迷宮の悪夢④
キレコークの風の魔法がエデ・サイネに直撃する。
まさか命中するとは思っていなかったので驚いたが、魔法の衝撃によってできた砂埃が晴れた時、なぜエデ・サイネが攻撃を避けなかったのか、その理由がわかった。
無傷。
エデ・サイネにとって、キレコークの魔法など、避けるのにも値しないのだ。
しかし、時間は稼げた。
キレコークが先行して魔法をぶつけたことにより、足の遅いロックタートルが最前線に出ることができた。
防御力の高さが売りのロックタートル。
そのロックタートルを盾にして、他の3体で攻撃を仕掛ける。
キレコークの風魔法が上空から降り注ぎ、スイテンの水ブレスが炸裂する。
フェべルートがその2つの攻撃が着弾した直後に襲いかかる。
速さと物理攻撃力に優れたフェべルートが、エデ・サイネ目掛けて飛びかかる。
そのフェべルートに、土の槍が突きたった。
突如として地面から生えてきた巨大な土の槍に、フェべルートは反応することもできずに串刺しとなる。
その直後、羽ばたいていたキレコークが地面に墜落する。
まるで、何かに叩きつけられたかのような勢いで。
そのまま地面に激しく衝突し、不快な音を立てながら、地面にめり込んでいく。
何が起きているというのか。
キレコークはそのまま見えぬ何かに押しつぶされてしまう。
その間にもスイテンは水ブレスを放ち続けている。
が、エデ・サイネはそれを全く意に介さない。
ゆっくりとスイテンに向き直り、風魔法を放った。
土だけでなく、風までも!?
驚く私の視界に、風魔法でブレスを吹き飛ばされ、逆にやられてしまうスイテンの姿が写る。
残るはロックタートルのみ。
しかし、ロックタートルは動かない。
動けない。
様子がおかしいとロックタートルを鑑定してみれば、いつの間にか状態異常の麻痺になっている。
しかも、急速にその全てのステータスが下がっていく。
HPも。
ほとんど一瞬と呼べるほどの短い時間で、頑強なロックタートルが骸となる。
今まで数々の困難を共に乗り越えてきた召喚獣が、一方的に惨殺された。
だというのに、今の私を支配しているのは、悲しみでも怒りでもない。
恐怖だ。
情けないし、死んでいった召喚獣たちに申し訳ない。
そうは思うが、体の底から湧き上がる恐怖に、どうしても抗うことができない。
早くこの場から逃げたい。
しかし、部隊を率いるものとして、部下よりも先に逃げ出すことはできない。
部下たちは召喚獣がその身を犠牲にして稼いでくれたわずかな時間で、撤退を開始していた。
しかし、遅い。
正気を失いかけていたロナント様を一発殴って強引に正気に戻し、大規模転移魔法にて部隊ごと撤退する準備を進めてはいる。
それでも、部隊が全員転移の範囲内にまで下がるには、まだ時間がかかる。
その間わずか数秒。
その数秒で、悪夢は起きる。
土と風の魔法が乱れ飛ぶ。
適当に撃っているように見えるのに、それらは一撃ごとに兵士たちの命を散らしていく。
突如倒れる兵士もいる。
さっきロックタートルがやられた、謎の攻撃だ。
HPの多いロックタートルでさえほぼ一瞬で命を落とすような攻撃。
兵士たちは一瞬すら耐えることもできず、次々と倒れていく。
転移魔法の準備をするロナント様に向けて、魔法が飛んでくる。
私はMPが切れることも覚悟し、再び魔物を召喚し、ロナント様の身代わりにする。
何度も撃ち出される魔法。
その度に私は魔物を召喚する。
MPを回復させる回復薬を飲む。
飲みながら召喚。
徐々に回復するMP。
しかし、回復量よりも、消費量の方が多い。
魔法が来る、召喚、魔法が来る、召喚。
それを繰り返すうちに、ついに手持ちの召喚獣が尽きる。
それでも魔法は止まらない。
それどころか、最初よりも明らかに飛んでくる魔法の数が多い。
何故だと周りを見回せば、この場で生き残っているのは私とロナント様だけだった。
「ロナント様」
「致し方ない。儂らだけでも帰還するぞ」
ロナント様が転移魔法を発動させようとして、すぐ目の前までエデ・サイネが迫っていた。
「ロナント様!」
「クッ!?」
放たれる暗黒の槍。
さっきまでの土や風の魔法が児戯にも見える、恐ろしい程の魔力がこもった魔法。
その向かう先は、ロナント様。
ロナント様は魔法の構築に集中されていたため、避けることができない。
私も召喚獣をすべて使い尽くし、盾に使えるものはない。
咄嗟だった。
私は私の体を使い、暗黒の槍を受け止める。
体が爆ぜる。
暗黒の槍は私の体を貫通し、背後のロナント様に襲いかかる。
ロナント様の右腕と、脇腹の一部が吹き飛んだ。
私が間に入ったことにより、少しだけ軌道がずれたようだ。
ロナント様が苦悶の表情を浮かべながら、転移を発動させる。
視界が歪む。
思わず目を閉じ、開くと、そこはさっきまでいた迷宮の中ではなかった。
「え?」
目の前の人が驚き、硬直する。
「誰か、回復の使えるものを」
ロナント様が苦痛に顔を歪めながら、その場にいた人に語りかける。
ここは、帝国の魔法研究所か。
すぐさまあたりが騒がしくなる。
「もう少し持ち堪えよ」
ロナント様が、私に対して回復魔法をかける。
「上半身の半分近くが吹き飛んでいるが、これでよく生きているもんじゃ」
「ごふっ」
何か言おうと思ったが、口から出たのは血だった。
「お前さんには殴られた借りを返さんといかんからのう。それまで死ぬでないぞ?」
肉体が少しずつ回復していく。
HPも危険域から脱出した。
自分の傷を放置して私の治療を施していたロナント様にも、回復魔法が使えるものが駆けつけ、治療を施していく。
ホッと息をつき、脱力する。
多大な犠牲が出たが、私たちは生き残った。




