B2 魔王様狼狽する
物資の搬入の確認を行い、一息する。
先の大戦でこちらもだいぶ損耗した。
武器に食料に生活品に。
物資はいくらあっても足りない状況だ。
俺はそのまま休んでいたいという欲求をなんとか飲み込み、移動する。
やることは山のようにある。
先の大戦から今まで、魔族軍は被害状況の確認と、次の出陣に向けての再編成の作業に追われていた。
先の大戦ではかなりのダメージを人族に与えられた。
特に大きいのが、勇者を討ち取ることができたことだ。
勇者は人族の最高戦力。
それを失ったとあれば、人族の士気も下がるというもの。
新しい勇者はどこかで誕生しているだろうが、その発見に時間がかかる時もあるし、勇者になったからといって、最初から強いとは限らない。
まだ子供である可能性もある。
今回討ち取られた先代勇者は、幼少の時に勇者の称号を受け継いだというし、ありえなくはない。
しかし、こちらの損害も大きい。
第一軍を率いていたアーグナー将軍を失ったのは大きい。
あの方は魔王になってもおかしくないほどの力と経験と知識を持ったお方だった。
それが、突如戦場に現れた神話級の魔物、クイーンタラテクトによって、軍ごと壊滅させられてしまった。
この損失は大きすぎる。
クイーンタラテクト。
いきなり現れて、いきなり消えていったという超級の魔物。
偶然戦場に現れたなどということは考えられない。
だとすれば…。
「おんやー?バルトじゃん。どしたん?」
体が震えそうになるのをなんとか我慢する。
振り向いた先には、今最も出会いたくない人物の姿。
魔王様だ。
その横には並んで白がいる。
「やあやあ。あくせく働いてるねー。ご苦労ご苦労」
「そう思うのでしたら少しは手伝ってください」
「だが断る」
ケラケラと笑う魔王様。
いつになく機嫌が良さそうだ。
横にいる白が魔王様の袖を引く。
「ああそうだね。バルト、荷物届いた?」
「荷物ですか?物資の搬入なら先ほど済ませてきましたが」
「おお!白ちゃんこうしちゃいられねえぜ!バルト、その中に私宛の荷物あったっしょ」
「え?」
「え?」
魔王様と二人、首をかしげる。
そんな荷物はなかったと思うが。
「ちなみに、中身は何です?」
「特上クリクタセット」
「あ」
その荷物には心当たりがあった。
「あん?あるんじゃん。で、今どこにあるの?」
まずい。
あれが魔王様の荷物だったとは。
「えーと、サーナトリアに渡しました」
「何で!?」
「すいません。サーナトリアは昔からクリクタの果実を好んで食べていたので、彼女のものかと勘違いしました」
「何…だと…?」
打ちひしがれる魔王様。
魔王様を置き去りにして走り出す白。
俺と魔王様はハッと正気に戻り、白の後を追いかける。
廊下の曲がり角を曲がった先、視線の先では、白がサーナトリアの部屋の扉をぶち破っているところだった。
「え!?何!?」
サーナトリアの驚いた声が響く。
白は扉を破った状態で固まっていた。
目を見開いて。
室内を見ると、そこにはサーナトリアとコゴウの姿があった。
そして、テーブルに置かれた空の食器も。
「あ、ああ…」
白が絶望したような声を出す。
魔王様も空の食器を見つめたまま硬直している。
「ふう」
「白ちゃーん!?」
白が突然倒れた。
後ろ向きに、頭から。
鈍い音を立て、そのまま動かなくなる。
「ギャー!?白ちゃーん!?」
気を失うほどフルーツを食べられなかったことがショックなのか。
これが本当に勇者を倒した人物なのか、疑わしくなってくる。
が、さっきのあの目を見ればそれも納得できる。
見た瞬間、怖気が走るような、あの目を見れば。
「大変!白ちゃんが息してないの!メディーック!」
魔王様が白の体を抱えて走り去っていく。
後に残ったのは、俺と、事態を飲み込めずにいるサーナトリアとコゴウ。
サーナトリアがズルズルとその場にへたり込む。
コゴウも顔色が悪い。
「なんなの?」
「ああ、すまん。ここにフルーツが届けられたと思ったんだが、手違いで魔王様の物を届けてしまったんだ」
サーナトリアはそれで理解したらしい。
「頼んでもいないのに、おかしいとは思ったのよ。ちょうどコゴウと話をしているところだったから、一緒に食べちゃったわ」
「すまん。俺のミスだ」
「お願いだからフォローはちゃんとしておいてよね?私、こんな間抜けな理由で処刑はされたくないわよ?」
「ああ」
こんな馬鹿げたことで貴重な将軍を処刑などするはずがない。
と、言い切れないのがあの魔王様だ。
「しかし、コゴウとお前が話など、珍しいな」
「ちょうどいいわ。あなたも混ざりなさい」
「なんだ?」
「エルフとの渡りがついたわ」
「何?」
「アーグナー将軍がもしもの時のためにエルフと交渉を進めていたようでね。私の方に接触してきたの」
「それは本当か?」
「ええ。あなた、あの魔王を裏切ってこっちにつく気はない?」
サーナトリアの言葉に動きが止まる。
「聞いたでしょ?ブロウの最期。白は勇者を瞬殺できる力がありながら、ブロウが殺されるのをむざむざ見逃してる。あの魔王についていけば、いずれ私たちも使い潰されるのは目に見えている。エルフと結託して騙し討にすれば、あの魔王だって倒せるはずよ」
ゆっくりと、魔王様が消えていった方向を見る。
「ブロウはあなたの弟でしょ?悔しくないの?」
「悔しいに決まっているだろ」
我ながら、低い声が出た。
俺の声に、勢いのついていたサーナトリアが一歩引く。
その様子に溜息を吐く。
「幼馴染のよしみだ。今の話は聞かなかったことにする」
「乗らないのね?」
「勝ち目がないからな」
「どうしてそう思うの?」
「あの方には勝てない。あの方は、その気になれば一人で魔族も人族も根絶やしにできるだけの力をお持ちだ。俺はそれを知っている。だから、あの方に逆らうなんて自殺行為は、できない」
黙り込むサーナトリアと、さっきから一言も発さずにオロオロしているコゴウに背を向ける。
「考え直すことだ」
「そっくりそのままその言葉を返すわ」
俺は振り返らずに歩き出した。
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「聞いちゃった聞いちゃった。エルフねえ。そろそろうざいな」




