エルフの里攻防戦⑥
【フィリメス】
迷いを捨てます。
私はユーゴーに向けて最大火力の魔法を放ちます。
天風魔法レベル4の魔法、「龍風」を。
この魔法は言ってしまえば竜巻を発生させる魔法です。
そう聞くと地味に思えるかもしれませんが、地球でも実際の竜巻というものは自然災害です。
日本ではあまり竜巻被害というものはありませんでしたが、アメリカなどでは家が吹き飛ぶような被害もある恐ろしい現象なのです。
その暴風は人など簡単に飲み込んでしまいます。
シュンくんみたいに人とは思えない強さを持っていたり、危険度Aクラス以上の凶悪な魔物であれば防ぐこともできたかもしれません。
ですが、ユーゴーは1度スキルをすべて失い、ステータスも下がっています。
あの時から年月は経っていますが、1からやり直したとしても元の強さを取り戻すことはできていないでしょう。
七大罪スキルを持っているのは分かっています。
ですが、ユーゴーが持つスキルはおそらく『色欲』です。
エルフが持つ記録によれば、色欲のスキルは洗脳能力。
恐ろしいほどの強固な洗脳を施すようですが、直接的な戦闘スキルではありません。
称号によって多少はステータスも増えているでしょうが、それだけです。
私の魔法には耐えられません。
竜巻が兵士を飲み込み、その命も飲み込んでいきます。
そして、ユーゴーの目の前まで迫り、
「う、らあ!」
ユーゴーの剣によって霧散させられました。
そんな!?
あの魔法は私が行使できる魔法の中でも、最高の威力があるはずです!
私の魔法攻撃力は1500を超えているんですよ!?
それを、どうやって?
「オーカーちゃーん! 会いたかったぜー? まさかここにいるとは思わなかったけどよー」
ユーゴーが叫びます。
その声はどこか正気を失っているかのようで、狂気を感じます。
「本当は故郷を滅ぼして大事な大事な先生の生徒たちをかっさらって、絶望のどん底に突き落としてから改めて挨拶しに行こうと思ってたのによー。なーんでここにいんのかなー?」
質問には答えず、再度魔法を放ちます。
今度はユーゴー単体を狙った風の弾丸です。
しかし、それもユーゴーは剣で弾いてしまいます。
「アハハハハ! そんなチャチな魔法が効くわけねーだろ! なあ、俺が力を奪われたまま、いつまでも弱いままだとでも思ったか!?」
魔法は効果なしと判断し、弓を構えます。
私もエルフの端くれとして、弓の扱いもできます。
その弓に風魔法を付与し、飛ばします。
風の力を付与された矢は、加速して弾丸のように飛んでいきます。
先ほどの風の弾丸に、実体がついたようなものです。
しかし、今度は避けられてしまいました。
「不思議だろ? 知りたいか? 俺がこんだけ強くなれた理由!」
ユーゴーは無造作に地を蹴りました。
1歩で一気に私との間の距離を縮めてきます。
後退しながら、再度弓に矢を番え、放ちます。
さっきユーゴーは剣で叩き落とさず、避けました。
それはつまり、剣では叩き落とせなかったということです。
希望的観測にもなりますが、直撃すれば危ういと感じたのだと思います。
案の定、ユーゴーは矢の射線から横にずれ、回避します。
その分前に進む速度は遅くなり、私との距離が開きます。
「逃げんなよー!? 俺と岡ちゃんの仲じゃねーか!」
矢を放ちます。
同時に、展開していた周りのエルフたちが、一斉にユーゴーに攻撃を仕掛けます。
「洒落くせえ!」
降り注ぐ魔法と矢を、ユーゴーは吹き飛ばしました。
ちょっとこれは想定外です。
念話で周りのエルフに退避を命じます。
半端な力ではユーゴーには太刀打ちできそうもありません。
「話の続きしようぜー! 俺さー、あんたには感謝すらしてるんだぜ? 気が狂いそうになるくらい悶え苦しんだおかげで、今の俺があるんだからさー!」
気が狂いそうな、ではなく、気が狂ったの間違いでしょうに!
いえ、それを私が言えた義理ではありませんね。
ユーゴーを狂わせたのは私なんですから。
「それで手に入れたのがこの力だ! 1つは知ってるよなー? スキル『色欲』。相手を意のままにする最高の力だ!」
矢を放ちます。
避けられます。
「そしてもう1つ!俺には最強になる力がある! それがスキル『強欲』! 倒した相手の力を一部奪う最高の力だ! 俺がなんで前線にいると思う? そのほうが敵をたくさん殺して、俺の力にできるからだよ!」
動揺して一瞬動きが止まってしまいました。
『強欲』のスキル。
七大罪スキルの1つで、他者を殺した際、その力を一部奪う能力。
奪える能力はランダムで、ステータスだったり、スキルだったり、スキルポイントだったりするそうです。
スキルは相手が持っていたスキルをそのまま奪うのではなく、レベルの下がった状態で奪うはずです。
レベル9のスキルを奪ったとしても、レベル1にまで下がるはずです。
だからでしょう。
私の魔法を軽くいなすだけのステータスを持ちながら、遠距離攻撃もせずに追いかけっこを続けているのは。
ユーゴーは遠距離攻撃をしないのではなく、おそらくできないのです。
魔法のスキルを奪っても、レベル1に戻っているのでしょう。
レベル1の魔法は大したものがなく、使ったとしても効果はほとんどありません。
いえ。
そんなことは今重要ではありません。
重要なのは、そのスキルを使って、ユーゴーが力を前以上につけているということです。
いったい、どれほどの命を奪ったというのです?
そこまでの力を取り戻すのに、どれほどの罪を重ねたんですか?
動きを止めたのは一瞬。
けれど、その一瞬でユーゴーは間合いを詰めて、剣を振りかぶっていました。
「そらよ!」
「クッ!?」
振り抜かれた剣は、私が普段から纏っている風の鎧を貫通して腕を浅く切りつけます。
咄嗟にユーゴーとの間に風の爆発を巻き起こし、吹き飛ばされる反動で距離をとります。
こちらにもダメージがきますが、接近戦ではこちらが不利です。
「へえ。やるじゃん」
対するユーゴーには目立ったダメージもなし。
構わずに矢を撃ちます。
それをユーゴーは軽く避けます。
ですが、準備は整いました。
私は無策に矢を放っていたわけではありません。
ユーゴーが正気であれば、私が大きく円を描くように逃げていたことがわかったでしょう。
地面に刺さった矢は結界を発生させる起点。
里を覆っていたものに比べれば出力は低いですが、古の術を模したスキルでは再現不可能な結界です。
ユーゴーが結界の中に取り残されます。
ただ閉じ込めただけではありません。
結界の内部からは、急速に空気が抜けていっています。
風を操るということは、空気を動かすということです。
そして、この世界は色々と地球とは違うと思いがちですが、ちゃんと酸素というものが存在しています。
この世界の法則は、私たちが知る地球の法則とは違うのではなく、その法則に魔法やスキルという新たな法則が付け加えられたことによって、違って見えてしまっているのです。
ですから、空気がなければ人が生きていけないのも、地球と同じです。
結界は形を変えませんが、中の空気が抜ければ気圧も急激に変化します。
その変化に人体は耐えられず、耐えたとしてもいずれ酸欠で死に絶えます。
これが、私が独自に開発したオリジナル魔法です。
ユーゴ-が必死に結界を破壊しようとしていますが、無駄です。
出力が低いとはいえ、神代の結界の再現です。
私自身かなりの無茶をしなければ発動できませんが、発動してしまえば最後、結界が壊れることはありません。
勝った。
そう、油断してしまいました。
横から私を雷が貫きました。
「か、はっ!?」
一瞬意識が飛びます。
同時に、結界の維持がおろそかになります。
その隙を、ユーゴーは見逃しませんでした。
「ハハハ! 危なかったぜ! マジで危なかったぜ!? ナイスだユーリ!」
ユーゴーは結界を破壊し、私に雷の魔法を行使した相手に称賛を送ります。
そこには、微笑みを浮かべたユーリちゃんがいました。
ユーゴーが勇者として発表された時、彼女もまた聖女として発表されていました。
勇者の従者である聖女ならば、この場にいても不思議ではありません。
むしろ、いない方が不自然です。
迂闊でした。
私はユーゴーばかり気にしすぎて、周りの警戒がおろそかになっていました。
これでは、ユーゴーのことを馬鹿にできません。
雷で痺れ、動きの止まった私に、ユーゴーは容赦なく剣を振り下ろします。
なんとか、ギリギリでそれを躱しますが、全部は躱しきれずにお腹のあたりを深く切り裂かれます。
痛い!
痛い!
痛い!
「手こずらせてくれるぜ。けど、俺の勝ちだ。ククク。殺しはしねーよ。あんたにはこのあと滅亡するエルフどもをその目に焼き付けてもらわなきゃならないからな! うちのクラスの連中はどうしてやろうか? 協力的なら配下に加えてやってもいいけどよ。抵抗する奴は岡ちゃんの目の前で拷問にかけてやろうか?きっとその時はいい顔してくれるよな? アハハハハ! 楽しみだな、おい!?」
やめてください!
止めないと。
けど、痛みで私の体はまともに動いてくれません。
ユーリちゃんが私の体を地面に押し倒します。
「いいざまだな。あの時とは反対だ。どうだ? 地面に這い蹲される気持ちは? これからどうなるか、不安で仕方ねーだろ? 絶望的だろ? あんたは洗脳しない。正気のまま絶望のどん底に突き落として心が壊れるまで嬲ってやるよ!」
痛い。
怖い。
もう、ダメです。
もう、我慢できません。
もう、耐えきれません。
誰か、助けてください。
誰か、救ってください。
私の上に乗っていたユーリちゃんが吹き飛びました。
ユーゴーに斬りかかる影。
ユーゴーは咄嗟に後ろに下がって回避します。
私の前に、盾を構えた男の人が立ちはだかります。
ユーゴーの前に、剣を構えた少年が立ちはだかります。
「遅くなりました、先生」
「あとは俺たちに任せろ」
その言葉を最後に、私は気を失いました。




