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S19 ユリウス

 ハイリンスさんが帰国した。

 それを聞いたのは昨日のこと。

 俺はいてもたってもいられなかったけど、物事には順番というものがある。

 ハイリンスさんが俺と会うことができるようになるのは、時間がかかった。

 昨日はソワソワして落ち着かなかった。


 そして、今日やっとハイリンスさんとの面会が叶う。

 俺は面会が行われる部屋で、今か今かとハイリンスさんが来るのを待っていた。


「どうやら、待たせたようだな」


 部屋を訪れたハイリンスさん。

 記憶にある精悍な姿より、少し痩せたように感じる。


「シュン、すまなかった!」


 突然、ハイリンスさんは頭を床に付け、土下座をした。

 土下座ってこの世界にもあるのか、なんてどうでもいい考えが一瞬浮かぶ。


「本当なら、ユリウスは死ぬはずじゃなかった。生き残るのは、俺じゃなくてユリウスのはずだったんだ」

「どういう、ことですか?」


 口の中が乾きそうになりながら、なんとかそう言う。


「これを」

「これは?」


 ハイリンスさんが差し出したのは、ボロボロになった赤い羽根だった。


「それは、不死鳥の羽根。所有者に一時的に不死の効果を与えるアイテムだ」

「これが、どうしたんです?」

「本来なら、それは勇者であるユリウスが持っているべきものだったんだ。けど、あいつは、自分よりも盾役の俺が持っていたほうがいいって、俺にそれを押し付けていたんだ」

「それじゃあ」

「ああ。俺が生き残ったのは、そのアイテムのおかげだ。今はもう効力を失っているがな。本当なら、生き残っているべきなのは、俺じゃなくて、ユリウスだったんだ」


 ハイリンスさんは懺悔をするかのように、頭を地面に擦りつけて、土下座を続ける。


「ハイリンスさん、頭を上げてください。ハイリンスさんが頭を下げるようなことはないです」

「いや、俺は…」

「ハイリンスさん、どうせ、ユリウス兄様が強引に持たせたんでしょう?『僕は死なないから大丈夫』とか言って」

「はは。流石兄弟。正解だよ」


 ハイリンスさんが苦笑いを浮かべながら頭を上げる。


「『僕は死なないけど、ハイリンスは盾役なんだから死ぬ確率高いでしょ?だったら僕よりもハイリンスの方が持ってたほうがいいよ』。俺が何度突っ返そうとしても、そう言って受け取らなかった」


 ハイリンスさんの似ていない物真似に、ふっと口元が緩む。

 それを引き締め、どうしても聞かなきゃならないことを聞く。


「ハイリンスさん、聞かせてください。兄様の、最期を」

「わかった」


 ハイリンスさんが立ち上がる。

 俺とハイリンスさんはテーブルに向かい合って座る。


「話すよりも、見た方が早い」


 ハイリンスさんはそう言って、水晶のような石を取り出す。


「これは?」

「過去視という特殊な力を持ったアイテムだ。スキルでも今のところ再現ができていない貴重な品だ」


 ハイリンスさんはその水晶に手を乗せる。


「俺の手に重なるように、手を置いてくれ」

「はい」


 ハイリンスさんの言うとおりに手を置く。

 

「目を閉じろ。いくぞ」


 ハイリンスさんの言葉に目を閉じた瞬間、瞼の裏に映像が浮かび上がる。

 映像だけでなく、音や匂いまで感じられた。

 そこは、戦場だった。

 無数の魔族と思われる戦士の姿。

 転がる死体。

 映像の先には、ユリウス兄様の後ろ姿。

 ゆっくりと歩み寄る白い少女。

 俺が見たこともないほどの焦燥した雰囲気を、ユリウス兄様がする。

 仲間を庇うように前に移動するユリウス兄様。

 そして、次の瞬間、ユリウス兄様の体は塵になって消えた。

 暗転。

 映像はそこで途絶えた。


「今、のは?」

「今のが、ユリウスの最期だ」


 そんなことが、起こり得るだろうか?

 ユリウス兄様は、人族最強の勇者だ。

 その兄様が、何の抵抗も許されずに、一瞬にして塵になった。

 ありえない。

 そう思うのに、ハイリンスさんはそれがユリウス兄様の最期だと言う。


「こんな…」

「俺も、何が起きたのかわからなかった。次に気が付いたら魔族に囲まれていた。そこからなんとか撤退して、記憶を引き出して、ようやく、ユリウスが死んだことを認識した」

「あれは、何です?」


 あの白い少女。

 あれが、ユリウス兄様を。


「わからん。あの魔族の正体はわからん。だが、ユリウスを葬った攻撃の正体なら、ある程度推測できる」

「何です!?」

「腐蝕攻撃だ」

「腐蝕…」

「ああ。一部の魔物が持つと言われる、死を司る属性。その攻撃に抵抗が失敗すると、体が塵になると言われている。ユリウスもそうだった。そして、塵になるのは体だけ。身につけていたものはそのままだ」


 ハイリンスさんが、それを取り出す。


「これは、兄様がいつもつけていた」

「ああ。ユリウスはお前に話していなかったようだが、これはお前たちの母親が、ユリウスに死ぬ前に渡した、最後のプレゼントだったんだ」


 ハイリンスさんから、それを手渡される。

 真っ白い、首巻きを。


「すまん。それしか、持って帰ってこれなかった」

「いえ。ありがとうございます」


 そこまで言うのが限界だった。

 視界が滲む。


 初めて兄様に会った時のことを思い出す。

 あれは、俺がまだ赤ん坊だった頃のことだ。

 兄様がお付の人たちと一緒に、育児室にやってきた。

 兄様は俺とスーを交互に見て、涙を零していた。

 後にも先にも、兄様の涙を見たのは、その時だけだった。


 兄様は何かを言いながら俺とスーの頭を撫で、出て行った。

 その時の俺は、まだこの世界の言語がわからなかった。

 だから、その時兄様がなんと言ったのか、わからなかった。

 今でもわからない。

 けど、兄様はその時に何かを決意したんだと思う。


 後になって、俺と兄様の実母が、その前の日に亡くなったことを知った。

 正直、この白い首巻きが母の手作りだと言われても、ピンと来ない。

 俺は母に会ったことすらないのだから。

 けど、兄様は違う。

 兄様にとって、母は掛け替えのない大事な人だったんだろう。

 幼い時に最愛の母親を失い、勇者として戦わなければならない。

 その苦しみの中、兄様はどんな決意をしていたんだろう。


「初めまして。僕は君たちのお兄さんのユリウスだよ。こう見えても勇者なんだ」


 二度目、ちゃんと物心付いた時に会った、兄様の笑顔は今でも覚えている。

 まだ小学校低学年くらいに見える子供が、なんて落ち着いた笑顔をするんだろうとビックリした。

 前世と合わせれば、俺の方がずっと年上のはずなのに、その笑顔を浮かべることは、俺には絶対にできないと思わされた。

 それだけ、深い何かが宿った笑顔だった。


「シュレインは賢いね。将来はいい政治家になれるかもしれない」

「スー。甘えてばかりじゃダメだよ」

「シュレインには剣の才能もあるね。どうだい?将来僕と一緒に行くかい?ああ、スー、そんなに睨まないで。わかったよ。その時はスーも一緒にね」

「シュレイン。彼女ができたんだって?しかもお互いあだ名で呼び合ってるとか。僕もこれからはシュンって呼んでいいかい?」

「シュン。スーが可愛いのはわかるけど、甘やかしてばかりじゃダメだよ?」

「シュン、父上は優しい方だよ。ただ、父親である前に、王なんだ。この国を支える王としての責任を果たしているんだ。それを分かってくれないか?」

「シュン、何かあったらレストンを頼るといいよ。あいつはいつも王城にいるからね。僕ら家族の中で一番暇をしてるはずだし、すぐに相談に乗ってくれるよ」

「兄上は兄上さ。今は少し自分を見失っているけど、国を想う気持ちは僕と一緒だ。だから何も心配いらないさ」

「ハイリンスもそろそろいい歳なんだから、結婚して家を継ぐべきなんじゃないかって思うんだ。なのにそんな話が全くない。少し心配になるよ。僕?僕は結婚しても伴侶に何も返してあげられないからね。お互いに不幸になる結婚なんてするべきじゃないよ」

「ふふ。僕は回避スキルを持っているから、そんな雪玉当たらないよ!わぶっ!ちょ、スーそれは反則!痛い痛い!スー!それは雪じゃない!石は痛いからダメだって!」

「勇者は人族の希望。だから僕が負けることはない。絶対にね」


 ユリウス兄様との思い出が、溢れてくる。

 兄様はいつでも微笑みを浮かべていた。

 人を安心させるような、深い優しさを感じる笑みを。

 

 俺の中で、勇者といえば兄様だ。

 俺に、あの兄様の後を継げるのか?

 自信はない。

 けど、兄様が目指したものを、自信がないというだけの理由で、途絶えさせたくない。


「夢だっていい。実現不可能な戯言だと笑われてもいい。けど、目指すことだけはしていいはずだ。平和でみんなが笑って暮らせる世界。僕はその理想を追い続ける。死ぬ時までね」


 俺も大概甘いと思う。

 けど、兄様ほどじゃない。

 それでも、その甘い理想を、引き継いでいきたい。


「シュン。いや、勇者シュレイン」


 ハイリンスさんが改まった声で話しかけてくる。


「俺は、ユリウスを守れなかった。盾役失格だ。そんな情けない俺でよければ、新しい勇者の盾として働かせてくれ」

「ハイリンスさん」

「ユリウスを守れなかった分、お前を守らせてくれ」

「ハイリンスさん。こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺とハイリンスさんは固い握手を交わした。




[では、まだ勇者として活動を開始するのは先になりそうなんですか?]

[ああ。教会が新聖女を擁立するのにもまだ時間がかかるだろうし、その足並みを揃えてからということになると思う]

[そうですか]

[スー。わかってると思うけど、勇者として行動し始めたら、今までのように一緒にはいられない]

[やっぱり。兄様はそう言うと思いました]

[ごめん]

[謝る必要はありません。私ももう子供じゃないんです]

[うん。スーが十分大人で強いことも知ってる。けど、やっぱり一緒に連れて行きたくはない。危険なことに、スーを巻き込みたくないんだ]

[わかっています]

[これは俺のわがままだ。ごめん]

[だから、謝る必要はありません]

[わかった。スーはこのまま学園で卒業まで好きにしたらいい。学園にいるなら安全だから]

[そうですね]

[勇者として活動し始めても、なるべく顔を見せるようにはするよ。ユリウス兄様みたいにね]

[兄様、ユリウス兄様の仇を討つんですか?]

[…わからない。私怨で動くなんて勇者としてあるまじき行為だって、そうは思う。けど、やっぱり、許せない。俺も、俺がどうすべきなのか、わからない]

[大丈夫です。悩む必要なんてないですから]

[どうして?]

[すぐわかります]

[そうか。わかった。今はなるべくそういうことを考えないようにするよ]

[はい]

[じゃあ、そろそろ切るね。おやすみ]

[はい。さようなら、兄様]




*************************



「オカさん。まずいことになった」

「状況は?」

「最悪だ。オカさん、帰ってきて早々悪いが、すぐにシュンを連れて国を出る準備を」

「何があったんです?」

「俺の部下が裏切った」

「なんですって?」

「こっちの動きは筒抜けになっていやがった。すまん。俺のミスだ」

「このあと何が起きるかの予想は?」

「出来たら苦労はしない。けど、俺の部隊が強襲を受けた。何かがあるのは間違いない」

「急ぎましょう」

「ああ」

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