エルフの里攻防戦②
【転生者居住区】
「マジで結界が壊れるんかねー?」
「何ボーッとしてんのよ? 行くわよ」
結界が壊れる数時間前。
転生者の居住区で、元冒険者の2人が出発の準備を進めていた。
田川邦彦と櫛谷麻香の2人だ。
この世界での名前ももちろんあるが、クニヒコとアサカはお互いに前世の名前で呼び合うことにしている。
そっちのほうが慣れているからだ。
2人はそれぞれとある傭兵団の団員を両親に持つ。
赤子のころはある程度落ち着くまでひとところに留まっていたらしいが、2人が歩けるようになる頃には各地を転々としていた。
傭兵団は戦争があればそこに行き、護衛の依頼があれば随伴し、魔物が現れれば退治しに行く。
そうやって各地を巡り歩いていたため、エルフに居場所を特定されることなく2人は大陸を練り歩くことになった。
転生者であり、歩き始めるのが普通の子供より早かったのも、原因の1つだった。
2人は前世でも幼馴染だったが、今世でもなんの因果か幼馴染として育った。
もはやそれは家族同然の域で、2人にとってお互いがそばにいるのが当たり前のようなものだった。
なので、クニヒコが「俺は冒険者になる!」と言って傭兵団を飛び出した時も、アサカは当然のようにそのあとを付いていった。
そうして2人は冒険者になり、また各地を転々とする。
その間に結構な冒険があり、2人は若手の中でも群を抜いた存在として注目を集めた。
その注目のせいで、今この場にいるといっても良かった。
得た名声はそのままエルフに流れ、2人はこうして他の転生者と同じ場所につれてこられる羽目になったのだ。
連れてこられたときは久しぶりに会う昔馴染みとの再会に喜んだ。
しかし、その後エルフの里での暮らしがどのようなものかを聞いて、浮ついた気分が一瞬で沈んだ。
まさに飼い殺しのような状況に、辟易とさせられた。
クニヒコは夢もロマンもない生活にすぐさま飽き始めていた。
反対に、アサカはこの暮らしもそれはそれでありなんじゃないかと思っていた。
破天荒なクニヒコに引っ張られ気味だが、アサカは割と普通の女の子だ。
冒険者としての暮らしは危険だし、安定志向のアサカとしては、夢もロマンもなくても慎ましい生活の方が性に合っていた。
委員長の工藤をはじめとして、エルフの里にいる転生者たちはここの暮らしに不満があるようだ。
実際アサカも生活を始めてみてその理由はよくわかった。
朝起きて働いて夜眠る。
娯楽も何もない生活。
さらに密かにエルフが監視しているのを察知していた。
これではストレスを溜めるなという方が無理な相談だろうというのがアサカの正直な感想だった。
ただ、それは外の危険を知っているアサカからすると、耐えられないほどのものではなかった。
各地を旅して回ったアサカには、否応なく適応力というものが備わっていた。
それがなければ生きていけなかったし、あっても運が悪ければあっさりと死んでしまう。
それが外、というよりも、この世界での常識だ。
アサカからすると、安全が確保されたエルフの里は、言うほどひどい環境には思えなかった。
そうは言っても工藤を始め、ここにいる大半の人間は外の実情を知らない。
それとなく外の危険と今の暮らしを口にはするけれども、彼ら彼女らの不満が解消されることはなかった。
先生が何かを隠していることは察していたし、それが元生徒を思っての行動だというのも、アウトローな冒険者暮らしが長く、人を見る目が養われたアサカにはわかった。
けれど、だからといって拉致してきた相手のフォローをするのも違う気がしたのでそのままにしている。
アサカはクニヒコと違って事勿れ主義なのだ。
対するクニヒコは自分の本音を隠さない。
思ったままのことをいい、聞かれたままのことを言う。
男子であれば、冒険というのはどうしても心惹かれるワードであるし、それを実体験してきたクニヒコにその話を聞くというのは自然な流れだった。
そして、クニヒコは請われるままにそれまでの冒険の話を語った。
初めて魔物を倒した時のこと。
レベルアップのこと。
そうして語られる冒険譚に、聞き入る男子たちは一喜一憂した。
大半の男子は男の夢を叶えたクニヒコに憧れの眼差しを向けるが、中にはクニヒコの話を聞いて、外の過酷さを理解するものもいた。
良くも悪くも2人がエルフの里に入ったのは他の転生者に影響を与えた。
そして、揺れた。
安全な今の暮らしか、危険な自由を求めるか。
もちろん今すぐどうこうできる問題ではない。
けれど、そういう選択をする時がいつか来るかもしれない。
迷いつつも、彼らは日々の生活に追われた。
そして、決断はできず、行動を起こせる力もないままに、エルフの里は危機に瀕していた。
「頼んだわよ。ただし、無茶はしないでね」
戦える力を持つということで、クニヒコとアサカの2人は特別に迎撃戦に参加する許可が下りていた。
2人を残った転生者全員で見送る。
代表して工藤がそう激励の言葉を送った。
「おうよ。大船に乗ったつもりで待ってな」
クニヒコは快活に笑って、次に瞬間背筋が寒くなるような視線に早変わりする。
「で? オギ、俺たちに毒盛ろうとしたお前の真意は、出発する前に聞かせてくれるんだろうな?」
一斉に視線が調理担当の荻原に向かう。
その視線を受けて、荻原はただうろたえることしかできなかった。




