エルフの里攻防戦⑤
【フィリメス】
私は1人で最前線にいました。
シュンくんやカティアちゃんは後方の部隊です。
シュンくんは優しすぎます。
悪く言えば甘すぎます。
きっと、魔物を倒すことはできても、人を殺すことはできません。
だから、後ろの部隊に編成してもらいました。
説得はハイリンスさんに任せました。
彼もシュンくんのそういう甘さを理解して、私の案を受け入れてくれました。
シュンくんには感謝しています。
私1人の力ではエルロー大迷宮を越えてエルフの里にまで帰ってくることはできなかったでしょう。
けれど、ここから先は先生の仕事です。
シュンくんたちの力を借りるわけにはいきません。
結界が破れました。
正直半信半疑でしたが、本当に結界が割れました。
けど、他のエルフが受けたショックは私以上でした。
生まれてからただの1度も破れたことがない、絶対とも言うべき防壁が破られたのです。
結界の外にいる魔物の脅威も相まって、その心の拠り所を失ったショックは計り知れないでしょう。
私はそういう事態を想定してましたが、彼らは結界が破れるなんてまさかあるはずがないと思っていたに違いありません。
「皆さん、落ち着いてください」
慌てふためくエルフたちに言い聞かせます。
「結界は破れました。ですが、結界を発生させていた装置自体が壊れたわけではありません。結界がまた復旧するまでの間、持ちこたえればいいのです」
私は族長の娘です。
その上転生者で能力も高く、エルフの中では強い発言権を持っています。
長寿のエルフから見れば、前世の年月を合わせても私は小娘でしょうが、内心はどうあれ私の言葉に従ってくれます。
今も私の言葉を聞いて、少しずつ冷静さを取り戻しているようです。
「加えて、ここは森の中。私たちエルフの庭のようなものです。人の軍勢では私たちに勝つことはできません。彼らに教えてあげましょう。森の中でエルフに戦いを挑むということの愚かさを」
ちょっと戦意を煽るために強い言葉を吐きます。
本当のところ言うと、そこまで状況は優しくありません。
森という地形のアドヴァンテージはありますが、総数は向こうのほうが圧倒的に上。
そのうえ、相手は魔族と長年戦い続けてきた実戦経験豊富なレングザンド帝国の強兵。
厳しい戦いになるのは目に見えていました。
思慮深いエルフたちがそれを理解できないわけもありませんが、場の雰囲気というものは大事です。
エルフたちは無言で力強く頷き、進軍を開始します。
静かに森の中を進む私たちは、戦士というよりかは暗殺者のようです。
あながち間違っていないでしょう。
木から木へ飛び移り、ついに私たちは森の中を進む軍勢を発見します。
森の中という進軍には向かない地形のおかげで、隊列も乱れています。
前がつかえ、密集してしまい、それを解消しようと横へ横へと間延びしてしまっています。
念話で攻撃開始を宣言。
魔法と矢が進軍に手こずっていた軍に殺到します。
頭上からの攻撃に、彼らは為すすべもなく蹂躙されていきます。
元々こういった森の中での戦闘を想定していない部隊だったのでしょう。
前列の盾を構えた騎士はなんとか防御していましたが、後列の遠距離部隊や、中列の突撃部隊は、私たちの攻撃に対してどうすることもできずに倒れ伏していきます。
自由に動けないほど密集していたのもいけません。
動ける位置にいても、森という天然の障害物が自由を許してくれません。
これが平地であれば結果は全く違ったことでしょう。
こちらの攻撃は前列の盾部隊に防がれ、後列の遠距離部隊の攻撃で損耗し、止めに中列の突撃部隊が接近してきて切り伏せられたはずです。
けれど、それはあくまで平地であればの話です。
森は私たちエルフのフィールド。
満足に動けない地形に、慣れていないだろう頭上からの攻撃。
反撃の攻撃も木を盾にした私たちには届きません。
中には木を登ってこようとする兵もいましたが、登りきる前に撃ち落とされます。
たとえ登りきったとしても、エルフの戦士たちは全員が立体機動持ちです。
空間機動まで持っているエルフはなかなかいませんが、この森の中ではそれだけでも縦横無尽に動き回ることができます。
足場の不安定な木の上で、エルフが人に負けるわけがありません。
とはいえ、相手も歴戦の強兵。
いつまでもやられっぱなしではありません。
隊列を維持するのを諦め、盾持ちが遠距離攻撃持ちとツーマンセルで組み直します。
盾の陰に隠れながら、応射してきます。
盾の守りを受けられない他の兵士も、こちらの攻撃をいなしながら木の上を目指します。
撃ち落とす量も多いのですが、数の暴力に押し込まれて、木の上での戦闘を余儀なくされる場所が増えてきました。
私はそんな戦況を観察し、不利な場所では無理せずに後退を指示します。
私個人の目的は元教え子の首をとることですが、エルフ全体としての目的はあくまで結界が復旧するまでの時間稼ぎです。
相手の数や、地形の有利を考えれば、緩やかに後退しつつ相手の損耗を図るのが一番だと思います。
しかし、別働隊からの連絡で、規格外の魔法使いに押されているという報告がなされます。
いつの間にか連絡が途絶えていた部隊もあります。
私の部隊はうまくいっていますし、全体としてはこちらが押していると言えますが、一部では押されているようです。
ですが、さすがに私も自分の部隊のことで手一杯です。
そちらは本陣にいるポティマスに任せることにしましょう。
我が父ながら、あの男は得体がしれません。
きっと隠し玉の1つや2つは用意しているでしょう。
そうして指揮を続け、私はついにその姿を見つけました。
ユーゴー・バン・レングザンド。
かつては夏目健吾という名前だった、私の教え子。
道を踏み外してしまった、いえ、私が道を踏み外させてしまった元生徒。
シュンくんのことをどうこう言えませんね。
この期に及んで、まだ私は覚悟が決まりません。
きっと、彼を殺してしまえば、私は決定的に先生失格となってしまうからでしょう。
今も先生失格かもしれませんが、最後の一線を越えてしまうのは確実です。
けど、やらなければなりません。
それが、先生が先生として、最後に夏目くんにできることです。
エゴかもしれません。
許してとも言いません。
それでも、私はあなたを殺します。