血1 根岸彰子
私は自分のことが嫌いだ。
だってそうでしょう?
見た目がブサイクで、取り柄らしい取り柄もない。
運動は苦手だし、勉強もそこまでできるわけじゃない。
家は貧乏とまでは言わないけど、平均よりやや下回る経済状況。
これで自分のことが好きと言えるほど、私は特殊な性癖をしていない。
特に、自分の見た目。
これが死ぬほど嫌い。
青白い肌。
ガリガリに痩せた体。
鏡を見れば、見返してくるのは頬が痩けて、虚ろな目をした死人のような顔。
口を開けば不揃いな歯並びの悪い歯。
その中で、犬歯だけがやたら自己主張をする。
ゾンビのようなその見た目と、長めの犬歯のせいで付いたあだ名は吸血鬼。
小学校の頃から男子にからかわれ、中学校では本気で煙たがられるようになった。
些細な嫌がらせから、いじめが始まった。
聞えよがしに囁かれる陰口。
1つ1つなら我慢できるそれらも、積み重なれば人を追い詰める。
私の場合、それは怒りに変わった。
私はこんななのに、どうしてまともな外見をした連中はあんななのか。
生まれながらの格差に怒りを覚え、それを盾にいじめをしてくる連中に怒りと嫉妬を覚える。
そのドス黒い感情は私の心に澱のように溜まっていった。
だから、その事件が起きたのは必然だった。
私にいじめをしてきているグループ、彼らからするといじめのつもりなんかこれっぽっちもなかったんでしょうね。
ただ、面白いからやる。
それだけの、軽い気持ち。
それが人をどれだけ傷つけているか、本人たちは知らない。
それが、自分に返ってきた時、どうなるのか、結局彼らは身を以ってそれを知るまで、それを理解していなかった。
きっかけはたしか、いつものような些細ないじめが原因だった。
掃除の時間に雑巾を顔に投げつけられたとか、たしかそんなことだったと思う。
私の中に溜まりに溜まったものが、その瞬間弾けた。
吸血鬼となじる、彼らの希望通りに、私は噛み付いてやった。
そのあとのことはよく覚えていない。
私に噛み付かれた男子は病院に行き、翌日肩に包帯を巻いて登校した。
1歩間違えれば動脈を切って死んでいたらしい。
幸い私が噛み付いた場所は何もなかったらしく、大したケガにはならなかった。
私は個別で先生に呼び出された。
その際の先生の態度は、腫れ物に触るかのような、嫌悪感を隠そうともしない態度だった。
そんな状況でも私にペナルティーは何もなかった。
学校側としては、いじめの末に被害者が加害者に逆襲した、なんて醜聞は広まってほしくなかったんだと思う。
私に噛み付かれた男子も特に騒ぐことはなかった。
というか、その後のことをよく知らない。
私はこの時既に平進高校に内定が決まっており、卒業のための点も満たしていたため、以降学校に行かなかった。
本当はダメなんだろうけど、学校側も私に何も言ってこなかった。
そして、私は卒業式にも参加せず、中学校を卒業した。
高校から再出発しよう。
そう心に決めていたけど、現実はそんなに甘くない。
それまでに培ってきた私の性格は環境が変わっただけでは、なかなか変わってくれない。
相変わらず自分が嫌いな卑屈な性格。
外見も変わりようがない。
努力やなんかでブサイクな人間が美しくなれるのは、2次元の中だけの話。
もしくは綺麗になれるだけの下地があったか。
私の場合、どれだけ頑張ってもそれは望めなかった。
それこそ整形手術でもしなければ。
周りの女子たちが成長し、垢抜けていくのに対して、私は変わらずゾンビのような外見。
陰でリアルホラー子、略してリホ子なんて呼ばれているのも知っていた。
中学の時よりも控えめだったから気にしないようにしていたけど、それでも沸々と心の奥で煮えたぎるものがあった。
私の心を最もささくれだたせるのは、若葉姫色だ。
彼女は私と同じように、ほとんど他人とコミュニケーションを取ろうとしない。
だというのに、私とは真逆の評価を周りからもらっている。
その差は容姿の差。
一部の女子はそれが気に入らないらしく、嫉妬にまみれた暴言を吐いていた。
それを見るたびに、鏡を見せられているようで嫌だった。
私も、連中のように醜いのだろうか。
答えはわかりきっている。
私は見た目だけでなく、中身も醜い。
けど、どうしようもないじゃない。
じゃあ、どうすればよかったの?
顔が良ければ人生違ったの?
それは生まれた瞬間から私の人生が間違いだったというようなもの。
見た目が醜いから中身も醜いんじゃない。
見た目が醜いから、中身を醜くする環境がある。
見た目は気にしない、なんてことを言う奴は、ただの偽善者。
それが私の出した結論。
生まれ変わりたい。
今度はちゃんとした見た目に。
美人じゃなくてもいい。
せめて、人並の見た目になりたい。
まさかそんな現実逃避が実現するとは思ってもみなかった。
私は低血圧で朝に弱い。
学校の授業の1時間目は起きていられないことが多い。
その日も私はだるい体を支えきれず、机に突っ伏していた。
岡崎先生の古文を朗読する声が、子守唄のように聞こえる。
岡崎先生は中学の時の担任と違い、私にも目を向けてくれるいい人だ。
その声を聞きながら、私は意識を手放した。
次に目が覚めたら知らない天井だった。
学校の教室じゃない。
保健室でもない。
貧血で倒れて何度か保健室に訪れたことはあったけど、そこの天井とも違う。
ここがどこだか、体を起こして周りを見回してみようとして、それができなかった。
体が思うように動かない。
力が全く入らない。
何がなんだかわからない状況で、ふと視界に飛び込むものがあった。
手だ。
小さな小さな、手だ。
それはまるで赤ん坊のもののようで。
私は混乱した。




