S25 エルロー大迷宮攻略②
迷宮に入ってから5日目。
俺たちは迷宮の半分を走破していた。
少人数であることと、その全員が高ステータスであるのをいいことに、かなり無茶なペースで最短経路を突き進んでいるからだ。
途中、帝国兵が迷宮の中で待ち伏せしているんじゃないかと懸念したが、バスガスさん曰く、それはありえないとのこと。
帝国は迷宮のことを忌避しているし、何より中で待ち伏せなど効率が悪い上に危険も大きい。
迷路のように複雑な迷宮の中で、どのルートを通るかもわからないのに待ち伏せなどできっこないという話だった。
そういうわけで、迷宮の中で敵と言えるのは魔物だけだった。
その魔物も今のところ大きな驚異にはなっていない。
エルロー大迷宮上層の魔物は毒を持った種類が多いけど、メンバーのほとんどが治療魔法を使える。
毒を受けてもすぐさま回復できるし、ステータスの低い相手が多いので、そもそも攻撃を食らうこと自体が少なかった。
前衛には鉄壁の守備を誇るハイリンスさんを盾役に、後衛には高い魔法能力を持った先生が。
さらに、前衛後衛両方をこなせる俺とカティア、バスガスさんが状況を見て動く。
即席のチームだけど、うまく回っていると言えた。
ただ一人を除いて。
「ちょっとストップ。そろそろ一旦休憩をはさみましょう」
俺の呼びかけに、足を止める面々。
バスガスさんは手早く周りの安全を確認し、休憩ができるように荷物を広げていく。
思い思いの様子でくつろぎ始める面々の中で、一人だけ、肩で息をしながら座り込むアナ。
「申し訳ありません」
消え入りそうな声で俺に囁く。
俺は無言で首を横に振り、アナの肩を優しく叩いた。
アナは優秀な魔法使いだ。
けど、ここに集まったメンツの中では、どうしても見劣りしてしまう。
それに、魔法寄りのステータスのため、どうしても肉体的な体力が低い。
こうして小まめに休憩を挟まないと、アナの体力では俺たちの移動スピードについてこれなかった。
先生も成長の遅いエルフであるため、物理系のステータスは低いけど、その有り余る魔力で肉体を強化している。
見た目は幼い子供だけど、接近戦もこなせるのだ。
これが純エルフとハーフエルフの差なのか、それとも、先生が特別なのか。
多分後者だと思うけど、アナは歴然とした差を見せつけられて、体力的にも精神的にも参ってきている。
もともとかなり追い詰められていたのが、ここに来てみんなの足を引っ張っているという重圧で、さらに精神的に負担になっているようだ。
連れてきたのは、やっぱり間違いだったかもしれない。
けど、あのまま残していっても、やっぱり心配な状況だったことに変わりはない。
どっちにしろ正解ではなかったんだと思う。
それなら、アナが付いてくることに了承した俺が、責任を持って彼女のことを見守らなきゃならない。
みんなもそれを分かってくれているのか、何も言わないでいてくれている。
バスガスさんは事情を知らないだろうけど、彼はどんな人間でも案内するプロ。
たとえ客の足が遅くても、文句を言うことはない。
ただ、カティアだけは少し不満を持っているように見える。
後でそれとなく話しておいたほうがいいかもしれない。
「さて、迷宮も半分まで来たわけだが、この先のルートを決めていこう」
バスガスさんが俺に話しかけてくる。
それで、一旦アナのことは置いておくことにする。
「この先はいくつかのルートがある。危険な最短コース、比較的安全な遠回りコース、危険はあるかどうかわからんが曰くのあるコース。ざっとこんな感じだが、どこを選ぶ?」
「そうですね、危険な最短コースは、どう危険なんです?」
「エルロー大迷宮上層の道は2種類。今俺たちがいるような通常の狭い通路。そして、もう一つが大通路と呼ばれているものだ」
そこで一旦言葉を区切って、俺に飲み物を差し出してくる。
ありがたく頂戴する。
「大通路っつうのは、読んで字の如く、今いる通常の通路よりも広い通路のことだ。もはや通路っつうか広間みたいなもんだがな。それが延々続いていやがるのが大通路だ。でだ、この大通路を通るのがさっき言った最短ルートなんだが、大通路には通常の通路とは比較にならないくらい強い魔物がいる。Cクラスの魔物がわんさか。Aクラスの魔物も時たまいたりする危険地帯だ」
Aクラス。
それは、軍が派遣されるレベルの脅威だ。
一般的に、Bクラスの魔物が少人数のパーティーで倒すことのできる魔物の限界だと言われている。
人間は魔物に比べるとステータスで劣る。
それに対抗するために、スキルを磨き、徒党を組み、知恵を絞って連携する。
そうしてステータスで勝る魔物を相手に勝利を収めるのだ。
けど、それもできるのはBクラスまで。
Aクラスの魔物はそれまでの魔物とは一線を画する。
まず高いステータスは言うに及ばず、スキルまでも優秀になってくる。
人間のアドバンテージであるスキルで並ばれてしまうのだ。
中には魔物固有の特殊なスキルを持っている個体も存在し、そういった種は大概厄介だ。
Aクラス、その代表例は上位竜。
俺の使役している光竜もギリギリこのランクだけど、あいつ、主人の俺に迫る勢いで強くなってるからな。
このままだと追い抜かれるかもしれない。
「じゃあ、安全な遠回りコースと最短コースでは、どれくらい日数に差が出ますか?」
「そうだな。今までのペースを考えると、4日ってところか」
意外と多いな。
かなり遠回りするらしい。
「最後のコースは?」
「あー。そこな」
なぜかバスガスさんが言い淀む。
続きを待っているとバツが悪そうに頭を掻き、口を開いた。
「ぶっちゃけ俺が行きたくないコースなんだわ」
「ぶっちゃけすぎでしょう。何か理由があるんですか?」
「悪夢だ」
「はい?」
「そこはな、悪夢が昔テリトリーにしてた領域なんだわ。だから、案内人はそこのコースには近づきたがらない。縁起が悪いからな。特に俺はあいつと直に出会ってる。なるべくなら近づきたくねえってのが本音だ」
悪夢。
この前話していた神話級の魔物か。
けど、そいつはもういないはずじゃなかったっけ?
「ちなみに、そのコースは早いんですか?」
「最短コースより少し遅いってところだな。若干最短コースの方が早いはずだ。差は1日あるかないかってところだろうよ」
危険な最短コース、安全だけどかなり遠回りなコース、よくわからないコース。
「悪夢はもういないんですよね?」
「ああ、悪夢本体はいないな」
「本体は?」
バスガスさんの妙な言葉に首を傾げる。
まるで、悪夢ではない何かがいるような言い方だ。
「悪夢の残滓と俺たちは呼んでる」
「悪夢の残滓?」
「ああ。悪夢によく似た姿の魔物だ。今じゃ上層の広い範囲に散らばってるが、一番多く生息してるのが件のコースだってわけだ」
「その魔物、強いんですか?」
「強い。そして厄介だ」
バスガスさんをして、強くて厄介と言わしめる魔物。
それは、できれば遭遇したくないな。
「ただ、これまた悪夢と同じ習性を持っててな。こっちから危害を加えない限り、襲いかかってくることはない」
「なんですか、それ?」
呆れた声が出た。
そんな変な習性を持ってる魔物、魔物と呼んでいいのか?
魔物といえばもっとこう、問答無用で襲いかかってくるイメージなんだけど。
「ただな、目には見えない糸をそこらじゅうに張り巡らせていやがってな、その糸を切ったりすると襲いかかってくる」
「糸?」
「ああ。そういや言ってなかったな。悪夢は蜘蛛の魔物だ。悪夢の残滓もな」
蜘蛛か。
「見えない糸、しかも捕まっちまうと容易には抜け出せない強力な粘着力と、頑丈さを兼ね備えている。それだけでも厄介なのに、本体の方も強いっていう理不尽な魔物だ。昔は蜘蛛の巣を見たらとりあえず燃やせっていうのが常識だったんだが、悪夢の残滓が現れてからは、蜘蛛の巣を見つけたらとにかく逃げろっていうのに変わったからな。上層で一番質の悪い魔物だ」
それはまた、とんでもなく厄介な魔物だ。
糸という搦手を使いながら、本体も強い。
まるで人間の狡猾さを持った魔物みたいだ。
それは、できれば遭遇したくないな。
となると、そのコースは却下だな。
残るは、最短コースと遠回りコース。
「みんな。危険な最短コースを進むべきだか、遠回りでも安全なコースか、みんなの意見が聞きたい」
俺は休んでいた他のメンバーに声をかける。
この前バスガスさんに注意を受けたばかりだ。
俺だけの判断で危険なコースを選択するわけにはいかない。
何より、今でさえ限界が近いアナに、これ以上負担をかけていいのか。
俺には判断が難しかった。
けど、時間をかければかけるほど、状況は動いてしまう。
今こうしている間にも、ユーゴーはエルフの里を襲っているのかもしれないのだから。
「私は最短コースを進むべきだと思います」
先生の言葉。
カティアもそれに賛成のようだ。
「だが、危険ではないか?Aランクの魔物が複数出れば、いくら我々でも対処は難しい」
「あー、Aランクの魔物が群れることはまずないから安心しろ。出くわしたとしても単体が相手だ」
「それならなんとかなりますわ」
バスガスさんの言葉にカティアが自信を持って宣言する。
「それでも、危ない橋を渡るべきではないと俺は考える」
ハイリンスさんは安全ルート。
まあ、ハイリンスさんはもともと俺がエルフの郷に行くことを反対していた。
エルフの里よりも、俺たちの安全の方が優先順位が高いんだろう。
これで2対1。
バスガスさんは中立を保つとして、残りは俺とアナ。
「アナはどうするべきだと思う?」
「私ごときの意見は無視して構いません」
「そうはいかない。アナも仲間なんだから。遠慮せずに自分の意見を言っていいんだ」
少し強い口調でアナに語りかける。
アナは恐縮した様子を見せ、少し考えた後、決意をしたようだ。
「最短ルートを進みましょう」
「いいのか?」
言外についてこれるのか、大丈夫か、という思いを乗せる。
「はい」
帰ってきたのは力強い肯定だった。
それなら俺から言うことはない。
「最短ルートを進みましょう」
危険を承知で、突き進むことに決まった。