたかのような彼らは、見ていてどことなく神聖な空気を感じさせる。
そこには馬鹿などと揶揄できない不可侵の崇高さがある。
汚い、というのは、二重の意味を持つ。
純粋に体が汚れていて汚いのと、卑劣という意味で。
僕がイメージするゴブリンといえば、弱いうえに馬鹿なくせに悪知恵だけは働く、そんなイメージだった。
けど、ここのゴブリンはむしろその逆。
気高い矜持を胸に宿した武人だった。
ゴブリンの1日は祈りとともに始まる。
世界に感謝し、世界を守る女神に感謝し、日々の糧に感謝する。
その祈りを捧げたあと、各々の仕事へとつく。
進化していないゴブリンは己を磨き上げ、進化したホブゴブリンは後進の育成に従事する。
そして、狩りに出られるだけの力を持った狩猟班が村を旅立っていく。
この村がある場所は険しい山脈の中にあり、厳しい環境と強力な魔物が多数生息する危険な場所だ。
旅立っていった狩猟班のゴブリンのうち、戻ってこられるのは半数程度。
それでもゴブリンの村が存続できているのは、ゴブリンの繁殖力が高いからだ。
ここだけは僕のイメージ通りだった。
帰ってきたゴブリンたちを出迎え、犠牲者の弔いをする。
そして、彼らが命をかけて持ち帰った食料に感謝とともに祈りを捧げる。
ゴブリンは村を生かすために死地へと赴く。
そんなゴブリンたちに村に残るものたちは押花を渡す。
お守りがわりとして。
そこには無事に帰ってきてくださいという、思いが込められている。
その思いを胸に、彼らは命懸けの旅に出発し、戻ってくる。
生きるために。
生かすために。
そこには僕が前世で気にしていた、正義も悪も何もなかった。
ただ、それを超越した何かがあった。
僕は旅立つゴブリンたちを見て、こみ上げてくるものがあった。
知らず涙を流していた。
そうするだけの何かが、彼らの背にはあった。