エルフの里攻防戦①
【結界外エルフ陣営】
エルフにとって、最も危険な任務は何かと言われると、里を守る結界の外の哨戒任務だと大半の者が答えるだろう。
里に張り巡らされた結界は長い歴史の中でただ1度も破られたことがない、絶対の防御だ。
ただし、だからといって警戒をしないわけにはいかない。
平時でもエルフは結界の外に哨戒のための兵を配置し、不審な点がないかどうかなどの巡回を行っていた。
この任務が、エルフにとって最も危険な理由、それは、結界の外に生息するとある魔物のせいだ。
その魔物の名は、クイーンタラテクト。
世界に5体存在すると言われる、神話級の力を持った魔物。
そのうちの1体。
クイーンタラテクトはこの森の中を棲み家としている。
それも、エルフの里のすぐ近くに。
クイーンタラテクトはスキル産卵によって、配下の魔物を生み出す。
それらの魔物は執拗にエルフを狙い、襲いかかってくる。
下級のものであればその強さはどうということはない。
が、タラテクトという種の魔物は、進化によって強さが跳ね上がる。
進化し、成体となったタラテクト種は、龍種にも匹敵する凶悪な魔物だ。
結界の外の森の中には、そうした進化個体を含むタラテクト種が息を潜めている。
下級の個体でも、時折巣を作っているものがおり、この巣に捕われると熟練のエルフでさえ逃れられずに息絶えることすらある。
結界の中は安全だが、その外に出ると、そこは蜘蛛の狩場。
エルフにとって最も危険な場所。
しかし、今はそれとは違う脅威が結界の外に集結していた。
人族の連合軍。
レングザント帝国を中心とした軍隊だ。
普段はタラテクト種が闊歩するその場に、人族が陣を組んで待機していた。
タラテクトの姿は見えない。
おそらく軍団によって駆逐されたのだろうとエルフは予想する。
クイーンを倒せるとは思えないが、クイーンは自ら動くことはあまりない。
放置されたと見える。
今までエルフを脅かしていた存在が、現在エルフを脅かしている存在によって倒された。
脅威の種類が変わっただけで、エルフにとってはどちらにしても歓迎できない事態だった。
エルフの監視者はその軍団の様子を観察する。
注目すべきは堅い守りに囲まれ、数日前からずっと大規模魔法の準備を進めている魔法師団の存在だ。
長い寿命を持ち、深い知性を持ったエルフは、当然のことながら人族と同等以上のスキルの知識を持っている。
その知識と照らし合わせても、該当する魔法が思い当たらない、未知の魔法構築だった。
構築の巨大さは大魔法と言われる戦術クラスの魔法ですら軽く超え、その倍程度の威容を誇っている。
数日という準備期間も異常だ。
あれほどの巨大な魔法が発動すればどうなるのか、エルフの知識をもってしても予想できなかった。
エルフの監視者はなんとか隙を突いて妨害ができないか、そう思案した。
しかし、それが実行に移されることはなかった。
エルフの森での基本戦術は、木に登り、その上から地上の相手に魔法と弓矢を浴びせるというものだ。
このガラムの森は、大樹によってできているため、普通の森よりも木々の間隔が広いが、それでも森であるため、平地に比べ狭く複雑な地形となっている。
軍団を動かすにはかなり難のある場所であり、行軍はどうしても遅くなるし、障害物である木々を避けるために隊列も乱れてまばらになってしまう。
そこに頭上から攻撃されれば、ひとたまりもないということだ。
エルフの戦術はゲリラ戦であり、森を熟知し、その戦闘に特化した訓練を受けている。
個々でバラバラに動きつつも、連携して相手を追い詰める。
監視者たちも散開して様々な角度から軍団を観察していた。
その監視者たちの首が、ほぼ同時に落ちる。
何が起こったのか理解できず。
自分が死んだことにも気づかず。
「はー。こんな簡単に背後取れるとか、エルフって大したことなくね?」
エルフたちの首を落としたのは1人の少年。
見る者が見れば、少年のことを忍者と呼んだだろう。
黒装束に腰には刀。
その刀がエルフの首を落としたのだろう。
「あのクソジジイも面倒なこと押し付けやがって」
心底面倒そうに頭を掻く少年。
その目に数日間かけて作られた魔法が発動する様が映る。
「ま、テキトーにやるのが一番だよな。どうせ茶番だ」
散開したエルフを、同時にたった1人で全滅させた少年。
彼は結界に魔法が激突し、撓み、不自然に割れるさまを見て苦笑した。
まるで魔法が結界に当たったからこそ割れたように見える。
が、少年はその不自然さを見逃さない。
魔法とは別の、何かが結界を破壊した。
少年にはそう見えたし、事実そうであることを少年は知っている。
「それじゃ、行きますか。健には悪いけど、俺も自分の命の方が惜しいんでね」
少年は軍団が行進していくさまを見下ろす。
蔑むように、見下すように。
「こっちはうまくやったし、他もうまくやってくれるっしょ。ていうか、うまくいかないことってあるのか、これ?」
少年は気楽な様子で森の中に消えていく。
そして、少年に続くように、闇の中に潜んでいた魔物たちもまた、蠢き出していた。




