16 巣立ち
とぼとぼ。
私の足取りは重い。
全速力で走りまくったせいで疲れてるってのもあるけど、それ以上にショックが大きい。
愛しのマイホームが失われてしまった。
蜘蛛になってしまっても、ゲテモノを食べても動じなかった私の鋼のハートに、ポッカリと空洞ができてしまった。
あー、いつかはマイホームから離れざるを得ない事態になるかもしれないって、覚悟はするつもりだったけど、実際にその時になってみると、予想以上にショックがでかい。
もう少しくらい猶予があるだろうって思ってたのも、ダメージを大きくしてる。
せめてレベル10くらいになるまでは、マイホームをキープしていたかった。
ううう。
ううううう。
うううううううー、うがーっ!
よし、うじうじするの終了。
気持ちを切り替えていこう。
さしあたって、今後どうするかを決めよう。
選択肢はいくつかある。
1、どこか別の場所に次のマイホームを建設する。
2、このままこのダンジョンを徘徊する。
3、ダンジョンの出口を目指す。
パッと思いつくのはこれくらいかな。
安全面とかそこらへんを考えると、1を選択したいところだ。
けど、あえて1は却下しようと思う。
マイホームは素敵だ。
衣食住が満たされてるうえに、働く必要もほとんどない。
理想的な楽園だったといってもいい。
けど、その環境に胡座をかいていると、私はどんどんダメになっていくだろう。
精神的にも、肉体的にも。
マイホームで安全な狩りばっかりしてたら、不測の事態が起きた時に対処できない、木偶の坊になってしまう。
今回のことでそれを自覚した。
今のままでは、蜘蛛の巣を突破できるような相手には、私は逃げるしか選択肢が取れない。
それじゃダメだ。
そうやって逃げ出すたびに、今回みたいに落ち込んでいたらキリがない。
何より、マイホームを壊されたことで、私のうちに燻るものができてしまった。
私は、私自身が逃げ続けることを許せそうにない。
そう、私は悔しかったのだ。
マイホームをむざむざ破壊されて、それに何もできない自分がいて、あまつさえ逃げるのが当たり前だと考えてる自分がいて。
ええそうだとも、迷わず逃げようって考えてたのは他ならない私だとも。
けど、実際に逃げ出してみたらどうよ?
この身が裂けそうになるほどの、悔しさ、情けなさ!
もう一度逃げる?
そんなこと、我慢できるわけがない。
ここまで心が沸騰するのは、マイホームがただの便利な場所ってだけじゃなくて、それだけ私にとって大事な場所だったってことだろう。
陳腐な言い方をすれば、自分のいるべき本当の場所、だろうね。
前世の私に居場所なんてなかった。
家庭は崩壊してるし、学校には馴染めない。
ゲームの中も、所詮は架空の世界。
私の居場所はなかった。
まあ、居場所がなくてもいてやるわ!って開き直ってたけど。
マイホームは、そんな私が、私のためだけに作り上げた、私のための居場所だったんだ。
誰にも憚ることのない、私だけの場所。
それを奪われた。
それは、私という存在そのものの略奪に等しい。
ここで譲ってしまったら、私はもう二度と誇りを持てなくなる。
生きていられるだけで幸せ?
ハッ、私も生粋の平和ボケした日本人だったってわけだ。
誇りもなく生きてるのなんて、それは死んでるのと変わりない。
それが今回の件で身に染みてわかった。
マイホームは失われた。
私の誇りは傷つけられた。
これ以上、私は私の誇りを汚されないように、強くならなきゃならない。
そのためには、新しいマイホームにこもって、安全な狩りをしているだけじゃダメなんだ。
実戦の経験を積まないといけない。
そうなると、ダンジョンを当てもなく彷徨うか、出口を目指すか、どちらかになる。
とはいえ、これはぶっちゃけどっちもあんま変わんない。
だって出口どこにあるかわかんないし。
結局当てもなく彷徨うしか選択肢ないわけで。
そもそも、このダンジョンのことを私はほとんど知らない。
生まれも育ちもこのダンジョンだっていうのに、このダンジョンの名前すら知らない。
どんだけの広さがあるのかとか、どんだけの難易度なのかとか、大雑把な地形すらわからない。
わからないことだらけだ。
ん?
前にもわからないことだらけで悩んだことがあった気が…。
あ!
そうだそうだ、鑑定のスキルとった時だ!
そうだよ鑑定があったよ。
マイホームの中ではもうレベル上げができなかったけど、外に出た今ならレベルが上げられる。
レベルが上がれば少しは足しになるかもしれないし、これからはずっと鑑定し続けよう。
というわけで鑑定開始。
『迷宮の壁』『迷宮の床』『迷宮の天井』
相変わらず使えねー。
あー、けど、歩くたびに次々鑑定結果が表示されてるから、熟練度は溜まってきてるはず。
う、どんどん情報が頭の中に流れ込んできて、ちょっと気持ち悪い。
慣れるまではちょっと辛抱しなきゃならないなー。
初めて魔物の大群を鑑定した時は、そんなに気持ち悪くならなかったんだけどなー。
あの時は気持ち悪さよりも、唖然とした気持ちのほうが大きかったからかな?
何はともあれ、しばらくは鑑定しながら、ダンジョンの中を彷徨ってみますか。