エルフの里攻防戦⑪
【シュン】
突然現れた京也。
そして、ソフィアと名乗る根岸彰子。
何故この2人が一緒にいるのか?
前世では2人には特に接点などなかったはずだ。
だとするなら、今世において2人はどこかしらで出会い、行動を共にしていたことになる。
「私はソフィアよ。昔の名前なんて捨てたわ」
「イヤ、どうせいつかバレるんだし、見栄張らないほうがいいんじゃないの?」
「私に指図しないで」
京也を睨みつける根岸改めソフィア。
確かに、前世の根岸と今のソフィアでは大分印象が違う。
無口でいつも俯いていて、不気味な雰囲気を醸し出していた前世。
高慢な口調に前をしっかりと向いた、覇気のある今世。
多分京也に言われなければ、それが同一人物だとはわからなかっただろう。
前世で影でリホ子などと呼ばれていた面影は一切なかった。
「あ」
京也とソフィアに対して、魔法が放たれる。
エルフの魔法だ。
京也もソフィアも、それを簡単に防いでしまう。
「一斉射撃!」
エルフの隊長格だろう男が叫ぶ。
それに反応して、周りのエルフたちが一斉に攻撃を開始する。
「待ってくれ!」
俺の声は届かない。
敵じゃないと言いたかったが、京也ははっきりとエルフを滅ぼしに来たと宣言してしまっている。
エルフから見れば、明らかな敵だった。
「邪魔よ」
ソフィアが腕を振る。
エルフの攻撃をすべてなぎ払い、その腕から赤い液体が周囲にばらまかれる。
液体は意思を持ったかのように蠢き、高速でエルフたちに襲いかかる。
止めようと思った時にはもう遅く、液体に触れたエルフが激しい音と異臭を放ちながら溶け出していく。
「クッ!?」
その声に振り向くと、赤い液体を盾で受け止めたハイリンスさんが目に入る。
ハイリンスさんの盾には赤い液体がまとわりつき、盾を覆い尽くそうとしているかのようだった。
その先には、アナと先生が居る。
「やめろ!」
咄嗟にソフィアに向けて剣を振る。
それを、京也が受け止めた。
「軽いね。こんなスカスカな剣で、誰かを切れると本気で思ってるの?」
京也に軽く弾き飛ばされる。
それは明らかに俺よりも攻撃力のステータスが大きく上回っている証拠だった。
「ソフィア。あの後ろで倒れてるのって、先生じゃない?」
「あら? そうなの?」
「多分だけどね」
「じゃあ仕方ないわね。やめてあげるわ」
ソフィアが指を鳴らすと、赤い液体がスッとハイリンスさんの盾から引き上げる。
そして、周囲に散っていた液体がソフィアの腕に絡みつき、そのまま体内に吸い込まれるようにして消えていった。
あんなスキル、見たことも聞いたこともない。
なんなんだ?
「先生はいいとして、そっちのハーフエルフは?」
「さあ?」
「じゃあ、殺してしまっても問題ないわね」
物騒なことを言うソフィアに警戒感を抱く。
剣を構える。
「あー、シュンが怒っちゃったよ。どうするの?」
「私のせいだっていうのかしら? 別にどうもしないわ。敵対するなら殺さない程度に叩き潰すだけよ」
「一応僕の友人なんだけど?」
「だったら説得してみなさいな。私はどちらでも構わないのだから」
京也はともかく、ソフィアは危険だ。
未知の能力に加え、この余裕。
かなりの強さだと思ったほうがいい。
それに、京也もだが、ソフィアにも、俺の鑑定が通用しなかった。
『鑑定が妨害されました』
そのメッセージは、一度だけ見たことがある。
先生に初めて鑑定を使用したとき。
先生はそれを、支配者権限だと言っていた。
つまり、目の前の2人はともに支配者であるということだ。
俺はソフィアを警戒するあまり、周囲の様子に気を配る余裕がなかった。
短い叫び声で、俺は状況が動いていたことを知った。
振り向いた先で、ハイリンスさんに無数のエルフが襲いかかっていた。
どれも、先ほどソフィアに倒された、体を半ば溶かされた無残な姿をしたエルフだ。
「あ」
ソフィアが声を漏らす。
コイツの能力か!?
クソ。
ハイリンスさんは群がるエルフを盾で払い除け、剣で切りつけるが、効果が薄い。
急いで援護しようとした俺に、剣が振り下ろされる。
受け止めた剣の先には、首を失ったユーゴーの姿。
『ゾンビ:生物の死体を操る能力によって動くゴーレムのような存在。体を破壊しつくさない限り動き続ける』
鑑定してみれば、ステータスは表示されず、説明文のみが表示される。
ゾンビ、それが今俺たちを襲っているものの正体。
ユーゴーの首なし死体が平然と動いているあたり、頭を潰しても意味がないようだ。
動きを止めるには、それこそ完膚なきまでにその体を破壊しなければならないようだ。
なんて厄介な能力なんだ。
ユーゴーのゾンビを魔法で吹き飛ばす。
横ではカティアもエルフのゾンビを炎で焼き尽くしていた。
俺はハイリンスさんの援護に行こうとして、
「あ」
先生の治療をしていたアナの胸に、深々と矢が突き刺さった。
エルフゾンビの放った矢が、アナの心臓に突き刺さっていた。
みるみるHPが減っていくアナ。
すぐに治療を施さないと危険だ。
が、俺の行く手を阻むようにエルフゾンビが立ちふさがる。
ハイリンスさんもカティアも群がるエルフゾンビに邪魔されて身動きがとれない。
「邪魔だ!」
それらをなぎ払い、アナのところまで到達する。
同時に、倒れたアナのHPが0になる。
俺は迷わず慈悲のスキルを発動する。
アナまでゾンビにさせてなるものか。
《熟練度が一定に達しました。スキル『禁忌LV9』が『禁忌LV10』になりました》
《条件を満たしました。禁忌の効果を発動します。インストール中です》
アナの蘇生に成功した俺に、何かが流れ込んでくる。
「グアアアアアァァァァッ!?」
頭が痛い。
あまりの頭痛に頭が割れそうだ。
けど、のたうち回る俺の頭に、それらは容赦なく流れ込んでくる。
カティアがエルフゾンビを焼き尽くし、俺に駆け寄ってくる。
ハイリンスさんが俺たちを守るように盾を構える。
京也とソフィアは何事かを話し合っているようだが、頭痛でそれどころじゃない俺には何を言っているのか理解できない。
「シュン! しっかりなさって!」
カティアが俺に治療魔法を施す。
が、意味がない。
これは治療でどうこうなる痛みではない。
《インストールが完了しました》
その神言のメッセージと同時に、何者かが転移してくる。
京也とソフィアのそばに転移してきた人物。
俺はそいつを知っている。
白い少女だった。
忘れるわけもない。
ハイリンスさんに見せてもらった、ユリウス兄様の最後の相手。
けど、どうしてその時に気付かなかった?
いや、その姿を見れば納得だ。
わかりにくいが、そいつの周りには認識阻害の力がかけられている。
白いという印象しか抱けないようにする、そんな魔術が。
ハイリンスさんに見せられた映像ではそこまでわからなかった。
けど、実際に実物を目にすれば認識阻害の魔術を突破して、その正体が鮮明に浮かび上がった。
「若葉さん」
それは、死んだはずの転生者、若葉姫色にほかならなかった。
そして、俺は頭痛に意識を刈り取られ、深い奈落の底に沈んでいった。