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迷宮の悪夢③

 アークタラテクトの死骸の前に転移してきたもの、それは蜘蛛の魔物だった。

 巨大なアークタラテクトと比較すると、かなり小さな蜘蛛の魔物だ。

 全体的に黒いが、背中に白い模様がある。

 その模様がまるで髑髏のようで不気味だ。

 8本ある足のうち、前の2本が他の足より大きく、鎌のような形状になっている。

 そして、8つある赤い眼がこちらを睥睨する。


 その視線に、思わず体が竦む。

 前に出ていた部下たちが動揺するのが分かる。

 何が起きても対処できるように、指示していたのにも関わらずだ。

 これは、仕方がない。

 あんなものが突如現れれば、動揺するなという方が無理な話だろう。


 その魔物はまるで王者のごとく、その場に君臨する。

 その姿を直視しているだけで、恐怖で震えそうになる。

 報告の通りだ。

 鑑定をするまでもなく、一目見ただけで理解してしまった。

 あれは我々でどうにかなる存在ではない。


「お、ぉおおぉぉ?」


 奇妙な呻き声に横を向けば、ロナント様がその目を大きく見開き、体を震わせている。

 まさか、これほどの実力者が、恐怖にやられたか?

 あの魔物が発する覇気は只事ではない。

 恐らく威圧系のスキルを持っているのだろうが、それにしてもロナント様ほどの実力者が抵抗に失敗するとは思えない。


「ロナント様?」

「なんという、なんということじゃ。ありえぬ。ありえぬ。なんぞこれは?なんぞこれは?」

「ロナント様!?」

「あ、ああ。すまぬ」

「いかがされたのです?」

「あの魔物、あの自然体でとんでもない量のスキルを常時多重発動させておる。ありえぬ」


 ロナント様には、私には見えない魔物の発動しているスキルの力が見えているのだろう。

 ブツブツと呟くロナント様は正常な精神状態とは言い難い。

 恐怖に錯乱したようではなさそうだが、状況はよくない。


 なぜなら、先程まで泰然としていた蜘蛛の魔物が、今は怒気を顕にしているのだから。


 まずい。

 相手は完全にやる気だ。

 そして、その怒気に当てられた兵士たちが、思わず武器を構えてしまう。

 ダメだ。

 こんな状況になってしまえば、友好など結べるはずもない。


 不意に襲いかかる不快感。

 これは、まさか鑑定?

 誰が?

 まさか、あの魔物がこちらを鑑定したとでもいうのか!?

 そんな馬鹿な!?

 鑑定を使える魔物など聞いたことがない。


 それを確かめるためにも鑑定石を発動させる。

 そして、その鑑定結果に唖然とする。


 凄まじいまでのステータス。

 膨大な量のスキル。

 こんなもの、勝ち目がない。

 

「なっ!?」


 どうやらロナント様も私とほぼ同時に鑑定を発動させていたようだ。

 その口から驚きの声が漏れる。


「ま、魔導の極み!?」


 その魔物、エデ・サイネの持つスキルの一つに、ロナント様は着目しているようだ。

 確かに、そんなスキルは聞いたことも見たこともない。

 いや、それだけではない。

 エデ・サイネには今まで見たことがないようなスキルがいくつもある。

 見たことがあるものも、上位のスキルが多い。


 だが、私の驚きはそこで終わりではなかった。

 スキルを順に眺めている最中のことだ。

 突如鑑定結果が消失し、『鑑定が妨害されました』という文が表示される。

 鑑定を妨害する?

 そんなことができるなんて、聞いたこともない。


「ま、待ってくだされ!もっと、もっと見せてくだされ!」

「ロナント様!正気に戻ってください!」


 狂乱したようなロナント様を叱咤する。

 同時に叫ぶ。


「撤退!勝ち目はない!即時撤退せよ!」


 しかし、その叫びはあまりにも遅すぎた。

 

 一番先頭にいた8人が倒れる。

 何が起きたのかわからない。

 エデ・サイネは何もしていないように見えた。

 ただ、そこにいてこちらを見つめていただけだ。

 それだけで、8人の兵士が何の前触れもなく倒れた。


 何のスキルだ?

 すべてのスキルを確認できなかったから、それがいかなスキルの効果なのか、わからない。

 だが、わからなくても、事態は動いてしまった。


 エデ・サイネはそのまま奇妙な行動を開始する。

 自らの皮を剥いでいる。

 その異様な光景に、兵士たちも動揺している。


 仲間が倒れるのを見た兵士が、恐怖に耐えかねたのか、エデ・サイネに斬りかかる。

 しかし、その剣が届くことはなく、地面より突き出した土の壁に体をクの字におられる。


 待て。

 確認できたスキルの中に、土魔法は存在していなかったはずだ。

 深淵魔法なる未知の魔法があったが、それ以外の魔法はすべてチェックできたはずだ。

 その中に、土魔法は存在していなかったはずだ。


「なんと!?スキルを使わずに、一から魔法を構築するじゃと!?」


 ロナント様が叫ぶ。

 そんなことができるのか?

 いや、人族最高の魔法使いがこれだけ動揺を顕にしているのだ。

 普通はできないのだろう。


 出し惜しみをしている場合ではない。

 手札を全て使い切らなければ、この難局は乗り切れない。

 全て使って、乗り切れれば運がいいとさえ言える。


 召喚。

 私の召喚スキルのレベルは4。

 つまり、4体の魔物をこの場に召喚することができる。

 その4体を使って、兵が逃げる時間を稼ぐしかない。

 あの化物を相手に、どれほどの時間が稼げるか。


 召喚された魔物が姿を現す。

 鳥型のキレコーク。

 亀型のロックタートル。

 虎型のフェべルート。

 水竜のスイテン。


 本来なら捨て駒にするには惜しい強力な魔物たちだ。

 すまん。

 行け!


 召喚した魔物を突撃させると同時に、私は兵に再度撤退を呼びかけた。

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