先生ですから
私は弱い人間です。
あ、今はエルフだから弱いエルフですね。
とにかく、私は弱いです。
前世では私は先生でした。
子供の頃から先生になるのが夢でした。
生徒たちと一緒に笑い合えるような先生になりたかったのです。
その為の努力は惜しみませんでした。
その世代に子供たちが興味を持ちそうなことには全て手を出しました。
ゲーム、漫画、小説、ネットも漁りました。
話のネタになりそうなものは一生懸命勉強しました。
ちょっぴり本気ではまりもしましたけど。
そうして口調も変え、キャラを作って、私は変でちょっと残念な先生という、親しまれやすい人物になりました。
残念な部分は地の部分もありましたけど、結果オーライです。
けど、同時に思っていました。
本当にこれでいいのかと。
偽りの自分で笑い合うことが、本当に私の夢だったのかと。
でも、私はそれまでに築き上げていた立場を崩してまで、素の自分をさらけ出すのが怖かったのです。
だから、現状に甘えたまま日々は過ぎていきました。
そして、異世界に転生しました。
パニックになりました。
最後に覚えているのは授業をしていた記憶。
そこから先の記憶がぷっつりと途切れ、気が付けば私は赤ん坊になっていました。
しかも、私を覗き込んでくる人々はみんな耳が長く尖っていました。
それがエルフという生き物であることは、それまでに貯め込んだオタク知識から直ぐにわかりました。
そして今の自分の状態も。
異世界転生。
ネットでブームになっているものに、私が巻き込まれてしまったということ。
私は弱いです。
小説の中の主人公のように、異世界にいきなり放り込まれて、力強く生きていくことも、開き直って第二の人生を歩むこともできません。
私は私であるということを捨てられませんでした。
そうして、混乱する頭でしがみついたのが、先生というものでした。
私は先生です。
それならば、生徒たちのことを第一に考えないといけません。
それが私の先生の理想像だったから。
そして、私には都合のいいスキルが生まれつき備わっていました。
『生徒名簿』
多分世界で私だけが持つユニークスキル。
その効果は、元生徒の転生者の現在、過去、未来が大まかに記されるというもの。
目を閉じればその名簿が心の奥から浮かび上がってきます。
名簿を開けば、出席番号順に並ぶ生前の名前が書いてあり、その名前を強く思い浮かべれば、名前の持ち主の情報が閲覧できます。
ただし、このスキルで閲覧できるのは本当に簡単な情報だけです。
過去、これは生まれた瞬間の記録です。
どこどこで生を受ける。
ただそれだけが記載されています。
現在、その名前の持ち主の現在の状態を一言で表します。
健康、病気、疲労などなど。
現在地などはわかりません。
そして、未来。
ここには、その生徒が死ぬ大雑把な時間と、死因が書かれています。
時間はどうやら私が生まれた瞬間を0としているようで、365日で1年と記されるようです。
そして、その時間を見て、愕然としました。
ほとんどの生徒が、20年以内に死亡していました。
それを見た時、私は耐えられずに気を失いました。
その事実を受け入れることができなくて、数日間震えながら現実逃避しました。
けど、現実は変わりません。
直視できなくても時間は過ぎていきます。
そして気付きました。
最も死亡時期が早かった生徒、赤ん坊の頃に死んでしまうと書かれていた生徒の名前が、いつの間にかひっそりと消えていたことに。
空欄のできた名簿。
私はそれを見て覚悟を決めなければなりませんでした。
残りの生徒のうち、10人の死亡時期は生後2、3年以内だったからです。
私はスキルというものに頼りました。
生徒名簿もスキルで、そんな不思議な力がある世界なら、念話のようなこともできるのではないかと思いました。
生前に漁っていたオタク知識も役に立ちました。
私は比較的あっさりと神言を聞き、念話のスキルを取得することに成功しました。
幸いだったのは私の父親がポティマス、エルフの族長だったことです。
それに、普通自分の娘が前世のことなんかを話し始めれば正気を疑うでしょうが、ポティマスはあっさりと私の話を信じてくれました。
どうも、ポティマスは私のことを初めから異質だと思っていたようです。
ともすればそれは危険な賭けでしたが、私は賭けに勝ち、ポティマスは転生者の保護を約束してくれました。
そこからは順調でした。
過去の記述から、生徒がどこで生まれたのかはわかります。
そこを中心に捜索すればいいのです。
私がその後に得た支配者権限でのスキル検索も役に立ちました。
残念ながら間に合わない生徒もいましたが、ほとんどの生徒の安否は確認できました。
ある時はお金で解決し、ある時は誘拐まがいのこともしました。
それはれっきとした犯罪です。
けれど、エルフはそれを実行することをためらいませんでした。
エルフにもエルフの事情がある。
エルフは管理者に対抗するため、なるべくスキルのない世界を目指していました。
そして、転生者はどうも、最初からスキルポイントを大量に持ち、1つ強力なスキルを持って生まれてきているようでした。
そんな転生者がスキルを磨けば、管理者の目にとまり、いいように利用されてしまうかもしれません。
その話には信憑性がありました。
生徒名簿に記されている死亡理由。
『スキルを剥奪され死亡』
今もシュンくんやカティアちゃんの死亡理由として書かれるそれ。
大半の生徒はこの理由で死ぬと書かれていました。
今はエルフの里で、スキルを伸ばすことができないような環境にすることで、その死亡理由は減りました。
未来の項目は、割と頻繁に変わります。
けれど、どう動いてもこのスキルを剥奪されて死亡するという一文は変えられませんでした。
そして、それが起きる時間はみんな一緒でした。
今年です。
そして、未来の記述はそれ以降ありません。
今年死亡する生徒以外の記述は、白紙になっています。
それが何を意味するのか、考えると怖くなります。
生徒名簿には、私の名前はありません。
当たり前ですね。
私は先生ですから。
私自身のことはわからないんです。
けど、そういうことなんでしょう。
スキルを剥奪されて死亡するのは、スキルの多い生徒です。
そして私のスキルも、多いです。
おそらく私もその時に死にます。
私が死んでしまうから、それ以降のことはわからないんだと思います。
怖いです。
死にたくありません。
スキル消去も考えました。
けど、ユーゴーをどうにかするまではスキルの力を手放すわけにはいきません。
それに、もしスキル消去でスキルを消したら、エルフがどうするかわかりません。
スキル消去とはすなわち管理者に力を明け渡すこと。
敵対する相手に力を渡せば、エルフが敵に回るかもしれません。
ポティマスなら顔色一つ変えずに私を粛清してもおかしくありません。
それだけならまだしも、保護している生徒にも危害が及ぶかもしれません。
エルフは善意で転生者を保護しているわけではないんです。
なら、道は1つしかありません。
スキルを剥奪しに来る相手、おそらくは管理者を返り討ちにする。
そんなことができるかどうかわかりませんが、やるしかありません。
その前にユーゴーです。
彼がああなってしまったのは先生の責任です。
その責任は、取らなければなりません。
夏目健吾の名前で生徒名簿を開きます。
そこには、エルフの森で戦死と書かれています。
唾を飲み込みます。
私は、元生徒をこれから殺します。
覚悟は決めましたが、それでも胃が痛くなり、吐き気がこみ上げてきます。
どうしてこうなってしまったんでしょう?
私は、生徒と笑い合える先生になりたかっただけなのに。
工藤ちゃんの冷たい視線が脳裏に蘇ります。
わかっています。
私がちゃんと説明しないからこうなっているんです。
説明しても許されないかもしれませんが、それでも、あそこまで一方的な敵意は向けられなかったんじゃないかと思います。
でも、できません。
生徒たちの命を救った生徒名簿。
そこには1つの制約があります。
生徒の閲覧禁止。
私は生徒名簿の情報を生徒に話すことができないという呪いのような制約です。
どう説明しようと、生徒名簿のことを抜かすことなんかできません。
うっかりその存在をこぼしてしまうのが目に見えています。
しかも、この制約の恐ろしいところは、話した私ではなく、聞いた生徒に被害が及ぶということです。
程度にもよると思いますが、最悪死に至るほどの重いペナルティーです。
試したことはありませんが、試そうとは思いません。
私は沈黙するしかありませんでした。
いっそ全部話してしまいたい。
生徒名簿も完全ではありません。
カティアちゃんが洗脳されていた時にはその異変を察知できませんでしたし、レストンくんを奪還するときに表示されていたシュンくんの死亡も何事もなく回避できました。
どういう基準で狂いが生じるのかは正確にはわかりませんが、支配者スキルが関係しているのではないかと私は睨んでいます。
であれば、支配者スキルを持つシュンくんになら話しても大丈夫なんじゃないか?
その誘惑にかられたこともあります。
けど、やっぱり話せません。
余計なリスクは背負えません。
今のところ問題は私が嫌われているだけ。
まだみんなの不満も爆発するほどじゃありません。
なら、生徒に先生が嫌われるのも仕事の1つです。
甘んじて受けましょう。
このくらいへっちゃらです。
嘘です。
悲しいです。
私は弱いんです。
怖いです。
死にたくありませんし、死なせたくありません。
私は正しいんでしょうか?
間違っていないでしょうか?
わかりません。
でも、相談できる人はいません。
エルフは信用しきれません。
生徒たちには話せません。
私は、ちゃんと先生できていますか?
誰か、教えてください。




